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過去の礼拝説教

「二つの派遣」

2015年01月04日 聖書:フィリピの信徒への手紙2章19~30節

新しい年、2015年を迎えて、最初の聖日の朝、こうして皆様とご一緒に、御言葉に聴き、共に祈り、主を賛美することができる恵みを、心から主に感謝いたします。

今年は、ひつじ年です。聖書には、羊が、とても頻繁に出てきます。ですから、私たちにとって、羊は、とても馴染み深い動物です。この羊という動物は、大変弱い生き物です。身を守るものは、何一つ持っていません。目が弱くて、遠くの敵を、目ざとく見つけることが出来ません。足も遅く、襲われても逃げることができません。また、鋭い牙や爪など、敵を攻撃するものも、全く身に付けていません。ですから、羊飼いが導いてくれなければ、生きていけない、弱い動物です。そのため、耳だけは、とても良くて、自分の羊飼いの声を、ちゃんと聞き分けるそうです。

ある旅人が、シリアを旅行していた時、三人の羊飼いが、羊に水を飲ませているところに、居合わせました。それぞれの羊が、混じり合っていましたが、一人の羊飼いが「メナー」(アラビア語で「ついてきなさい」)と言うと、たちまち30頭ばかりが集まりました。次にもう一人が、「メナー」と言うと、今度は40頭ばかりが、その声に従っていきました。旅人は驚いて、三人目の羊飼いに、「もし私がメナーと呼んだら、君の羊はついてくるだろうか」、と尋ねました。羊飼いは、笑いながら、首を振りました。しかし、旅人は、それを確かめたくなりました。彼は、羊飼いの服とターバンを借りて、それを身にまとって「メナー」と呼んでみました。しかし、羊は見向きもしませんでした。主イエスは、「羊は、羊飼いの声を知っているので、ついて行く」、と言われました。新しい年、私たちも、羊のように、主イエスという、良い羊飼いの声を、しっかりと聞き分け、迷わず、ついて行く者でありたいと願います。

さて、先ほど読んで頂いた、フィリピの信徒への手紙の御言葉は、パウロがフィリピの教会に宛てた、テモテと、エパフロディトという、二人の伝道者の、推薦状です。

テモテについては、使徒言行録やパウロの他の手紙にも、度々登場していますので、皆さんも、よくご存知だと思います。しかし、エパフロディトという人物はあまり知られていません。この人は、聖書の中では、このフィリピ書以外には、出てきません。パウロはこの時、捕らえられて獄中にいました。当時の囚人の生活は、獄吏から与えられる、食物や衣服だけでは、到底、命を保てなかった、と言われています。

ですから、獄中のパウロの身を案じた、フィリピの教会員は、パウロを助けるために、使者を送りました。その使者がエパフロディトでした。エパフロディトは、フィリピの教会からの、献金や贈り物を持って、パウロを訪ねました。そして更に、パウロのもとに止まり、彼を援助し、伝道の働きを、補佐する使命を与えられていたようです。

しかし、そうした働きの中で、エパフロディトは病気になりました。27節によると、彼は、「瀕死の重病」に罹った、と記されています。この情報はフィリピの教会にも伝わりました。教会の中には、エパフロディトの働きを、期待はずれだと、失望する空気もあったと思われます。病気が治った後に、パウロは、エパフロディトを、フィリピに送り返しました。その時、彼に託したのが、このフィリピの信徒への手紙なのです。

25節でパウロは、「ところでわたしは、エパフロディトを、そちらに帰さねばならない、と考えています」、と言っています。ここで「帰さねば」と訳されている言葉は、本来は、「送る」とか「派遣する」と言う意味の言葉です。19節で、「間もなく、テモテを、そちらに遣わす」、と言っているのと、同じ言葉なのです。御言葉はここで、テモテと、エパフロディトという、二人の人物の派遣を通して、私たちに、大切なことを、教えようとしています。

まず、テモテの派遣ですが、20~21節で、パウロは、最大級の言葉を用いて、テモテをフィリピの教会に、推薦しています。テモテのことを、「私と同じ思いを、抱いている者」、「親身になって、あなた方のことを、心にかけている者」、更に、「自分のことではなく、イエス・キリストのことを、追い求めている、唯一の者」である、とまで言っています。パウロは、このように、テモテを、まことの献身者、忠実な奉仕者として、フィリピの教会に、推薦しています。偉大なパウロ先生から、これほどの推薦を受けるなんて、ちょっと羨ましいような気がします。テモテ自身も、身に余るお言葉と、畏れをもってこの推薦を受けたと思います。

しかし、ここで、一つの疑問が湧いてきます。パウロは、そこまでして、テモテを推薦する必要が、あったのだろうか、という疑問です。推薦状とは、良く知られていない人を、紹介するために、用いられるものです。しかし、テモテは、フィリピ教会の信徒には、広く知られていた筈です。

フィリピの教会は、パウロによって、立てられましたが、その時、テモテは、パウロに同行していて、その働きを助けています。フィリピの教会を、設立する当初から、テモテは、深く関わっていたのです。

更に、使徒言行録には、その後も、テモテが、フィリピの教会を、度々訪問したことが、書かれています。ですから、テモテは、フィリピの教会には、良く知られていたのです。

それでは、なぜパウロは、このような推薦状を、書いたのでしょうか。それは、今までとは違って、今回テモテは、パウロの、単なるお使いとしてではなく、神様から遣わされた、一人の伝道者として、フィリピに派遣されようと、していたからです。

しかし、テモテは年が若く、また、体も弱く、性格もどちらかというと内気でした。その上、永くパウロに、随行していましたので、独立した伝道者というよりも、パウロのアシスタントとしての、イメージを、どうしても持たれてしまう。そういう弱点がありました。そのような、弱さや欠けを持ったテモテを、愛と尊敬をもって、受け入れて欲しい。パウロは、そう願って、この推薦状を書いたのです。

確かに、テモテは、年が若く、人生経験も乏しく、体も弱く、性格も内気でした。その上、独立した伝道者としての評価も、定まっていませんでした。そのような牧師を、受け入れることは、教会にとっても、容易いことではありません。でも、パウロは、フィリピの教会と、その信徒を、信じていました。パウロは、信頼するフィリピの信徒に、若い愛弟子のテモテを、託したのです。

アメリカの教会で、実際にあったことを、お話させていただきます。ある教会に、若い牧師が送られてきました。この牧師は、神学校で学んだ、たくさんの知識をもって、教会員を教えようと、意気込んで、赴任しました。しかし、この牧師と教会の関係は上手く行きませんでした。とうとう、その教会の信徒は、教団の宣教委員会に、この牧師を召還して欲しい、と頼んできました。

宣教委員会の委員は、信徒と、牧師に、それぞれ別々に会って、話を聞きました。そして、その牧師と、信徒の両方に、同じ内容の、手紙を出しました。その手紙には、こう書かれていました。「私達は一つの事を、あなた方に提案します。その提案を、あなた方が受け入れ、実行した後に、またお話しいたしましょう」。

その提案とは、「これから一年間、毎日、コリントの信徒への手紙一の13章を読む事です。」御存知のように、第一コリントの13章は、「愛の賛歌」として知られる、有名な御言葉です。

さて、その手紙が送られてから半年後、変化が起きました。かつて、この牧師を、召還して欲しいと、手紙を書いてきた人たちが、彼の働きの、継続を願い出たのです。数年後、その同じ人たちが、今度はこの牧師を、教区の監督にして欲しいと、依頼してきたのです。そして、この牧師は、それから50年以上も、牧会者として、主のご用に、貴く用いられたというのです。

教会が、主の愛に包まれる時、教会は年若く、未熟な伝道者を受け入れ、共に成長する恵みに、生かされていきます。この話は、そのことを、証ししています。

フィリピの教会も、そのような教会であることを、パウロは期待し、また信じて、テモテを送り出したのです。さて、25節から30節までの御言葉は、もう一つの派遣の姿を、示しています。それがエパフロディトの派遣です。25節でパウロは、病から癒えたエパフロディトを、フィリピの教会に、派遣すると言っています。

それは、エパフロディトが、しきりに、フィリピの教会の人々に、会いたがっているからです。

フィリピの教会から、大きな期待と、使命を与えられて、パウロのもとに来た、エパフロディトでした。

しかし、思いがけない病気に罹り、気弱になり、母教会に帰りたがっているのです。ここには、期待された使命を、十分に果たせずに、苦悩する伝道者の姿が、描かれています。しかしパウロは、このようなエパフロディトに、新たな使命を与えて、フィリピの教会に派遣しようとします。

元々、フィリピの教会の会員でしたから、「送り返す」、と言っても良いところです。しかし、パウロは、敢えて、彼を「派遣する」、と言っています。しかも、パウロの兄弟として、また協力者として、そして共に信仰の戦いを戦った、戦友として、派遣する、と言っているのです。病気についても、エパフロディトが、命懸けで、キリストの業に、奉仕した結果だと言って、称賛の言葉を送っています。フィリピの教会が、彼を期待はずれだとして、不満や非難をもって、迎えるようなことのないように。非難するのではなく、29節にあるように、「主に結ばれている者として、大いに歓迎し」、「彼のような人々を、敬って」貰うことを願い、そして、期待したのです。パウロの、愛に満ちた心遣いが、ひしひしと伝わってくるような言葉です。

しかし、パウロは、ここで、同情や憐れみだけで、エパフロディトを、派遣しようと、しているのではありません。エパフロディトに、新たな教会的な使命を与えて、フィリピに派遣しようと、しているのです。

その使命とは何でしょうか?その問いを解く鍵は27節の御言葉、「神は彼を憐れんでくださいました」、の中に示されています。迫害の中にあるフィリピの教会には、テモテのように、若さに溢れた伝道者が、必要であったでしょう。しかし、また、エパフロディトのように、「死ぬほどの目に遭った」中で、ただ神様の憐れみによって、生かされた者も、また、求められていたのではないでしょうか。

弱さと無力さの中で、神様の憐れみを、真底から体験した、エパフロディト。そのような伝道者こそ、フィリピの教会に必要であることを、パウロは知っていたのです。ですから28節で、「あなた方は、再会を喜ぶでしょう」と、確信をもって、パウロは言っています。

女性で初めて、ノーベル文学賞を受賞した、スウェーデンの作家、ラーゲルレーヴが書いた、『キリストの伝説』という本に、『聖なる炎』という短編が、納められています。主人公は、ラニエロという、怪力無双の男です。彼は、イタリヤのフィレンツェでは、有名な乱暴者で、喧嘩好きでした。この男が、十字軍に参加して、大きな手柄を立てて、得意になっていた時、仲間の兵士が、からかって言いました。「いくらお前でも、エルサレムの聖墳墓教会の灯りを、フィレンツェまで、消さずに持っていくことは、出来ないだろう」。負けず嫌いの彼は、「それくらいお安い御用だ」、と言って気楽に引き受けました。

ところが、実際にやってみると、それは、なかなか難しいことでした。小さな灯りは、馬に乗って、早く走れば、消えてしまいます。ラニエロは、後ろ向きに馬に乗って、ゆっくりと進みました。途中で、12人の強盗に、襲われました。この連中を切り伏せることなど、彼にとっては何でもないことですが、それでは灯火が消えてしまいます。彼は、盗賊に、鎧も、兜も、武器も、金も、すべてを渡し、ただ古い衣と、ろうそくだけになりました。ラニエロは、風の日には、古い衣で、雨の日には、岩間に身をひそめて、灯火を守りました。ある時、彼は、木陰で、つい眠ってしまいました。ところが、寝ている間に、雨が降りだしたのです。はっと目を覚まして、灯火を見ると、雨の中でもろうそくは静かに燃えていました。小鳥が二羽、翼を広げて、灯火の上を飛びながら、火を雨から守っていたのです。ラニエロは、素直に、「ありがとう、小鳥さん」、と感謝の言葉を述べました。フィレンツェの聖堂のろうそく以外には、移してはいけない、と言われて、運んだ灯火でしたが、子供のためにパンを焼く、女の人に、その灯りを、分けてあげたこともありました。

子供の命こそ、守り続けなければならない、灯火であることを知ったからです。

イースターの朝、遂にフィレンツェに、帰り着いたラニエロは、かつての乱暴者の面影は、全く無くなり、優しさと、憐れみに満ちた人に、なっていました。ぼろぼろの古い衣を着た、乞食のようなラニエロを、町の人たちは、狂人扱いしました。町の人たちは、その灯火が、エルサレムから運ばれてきた、聖火だと信じようとしません。証拠を見せろ、と迫りました。その時、小鳥が一羽、ラニエロの灯火めがけて、飛びかかり、なんとその火を、消してしまいました。ラニエロは、ガックリと崩れ落ち、目に涙を浮かべました。ところが、急に聖堂の中に、ざわめきが起こりました。『鳥が燃えている。羽に聖火が!』小鳥は、苦しげにさえずりながら、祭壇の上に落ちました。その瞬間、祭壇のろうそくは、赤々と燃え上がったのです。牧師が、大声で叫びました、『見よ、神様が、証しを立てて下さったのだ!』。

さて、長々と、小説の紹介をさせて頂きました。この話を通して、皆さんにお伝えしたかったこと。それは、小さな灯りという、か弱いものを、大切に抱えて、旅をしたことで、ラニエロが、乱暴者から、優しさと、憐れみの人へと、変えられた、ということです。自分の力に頼っていた、乱暴者が、弱さを得たことで、神様の憐れみに、すがる者へと、変えられたのです。自信満々の、強いラニエロではなく、弱さを抱えたラニエロを、神様は用いられたのです。

このラニエロの姿は、使徒ペトロの姿と重なります。ペトロは、使徒のリーダーとして、自信を持っていました。自分は強い、と思っていました。ですから、最後の晩餐の時に、主イエスが、「今夜、あなた方は皆、私につまずく」、と言われた時も、「たとえ、皆がつまずいても、私は、決してつまずきません」、と豪語したのです。そんなペトロに、主イエスは、「今夜あなたは、私のことを、三度知らないと言うだろう」と、予告されました。ペトロは、「死んでもそんなことは言いません」、と必死に答えました。

しかし、その数時間後、ゲツセマネで、主イエスは捕えられ、裁判にかけられました。ペトロも、裁判の場に、隠れて忍び込んでいました。しかし、群衆の一人に、「お前もあのイエスの仲間だろう」と言われると、「いや、あんな人知らない。私と関係ない」と、三度も否定したのです。主イエスが、予告された通りのことが、起こったのです。

ペトロは、自分の弱さに愕然とし、外に出て、男泣きに泣きました。自信に満ちた、強いペトロは、跡形もなく、崩れ落ちました。ペトロの自信も、強さも、粉々に砕かれたのです。

やがて、復活された主イエスは、ガリラヤ湖畔で、ペトロに会われます。その時、主イエスは、ペトロに、私についてきなさい、私の羊を養いなさい、と言われました。あの、自信に満ちていたペトロ、自分は強いと思っていたペトロ。あの時のペトロは、私について来ることはできない。

しかし、今のペトロなら、私について来ることができる。自分の欠けや、弱さを知ったペトロなら、私について来ることができる。そして、私の羊を飼うことができる。私の羊を、託すことができる。

弱さを知ったお前を、私は用いよう。主イエスは、そう言われたのです。

エパフロディトもそうでした。彼も、病気と言う弱さの中で、神様の愛、神様の憐れみを、心から知り、変えられた者でした。

教会が、本当に必要としているのは、自信満々の、強い伝道者ではなく、弱さや、欠けを抱えながらも、神様の憐れみによって、生かされている伝道者です。若くて、経験不足なテモテ。しかし、他の誰よりも、イエス・キリストのことを追い求めている、確かな献身者であり、忠実な奉仕者である、テモテ。

キリストのために、命懸けの奉仕をしたにも拘らず、病気のために、使命を果たせなかったエパフロディト。しかし、病気を通して、神様の愛の深さを知り、神様の憐れみに生きることの大切さを、体験したエパフロディト。どちらも欠けを持つ二人です。どちらも弱さをもっています。

しかし、パウロは、このような者こそ、迫害の中にある、フィリピの教会に、最も必要な伝道者であるとして、二人を派遣します。弱さや欠けを、神様が用いられることを、信じているからです。弱さや欠けを通して、神様の愛と憐れみが、二人に注ぎ込まれることを、知っているからです。

そして、牧師が成長するに従って、教会もまた、共に成長する、恵みに与れるからです。

伝道者だけではありません。教会に連なる、一人ひとりも、それぞれ、弱さや欠けを、持っています。

いかし、そのような、弱さや、欠けを、持っているが故に、神様の愛の深さを知り、神様の憐れみに、生きることの大切さを、知らされた者たちです。新しく与えられたこの年も、そのようなお互いとして、共に助け合い、共に補い合いながら、共に成長していく恵みに、与っていきたいと思います。

教会員一人ひとりが、お互いを、「主に結ばれている者として、大いに歓迎し、敬い合う」教会を、ご一緒に、立て上げていきたいと願います。