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過去の礼拝説教

「この名によって生きる」

2013年05月26日 聖書:使徒言行録 4章5節~14節

以前、あるプロ野球の選手の話を聞いたことがあります。

その選手は、小、中、高校の教員免許をすべて取得したのですが、どうしても野球がしたくて、教員にはならずに、ある球団にテスト生として入団し、苦労の末に一軍に上がったそうです。ところが、やっと一軍に上がって活躍しだした頃に、メニエ-ル病という難病に罹って、入院しなければならなくなりました。

しかし、奇蹟的にその難病を克服して、現役に復帰し、立派な成績を納めました。

ある時、この選手は、母校の大学に招かれて講演をしました。

その時、こんな質問を受けたそうです。

「野球選手にとって致命的と言われる病気と闘っていた時、心の支えは何だったのですか?」

その選手は、「真面目にお答えしていいでしょうか」と断って、それは母親が「できることなら代わってやりたい」、と言って泣いたからだ、と答えたそうです。

「代わってやりたい」。この言葉を聞いた時、何としてでも、この病気を治さなければいけない、と思ったそうです。

身代わりになられたなら、その人は生きなければなりません。この母親は、「身代わりになってあげたい」と言って泣きましたが、実際に身代わりになった訳ではありません。

それでもこの選手は、絶対にこの病気を治そうと思ったのです。

もし、本当に身代わりになられたら、人間は、その人のために生きなければなりません。

キリスト者とは、身代わりになられた、主イエスのために生きている者。

そのことに、生きる根拠を見出している者である、と言うことができると思います。

「このために生きよう」、「これによって生きていこう」。

そのような生きる根拠を持っていることは、人を強くします。

しかし、その根拠が何であるかが問題です。それは、どんな時にもその人を裏切らないもの、何時までも変わらずに存続するもの、でなければなりません。

そうでなければ、まことの支えとはなりません。

今朝は、「私たちが生きていく上で、まことの支えとなるものは何か」、という事について、ご一緒に御言葉から聞いてまいりたいと思います。

先程、使徒言行録4章5節~14節の御言葉を読んでいただきました。

この御言葉は、その前の3章1節~10節に書かれている奇蹟物語に続くものです。

ペトロが生まれながらに足の不自由な男を癒した、という奇蹟物語です。

その奇蹟は、このようにして起こりました。

ペンテコステから暫く経ったある日、ペトロとヨハネは、午後3時の祈りのために神殿に上りました。二人が、「美しい門」と呼ばれている門を通った時のことです。

生まれながらに足の不自由な人が、人々に運ばれてきて、「美しい門」の傍らに置かれました。この人は、40歳くらいの男の人でした。

生れてから40年間、一度も歩いたことがなかった人です。

毎日、まるで荷物のように、「運ばれて」きて、門の傍らに「置かれていた」のです。

彼はそこで、神殿に上る人々に、毎日施しを乞うていました。

「美しい門」。この門は、素晴らしい細工を施した青銅の門であったと言われています。

恐らく、神様の恵みの麗しさを表現しようとしたものなのでしょう。

しかし、この人は、神様の恵みとは無縁と思われるような世界に生きていました。

毎日荷物のように運ばれてきて、そこに置かれ、施しを受けるだけの日々を送っていたのです。この先、生きていても、何の希望も持てないような現実の中にいました。

その人が、ペトロとヨハネを見て、施しを請いました。

ところがペトロは、その人にお金を上げることをしないで、こう言ったのです。

「私たちには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって、立ち上がり、歩きなさい」。

ペトロが与えたのは施しではなく、イエス・キリストの名でした。

恐らくペトロたちは、この時、多少のお金は持っていたと思います。

しかしペトロは、使えば無くなってしまうような、一時しのぎの手段ではなく、本当の解決を与えたかったのです。

「たとえ他に何か与えるものを持っていたとしても、私は『イエス・キリストの名によって歩きなさい』という、この言葉しかあなたに与えることが出来ません。そしてこの言葉こそが、実は、あなたにとって最も必要なものなのです」。 ペトロは、このように言ったのです。

ペトロは、この人が願っているものを与える事はしませんでした。しかし、彼が本当に必要としているものを与えたのです。

そして、イエス・キリストの名によって、この人は立ち上がって歩き出しました。

この奇蹟を通して聖書が伝えているのは、単に、この人の肉体が癒されたということだけではありません。肉体の癒し以上のことです。

もし、彼が単に足を癒されたことだけを喜んでいたなら、それは「施しを受ける」ということと同じ次元のことに過ぎません。他人に依存して生きる、ということにおいては同じです。

しかし、彼の人生は、これを機会に全く変えられました。

彼は歩けるようになって、まず何をし、どこに向かったのでしょうか。

彼は神様を賛美しながら、ペトロとヨハネと一緒に神殿の境内に入って行ったのです。

神様の恵みとは無縁だと思っていた人が、神様の恵みを賛美しながら二人と共に神殿へと向かったのです。ここで起こっているのは人生の根本的な転換です。

足が癒された。それは必ずしも生活が楽になったことを意味しません。

これから彼は、自分の足で職を探さなくてはなりません。既に四十を過ぎている人です。

しかも、今までずっと物乞いしかしてこなかった人です。これから多くの困難に直面することは目に見えています。

しかし、彼はもう「運ばれて」「置かれて」いる人ではないのです。彼は歩き出したのです。

自分の足で、歩き出したのです。しかも、神様を賛美しながら歩きだしたのです。

そして、まず向かったのは神殿だったのです。彼は、神様を讃美して、神様を礼拝して生きる人となったのです。これこそが、彼に起こった奇蹟の本当の恵みであったのです。

さて、この奇蹟は瞬く間にエルサレム中に知れ渡り、大勢の群集が彼らの所に集まってきました。この大騒動に驚いて、祭司、神殿守衛長、サドカイ派の人々が駆けつけました。

彼らはペトロとヨハネが、主イエスの復活を宣べ伝えているのを聞いて、腹を立て、二人を捕らえて牢に繋ぎました。

その次の日に、「サンヘドリン」と呼ばれるユダヤの最高議会が開かれました。

議会は、二人に対して、「何の権威によって、誰の名によって、あのような奇蹟を行ったのか」と尋問しました。

これに対して、ペトロは聖霊に満たされて堂々と答えます。

4章8節から12節までのペトロの言葉は、答弁というよりむしろ力強い伝道説教です。

「良くぞ質問してくださった。是非わたしの言う事を聞いて頂きたい」と言わんばかりの熱意が伝わってきます。

ペトロは癒された人を指さして、「この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなた方が十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるのです」と語っています。

主イエスの十字架と復活の恵みが、この人を癒し、救ったのだとペトロは宣言しているのです。いや、この人だけではない。主イエスの十字架と復活こそ、全世界の救いなのだ、とペトロは更に続けて語ります。

12節のペトロの言葉は、今日の箇所の頂点とも言うべき言葉です。

「ほかの誰によっても、救いは得られません。私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」。 まことに力強い信仰告白です。

このサンヘドリンと呼ばれるユダヤの最高議会は、主イエス御自身も、十字架にかかる前に尋問を受けたところです。その時、ペトロはどうしていたでしょうか。ペトロはその時、ユダヤ人たちを恐れて、逃げ隠れていたのです。

しかし、今、その同じ場所で、ペトロは確信をもって、ユダヤの最高権力者たちに、堂々と証しをしています。

弱かったペトロが、どうしてこのように確信に満ちた言葉を語れるようになったのでしょうか。先ほど、身代わりになられたら、人は強く生きざるを得ないと申しました。

まさに、そのことをペトロは体験したのです。

ペトロが逃げ隠れているとき、ペトロの弱さ、ペトロの罪をすべて担って、主イエスは十字架で身代わりになって死なれました。

ペトロは、主イエスの十字架が、自分の身代わりの死であることを聖霊によって分からせていただいたのです。それによって弱いペトロが、このように強い者へと変えられたのです。

ですから、ペトロは確信をもって、「この名前以外に、私たち人間が救われるべき名は断じて与えられていない」と言い切ることが出来たのです。

このペトロの力強い宣言と、実際に救われた男の姿を目の前にして、ユダヤの指導者たちは、なす術も無く、二人を釈放します。

ペトロもヨハネも、そして足を癒された男も、イエス・キリストの名によって救われ、全く変えられた者たちでした。

そのように、救われた事実を示すほど、確かな証しはありません。

伝道は百万の言葉を語るよりも、主イエスの名によって救われ、生かされている事実を示すことによって進展していくものです。

さて、先程の12節の御言葉に、もう一度耳を傾けてください。

「ほかの誰によっても救いは得られません。私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」。

私たちが救われるべき名、とは冒頭にお話しした「生きる根拠」とも言い換えることが出来ると思います。人間は様々な名に「生きる根拠」を求めています。

サラリーマン社会では、会社と言う名に、「生きる根拠」を置いている人が多くいます。

或いはまた、お金とか、学歴とか、名誉という名に、生きる根拠を置いている人もいます。

どのような名に「生きる根拠」を置くかという事は、私たちの人生において決定的に重要な事柄です。

しかし初めに申し上げた通り、「生きる根拠」を置く名は、決して私たちを裏切らず、何時までも変わることのないものでなければなりません。

ペトロは、そのような名は、天にも地にも、イエス・キリストという名しか人間に与えられていないと断言しています。

物事がうまく進んでいる順境の時には、人間は様々な名によって生きることが出来ます。

しかし、八方塞りの逆境の中でも呼ぶことの出来る名は、多くはありません。

特に、生きていくことに困難を感じるような時。或いは、死に直面している時に、人間がなおもそこで、望みを託して呼ぶことの出来る名は、一つだけです。

有名な宮沢賢治の詩「雨にも負けず」の中に、「南に死にそうな人あれば、行って怖がらなくてもいいと言い」というくだりがあります。しかし、ちょっと考えてみてください。

この詩人は一体、何の根拠をもって「怖がらなくてもいい」と言い得るのでしょうか?

何か、確かな根拠があって、そう言っているのでしょうか?それとも単なる気休めを言っているのでしょうか?

死に直面しているときに、尚も、希望を与えることのできる言葉があるとするなら、それは、死よりも強いものから来なければならない筈です。

死に打ち勝つことが出来るものから来なければなりません。

死を怖がらなくても良い、と本当に言い切ることができる人はただ一人だけです。

「死に打ち勝ったお方、イエス・キリスト」だけです。このお方の名前だけが、どんな時にも、人間に希望を与えることが出来るのです。

このことを極限状態の中で経験した、或る教師の話を聞いた事があります。

関西学院神学部の教授であり、吹田教会の牧師でもあった印具徹先生の若き日の話です。

1945年8月6日、印具徹先生は、夏季講習の講師として、広島女学院に登校していました。

その時、突然強烈な光に襲われ目が見えなくなり、恐ろしい音がしました。

何が起こったのか分からずその場にひれ伏した。

上から校舎の壁や物がばらばらと落ちてくる。どうなったのか全く分からずに、ただひれ伏すしかありませんでした。

暫くして、我を取り戻して立ち上がった時に、本当に血だらけになって、見る影もない姿になった女学生たちが、先生に取り縋ってきて「先生、先生」と言われました。

先生といわれても、自分でもどうして良いか分からない。

何が起こったかすら分からない。呆然としているうちに人々が川岸の方に重たい足を引きずるようにして歩き出した。

そこで先生も女学生たちを引率して、人々の後に付いて一緒に歩いて行きました。

やがて川岸に着き、工兵隊の船に乗せて貰って向こう岸に渡り、また人々が歩いていく後に付いて、同じようにただ黙々として歩いて行きました。

ふと気がつくと見覚えのある場所に着きました。

「あぁ、そうだここは私の下宿の近くだ」と分かったので、自分の下宿に女学生たちを連れて行き、そこに一先ず避難しました。

そこに布団を敷き、蚊帳をつり、重病の女学生たちを寝かしました。

先生はうちわで子供達を仰いでやりながら、子供たちが次々に息を引き取っていくのを見守ったのです。

皆、苦しそうに「お母さん」と言ったり、「先生助けて」と言いながら、息を引取っていきました。その時、先生は言いようのない、深い後悔の念に駆られました。

「あぁ、私はこの子たちに、本当に呼ぶべき方の名を教えてこなかった。

私はなんという馬鹿なことをしたのか。

こんな時に、先生と言われて、私に何が出来る。

お母さんでどうして救われるか。お父さんでどうして救われるか。

何の助けにもならないではないか。

このような時に、この子たちを救えるのは、イエス様以外には居ないではないか。

私はなぜもっと真剣に、この子たちにイエス様の名を呼べと教えてこなかったのだろうか」。

先生は本当に悔い改め、その後、関西学院にて神学を教える傍ら「イエス様の名を呼ぼう!何があってもイエス様と呼べ、ほかの名を呼ぶ必要はない。イエス様と呼ぼう!」と事ある毎に呼び掛けました。

愛する兄弟姉妹。皆様方の中には、お子さんをお持ちの方がおられるでしょう。

或いは、お孫さんをお持ちの方もおられると思います。

今は未だでも、将来、お子さんやお孫さんを持たれる方もおられると思います。

皆様は、愛するお子さんたちに、或いはお孫さんたちに、最も善いものを与えたいと望んでおられると思います。それは、一体、何なのでしょうか。

「主イエス・キリストの名によって生きる生き方」。これしかないのではないでしょうか。

他に何があるでしょうか。

「イエス・キリストの名によって生きる生き方」とは、どのような状況におかれても、絶望しない生き方です。

たとえ死の影の谷を歩む時にも、主イエスが共にいてくださる、という希望に生きることが許されている生き方です。

私たちは、愛する人々に、この「イエス・キリストの名によって生きる生き方」を、もっと力強く、もっと大胆に勧めていく者でありたいと思います。

ペトロが、ユダヤの最高議会の議員たちを前にして、堂々と宣言したように、私たちも「イエス・キリストの名によって生きる」こと以外には、まことの救いはないということを、自信を持って宣べ伝えていきたいと思います。

「ほかの誰によっても、救いは得られません。私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」。