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過去の礼拝説教

「墓は空だった」

2018年04月01日 聖書:ヨハネによる福音書 20:1~10

皆さん、イースターおめでとうございます。

素晴しい春の日差しの中で、愛する兄弟姉妹と共に、喜びのイースター礼拝を、ささげられる恵みを、心から主に感謝いたします。

瞬きの詩人と言われた、水野源三さんは、イースターの朝を、このように詠っています。

「空には/夜明けと共に/雲雀が鳴きだし/野辺には/つゆに濡れて/すみれが咲き匂う/こんな美しい朝に/こんな美しい朝に/主イエス様は/墓の中から/出てこられたのだろう」

水野さんが、思い描く、イースターの朝の光景は、雲雀が鳴き、すみれが咲き匂う、美しい朝です。本当に、「主の復活、ハレルヤ!」、と思わず叫びたくなるような、春の朝の情景を、水野さんは思い描いています。

では、聖書は、この日の朝の様子を、どのように伝えているでしょうか。

今朝は、ヨハネによる福音書に記された、復活の記事から、ご一緒に、御言葉に聴いてまいりたいと思います。

主イエスの復活は、キリスト教信仰の中心です。もし、主イエスの復活を見失うなら、キリスト教は、全くその根拠を、失ってしまいます。

しかし、この主イエスの復活が分からない、信じられない、と言って信仰に入れない人が、多くいます。確かに、死人の復活を信じるということは、そう簡単なことではありません。

しかし、主イエスは、確かに、復活されました。弟子たちが、最初に、宣教活動を始めた時、彼らは、ただ主イエスが甦った、ということだけを、伝えたのです。

彼らは、自分たちのことを、キリストの復活の証人である、と自己紹介しています。

そして、そのことは、二千年経った今でも、変わっていません。

教会は、二千年に亘って、主イエスの復活を、宣べ伝えて来ました。

キリスト教信仰が、これまで世界各地で、力強く働いて、数知れない人々を、生かしめてきたのは、主イエスの復活が、事実であったからです。

十字架によって、打ちひしがれていた、弟子たちには、伝道するような勇気は、どこにも見ることが、できませんでした。

彼らは、主イエスが、十字架につけられたということで、全く取り乱していました。

全く気落ちしていました。何をしていいか分からずに、ただひたすら、自分たちにも、逮捕の手が届かないようにと、じっと身を潜めていたのです。

そんな弟子たちが、殉教をも恐れない者へと、劇的に変えられていったのです。

それは彼らが、深く反省したり、色々と研究した結果、そうなったのではありません。

主イエスが甦ったと思い込め、と言われても、そんなことはできません。仮に、思い込んだとしても、そのことに命を懸けて、殉教することなど不可能です。

人間は、自分の勝手な思い込みに、命を懸けることは、出来ないのです。

彼らが、命懸けで主イエスの復活を、宣べ伝えたのは、主イエスの復活という事実に、実際に出会ったからです。主イエスの復活という事実に、ぶつかってしまったからです。

ですから彼らは、今までの生き方を、全く変えざるを、得なくなってしまったのです。

主イエスの復活。それは、弟子たちの生き方を、全く変えてしまった、とてつもなく大きな出来事でした。

そして、それは、私たちの生き方をも、根本から揺り動かす出来事でもあります。

私たちが、人生の終わりは死である、と思っている限り、どのように自分を納得させようとしても、結局人生は、空しいものになってしまいます。

もし復活の望みがなかったら、私たちの人生は、一幕の芝居のようなものとなってしまいます。どんなに立派に演じても、幕が引かれたら、そこで芝居は終ります。

あの兼好法師が、「徒然草」で語ったように、歴史の流れの中に、浮かんでは消える泡のようなもの。それが、私たちの人生であるとしたら、人間は、どうしようもなく切ない、虚無的な思いに、襲われます。死は、一切を台無しにしてしまう、恐ろしいものになります。

あの宮沢賢治の詩、「雨にも負けず」の中に、「南に死にそうな人あれば 、行って怖がらなくてもいいと言い」、というくだりがあります。

とても良い詩です。しかし、ちょっと立ち止まって、考えてみてください。

この花巻の詩人は、一体何の根拠をもって、「怖がらなくてもいい」、ということが出来るのでしょうか。単なる気休めでしょうか。もし、単なる気休めで言っているとしたら、こんな無責任な言葉はありません。

「南に死にそうな人あれば 、行って怖がらなくてもいいと言い」。この言葉を、言うことができる人は、死を、克服した人だけです。死を克服した人、それは、ただ一人です。

復活されて、死に打ち勝たれた、主イエスだけです。その主イエスが、「あなたは、もう死を恐れなくてもよい。私が、既に、死に打ち勝っているのだから」、と言われているのです。

その主イエスの御言葉を信じて、委ねていく時、私たちの人生は、決して、空く終ることはありません。死の先にも、尚、希望を見ることが、できるからです。

さて、ヨハネによる福音書の、御言葉に戻りたいと思います。

「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。」今朝の御言葉は、こう語り出しています。

「まだ暗いうちに」、とあります。マグダラのマリアは、夜が明けるのが、待ち切れないで、まだ暗いうちに、墓にやってきたのです。主イエスに対する、愛の深さが、示されています。

そこでマリアは、墓から石が、「取りのけてある」のを見ました。この言葉は、原語では「取りのけられている」、という受け身で書かれています。

石は、自然に動いたのではないのです。マリアが墓に行く前に、夜の暗い間に、誰も知らない内に、石を取り除いた方がいたのです。

マリアが、主イエスを失った悲しみで、泣きながら過ごした夜の間に、秘かに働かれた方が、いたのです。父なる神様でした。

神様は、人が悲しみの中で、寝入っていた時に、一人静かに、働いておられたのです。

人の思いに先立って、ご自身のご計画を、秘かに進めておられたのです。

私たちの人生にも、様々な困難があります。主イエスとの出会いを、妨げるような、大きな障害物が、岩のように、立ち塞がることがあります。行く手を遮られて、途方に暮れることがあります。孤独で、無力な自分を、ただ嘆くしかない。そう思う時があります。

しかし、私たちの思いの及ばない所で、神様は働いていてくださるのです。

そして気が付くと、行く手を遮っていた、大きな石は、いつしか、取りのけられている。

そういうことを、私たちは、経験することがあるのです。

私たちは、目の前に、立ちはだかっている、大きな石だけに、目を奪われるのではなく、その背後で、秘かに働かれておられる、神様の御業を、信じたいと思います。

困難の背後にあって、確かに働いてくださっている、神様に希望をおいて、生きて行きたいと願わされます。

今朝の御言葉には、マグダラのマリアの他に、ペトロと、もう一人の弟子が登場します。

このもう一人の弟子については、昔から、色々な説がありますが、伝統的には、愛弟子ヨハネであろうとされています。

今朝の御言葉では、これら三人に、共通していることがあります。それは、三人とも、「走った」ということです。

マリアは、墓が空っぽであることを知って、大急ぎで走って、ペトロともうひとりの弟子に「主が墓から取り去られました」、と告げました。

この言葉は、直訳すれば、「彼らは主を取り去りました」、となります。では、彼らとは、誰のことでしょうか。一体誰が、主イエスの、遺体を取り去ったのでしょうか。

主イエスの遺体を、取り去る。そんなことをする人は、二種類の人間しかいない筈です。

一つは、主イエスを慕う弟子たちです。

そして、もう一つは、主イエスが、こんな立派な墓に葬られたことを、快く思わない、敵対者たちです。そのどちらかである筈です。

主イエスを慕う弟子たちとは、ペトロたちのことです。しかし、ペトロたちは、そんなことをしていません。

それならきっと、主イエスの敵対者たちが、主イエスの墓を暴き、ご遺体を持ち去ったのだ。恐らく、ペトロたちはそう思ったのでしょう。

主イエスが葬られた墓は、身分の高い議員である、アリマタヤのヨセフが、自分のために用意していた墓です。ですから、一般の人から見れば、大変立派な墓だったと思います。

神を冒涜した、犯罪者のイエスが、そんな立派は墓に、納められている。それはおかしい。とても我慢が出来ない。そのように考える、敵対者たちの仕業に違いない。

弟子たちが、そのように推測して、恐れたとしても、不思議ではありません。

弟子たち二人は、マリアの話を聞くと、ほとんど本能的に、走り出しました。

走らずには、おれなかったのです。喜びに駆り立てられて、走ることもあります。

しかし、ここでは、不安と恐れに、駆り立てられて、走っています。

「二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた」。この4節の御言葉を読むと、何となく二人が、競争して走ったように思えます。

けれども、「二人は一緒に走った」と、はっきり記されています。

しかし、もうひとりの弟子の方が、先に着きました。やはり、若いヨハネの方が、速かったのだと思います。でもこの弟子は、先に着いても、墓の中に入ろうとしませんでした。

ペトロが来るのを、待ったのです。年長者に対する、礼儀であったのでしょうか。

或いは、弟子たちのリーダーである、ペトロの立場を、重んじたのかもしれません。

ペトロと、もうひとりの弟子が、墓の中に入ったときに、亜麻布が、きちんと丸めて置いてあるのを見ました。それは何を、意味していたのでしょうか。

主イエスの遺体は、誰かに奪われたのではない。

ご自分で、亜麻布をほどいて、そこに丸めて置いて、出て行かれた、ということです。

もし、盗人が、遺体を持ち去ったのなら、高価な亜麻布を、そこに置いて、死体だけを持ち去る、ということはあり得ません。

そして、もし敵対者が、持ち去ったのなら、わざわざ亜麻布をほどくような、面倒なことをせず、布に巻かれたまま、さっさと持ち去ったことでしょう。

二人の弟子たちは、墓の中の状況を、「見て、信じた」、と書かれています。

墓が空であることを、「見て、信じた」のです。

墓の中には、何もありません。ただ、亜麻布が丸められて、置いてあるだけです。

しかし、彼らは、墓が空っぽであるのを見て、信じたのです。主イエスの体は、奪われたのではない。何か、説明できない、とても不思議なことが、起こったのだ。

そのことを、空の墓から、感じ取ったのです。

しかし、そうであるとすれば、どうしても、ここで、気になることがあります。

それは9節の御言葉です。「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである」。

この8節と9節は、繋がりません。矛盾しているように思えます。

8節で、「見て、信じた」、と書いておきながら、それは聖書の御言葉が、まだ分からなかったからである、と言っているのです。

信じたというのなら、聖書の御言葉が、成就したということが、分かった筈です。

そう書かれているなら、説明がつきます。けれども、まだ分かっていない、と書いてあるのです。これは、どういうことなのでしょうか。

二人の弟子たちは、空の墓を見ました。そして、その状況から、これは、敵対者の仕業でも、盗人の仕業でもない、と分かったのです。

勿論、弟子である自分たちが、したことでないことは、明らかでした。

誰の仕業なのか、見当がつかない。とても不思議なことが起こった。そのことは、感じ取ったのです。でも、主イエスが、復活した、ということにまで、思いが至らないのです。

空の墓を見て、何か不思議な出来事が、起こったことは、信じたのです。

でも、まだ、主イエスの復活を、信じるまでには、至っていないのです。

墓が空になっていることを信じた、というだけでは、復活信仰の、ほんの始まりであったのです。

でも、そこから、からし種一粒にも満たない、小さな信仰の芽が、生まれたのです。

そして、それが、やがて、より確かな理解に、より強い確信へと、導かれていくのです。

「二人はまだ理解していなかった」、と書かれています。

この言葉は、二人の不信仰を、非難する言葉ではありません。希望の言葉なのです。

今はまだ、分かっていない。理解していない。しかし、分かる時が、必ず来る、という希望の言葉なのです。死人の復活という出来事は、そんなに簡単には、分かりません。

「見て、信じた」。この信仰は、その時は、まだ不確かで、中途半端でした。

でも、この「信じた」ところに、復活信仰の、小さな、小さなスタートがあるのです。

信じたけれども、その時には、まだ分かっていない。でも、それで良いのです。

分からなくても良いのです、まず信じることから始まり、やがて分かる時が来るのです。

私たちもそうです。信じたことを、理解し、分かるために、繰り返して礼拝を守り、聖書を読み、教会生活を、続けなければ、ならないのです。

私たちが、結婚する時も、そうではないでしょうか。相手の人を信じて、この人と共に、生きていこうと決心するのです。でも、その時は、まだ相手の人のことを、十分に理解していません。一緒に、生活していく内に、次第に理解していくのではないでしょうか。

今は、分かっていなくても、小さな、小さな信仰から、やがて、分かる時が来るのです。

10節に、「それから、この弟子たちは家に帰って行った」、と書かれています。

空になった墓を、見ていながら、二人は、さっさと家に帰って行ったのです。主イエスが、そこから出た、痕跡を見ていながら、そこに止まらずに、家に帰ってしまったのです。

彼らは、十字架の主イエスを、独りにした、だけではありませんでした。復活された主イエスをも、独りにしたまま、自分の家に、帰ってしまったのです。

聖書には、この後、弟子たちが、復活された主イエスのことを、探して、訪ね歩いた、とは書かれていません。逆なのです。主イエスの方が、訪ね歩いてくださったのです。

さっさと、家に帰ってしまった弟子たちを、主イエスが、探し求められたのです。

21章を見ますと。主イエスは、ガリラヤ湖畔まで、弟子たちを、追いかけて来てくださいました。

そして、そこで、「わたしに従いなさい」という、最初の召命の言葉が、繰り返されました。ペトロは、そこで初めて、本当の意味で、主イエスの弟子になりました。

そこで初めて、家を出たのです。家を出て何をしたのでしょうか。教会を造ったのです。

そういう者たちが、新しい家を造ったのです。それが教会です。

教会は、その後、「神の家族」、と呼ばれるようになりました。

その神の家を造るために、ペトロも、もうひとりの弟子も、家を出て、福音宣教のために、その後の人生を、献げました。

この空の墓は、私たちにとっては、教会と考えてみても、良いと思います。

ペトロたちは、空の墓を覗きました。中に入りました。そして、そこに、何か不思議なことが、起こっていることを、感じ取りました。しかし、それが、何であるか分からずに、家に帰ってしまいました。私たちはどうでしょうか。或いは、どうだったでしょうか。

教会に行って、中を覗きました。中に入って、そこに何か、不思議なもの、聖なるものがあることを、感じ取りました。しかし、それが何であるか、分からずに、自分の家に帰ってしまいました。教会から、自分の世界に、戻って行ってしまいました。

しかし、主イエスは、そんな私たちを、探して、訪ねてくださるのです。

その主イエスに、導かれて、私たちは、本当に、小さな、小さな、からし種一粒にも満たないような、信仰からスタートします。何も分からずに、スタートするのです。

でも、それで良いのです。なにも分からずに、先ず信じることから、スタートするのです。

そして、礼拝を通し、祈りを通し、御言葉を通して、少しずつ分からせていただくのです。

それが、私たちの教会生活です。

今、私たちは、教会の枝として、神の家族の一員とされています。復活が、なかなか理解できない。だから、神の家族になれない。そんなことはないのです。

理解できないこと、分からないことを、抱えたままで良いのです。

でも、ここに、救いがあると信じて、神の家族となるなら、やがて分かるように導かれていくのです。

そのような、神の家族に加えられていることを、心から感謝しつつ、共に歩んでまいりたいと思います。