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過去の礼拝説教

「天の主イエスが見える」

2018年08月05日 聖書:使徒言行録 7:54~8:3

先週、ご一緒に聴きました御言葉には、初代教会において、信仰と聖霊に満ちた奉仕者であったステファノが、最高法院に引き出されて、尋問を受けたことが、記されていました。

ステファノは、モーセの律法と、エルサレムの神殿を、冒瀆したと、訴えられたのです。

もし、神を冒瀆したという裁判で、有罪となれば、ユダヤの掟では、石打の刑による、死刑と定められていました。

ですから、この尋問は、ステファノにとっては、生死に関わるものだったのです。

こういう場合、普通であれば、緊張して、顔が引きつっても、おかしくありません。

しかし、この時のステファノの顔は、「さながら天使の顔のように見えた」、と聖書は伝えています。

今、この時も、主イエスが、必ず共にいてくださる。その主イエスに、全てを委ねていこう。

ステファノは、死の影が垣間見えるような、緊迫した場面でも、そのような平安の中にいたのです。ですから、その顔は、さながら天使のように、見えたのです。

そのステファノに、大祭司が尋ねました。「訴えのとおりか」。

この大祭司の問いに対する、ステファノの長い答弁が、7章1節から53節までに、記されています。それは、答弁というよりも、堂々たる説教です。

ステファノは、イスラエルの歴史を振り返りつつ、ユダヤの人たちの罪を指摘しました。

神様は、かつて、モーセや多くの預言者たちを、イスラエルに送り続けてくださった。

しかし、イスラエルの人たちは、その都度、神様からの遣いを、拒否し続けてきた。

そして、遂に、神様は、その独り子、イエス・キリストを、この世に送られた。

しかし、その独り子をも、あなた方は、十字架につけて、殺してしまった。

あなたたちは、神殿で、形式だけの儀式を守って、神様の命の言葉を、聞いて来なかった。

だから、モーセの律法を破り、まことの礼拝を守らなかったのは、実は、あなたたちの方なのだ。ステファノは、このように反論し、大胆に、彼らの罪を指摘しました。

しかし、ステファノの説教の目的は、人々の罪を糾弾することでは、ありませんでした。

ステファノは、ユダヤの人たちに、悔い改めて欲しかったのです。

悔い改めて、主イエスを信じて、まことの救いに与って欲しい。それを、願っていたのです。

しかし、ステファノの説教を聞いて、自分たちの罪を指摘された、最高法院の議員たちは、激しい怒りに駆られました。

なぜなら、ステファノを、神に対する冒瀆罪で裁こうとしていたのに、逆に、自分たちの罪を、ズバリと指摘されてしまったからです。

54節に、「人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした」、と書かれています。この「激しく怒り」、と訳されている言葉を、ある聖書は、「はらわたが煮えくり返り」、と訳しています。原語の元々の意味は、「のこぎりで挽き切る」、という意味です。

凄いですねぇ。怒りで、「心が切り裂かれた」、というのです。それ程、激しく怒ったのです。

でも、ステファノは、決して彼らを、責め立てようと、したのではありません。彼らを、悔い改めに、導こうとしていたのです。自分の罪に、気付いて欲しかったのです。

しかし、心が頑なになっていた彼らは、ステファノの言葉を、受け入れることができず、怒りに燃え上がってしまったのです。

一方、ステファノは、権力者たちの激しい怒りにも、心を騒がせることはしませんでした。

ステファノは聖霊に満たされて、「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言いました。

ここで、注目したいのは、ステファノが、「人の子が神の右に座しておられるのが見える」、と言わないで、「人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言ったことです。

「人の子」とは、救い主を表す言葉です。つまり、主イエスのことです。

ルカによる福音書22章66節以下には、同じ最高法院における、主イエスの裁判の記事が記されています。そこで、主イエスは、こう言われています。

「しかし、今から後、人の子は全能の神の右に座る」。主イエスご自身が、「これから後、私は、父なる神様の右に、座っている」、と言われているのです。

これを受けて、私たちも、使徒信条において、復活された主イエスは、「全能の父なる神の右に座したまえり」、と告白しています。

そのように、主イエスのイメージは、父なる神様の右に、座っておられるお姿なのです。

ところが、ここでは、「神の右に立っておられる」、と言っています。

天の神様の右に、座っておられた主イエスが、愛するステファノのために、思わず立ち上がって、身を乗り出して、手を差し伸べておられる。そして、ステファノを、その御腕に抱こうとされている。きっとステファノは、そのような主イエスのお姿を、見ていたのです。

ですから、平安を保っていられたのです。

主イエスは、今も、私たちのために、立ち上がって、身を乗り出して、御手を差し伸べて、くださっています。

私たちが、大きな苦難の中にある時、或いは、孤独の中で一人悩む時、主イエスは、そんな私たちを、限りない慈しみをもって、見つめてくださり、私たちを、その胸に抱き締めようと、思わず立ち上がって、御手を差し伸べて、くださっているのです。

私たちは、その主イエスのお姿から、目を逸らさないように、したいと思います。

原語では、この時の、ステファノの言葉の最初に、「見よ」、という言葉があります。

「見よ、天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」、と言っているのです。

ステファノは、ユダヤの権力者たちに、「ご覧なさい。いえ、是非見てください。ほら、主イエスが、天の神様の右に、立っておられますよ。御手を広げて、あなたたちを、招いてくださっていますよ。さぁ、一緒に、主イエスの愛の御手に、抱かれましょう」、そう呼び掛けているのです。ステファノは、彼らに、主イエスの御姿を、見て欲しかったのです。

あそこに、あそこにこそ、あなた方の、救いがありますよ。あのお方を、是非、見てください。

ステファノは、そう呼び掛けていているのです。

そして、その呼び掛けは、今、ここにいる私たちにも、向けられています。「ご覧なさい。主イエスが、立ち上がって、御手を広げて、あなたのことを、招いてくださっていますよ。」

私たちは、その呼び掛けに応えて、主イエスのお姿を、しっかりと、見つめたいと思います。

ステファノは、「見なさい」と呼び掛けました。しかし、怒りと憎しみに満ちた彼らは、誰一人、主イエスのお姿を、見ることはできませんでした。

逆に、このテファノの言葉を、ユダヤ人権力者たちは、神を冒瀆する、汚らわしい言葉として、捉えてしまったのです。

彼らにとって、主イエスは、十字架に死んだ、呪われた存在です。ですから、その主イエスが、「神の右に立っておられる」、などというのは、神を冒瀆することになるのです。

逆上した人々は、「大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始め」ました。

旧約聖書のレビ記24章15、16節には、「神を冒瀆する者はだれでも、その罪を負う。主の御名を呪う者は死刑に処せられる。共同体全体が彼を石で打ち殺す」、と書かれています。

ユダヤ人たちは、この定めに、基づいて、死刑を執行しようとしたのです。

昔から、この時のステファノの殺害は、正式の手続きに則った処刑ではなくて、一種のリンチであったと言われてきました。

しかし、58節、「証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた」。

この言葉から、これは、律法に基づいた、正式な処刑であったことが分ります。

旧約聖書の申命記17章6節、7節に、「死刑に処せられるには、二人ないし三人の証言を必要とする。一人の証人の証言で死刑に処せられてはならない。死刑の執行に当たっては、まず証人が手を下し、次に民が全員手を下す」、という規定があります。

この規定に従って、複数の証人たちが、まず石を投げて、殺そうとしたことが分かります。

ですから、これはリンチではなく、律法に従った処刑であった、と考えられます。

また当時、ユダヤ人には、人を死刑にする権限が、ローマ帝国から与えられていなかった、ということも、よく言われます。

しかし、実際には、ローマ帝国も、冒瀆罪のような、宗教的な事柄については、ユダヤ人に、死刑の権限を与えていたようです。

ただ、主イエスの場合は、後々の影響を断つために、ローマ帝国に対する、反逆罪で有罪にして、十字架につけて、処刑しようとしました。これには、ローマ総督による裁判が、必要であったのです。

ステファノの場合は、宗教裁判でしたから、ユダヤ人の手で、死刑を執行できたのです。

しかし、この石打ちの刑によって、死んでいくステファノの最期は、主イエスを、力強く証しするものとなりました。

ステファノは、石で打たれながらも、いまわの息のもとで、二つの祈りを、献げました。

一つは「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」、という祈りです。

もう一つは、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」、という祈りです。

この二つの祈りは、主イエスが、十字架の上で祈られた祈りと、とてもよく似ています。

主イエスの祈り。それは、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」という祈りと、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」という祈りです。

どちらも、ルカによる福音書23章に出てきます。

ステファノは、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」、と呼びかけています。

今まさに、頭や胸に、大きな石を、投げつけられている、ステファノです。しかし、そのステファノの目の前には、主イエスのお姿が、映し出されているのです。

ステファノを罪から贖い出し、永遠の命の希望を、与えてくださった、主イエスが、立っておられるのです。ステファノは、そのお方に、「わたしの主よ」、と呼び掛けているのです。

死に際しても、共にいてくださる、主イエスの御手に、すべてを委ねているのです。

その主イエスが、自分を迎え入れてくださる。ステファノは、そのことを、堅く信じています。

恐らく、この時、ステファノは、主イエスの御声をも、聴いていたと思います。

「ステファノよ、私は、あなたを愛している。さぁ、私の許に来て、あなたに用意された、永遠の祝福と、安らぎを得なさい。」

人々が、ステファノを、罵り、呪いと憎しみの声を、上げている中で、ステファノの耳は、ただこの主イエスの御声のみを、聞いていたのだと思います。

周囲の罵声とは全く無縁の、主イエスと、ステファノの、二人だけの、静かで聖なる世界が、そこに造られていたのです。

そんなステファノに、「これでもか」と言わんばかりに、更に石が投げられました。

その石に打たれながら、ステファノは、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と叫びました。

なんと、自分を殺そうとしている人たちの、罪の赦しを、主イエスに執り成したのです。

私たちには、とても、考えられないようなことです。自分に石を投げている人たちのことを、恨んで、呪いの言葉を吐いて、死んでいった、というなら、まだ分かります。

しかし、この時、ステファノは、聖霊に満たされていました。キリストの霊に満たされた人はキリストのように祈り、キリストのように考え、キリストのように行動します。

ステファノは、主イエスが、十字架の上で祈られた、あの執り成しの祈りは、自分のための祈りであることを、知っていました。「父よ、彼らをお許しください」、という「彼ら」の中に、この自分も含まれている。そのことを、知っていました。

その主イエスの祈りによって、執り成しを受け、罪を赦され、復活の命に生かされているステファノです。ですから、ステファノは、主イエスが祈られた、執り成しの祈りを、自分自身の祈りとして、祈ることが出来たのではないでしょうか。

このようにして、ステファノは、自らの死を通して、主イエスを証ししました。

キリスト者なら、誰でも、このステファノのように、信仰の勝利を、握り締めて、死んでいきたい、と願うのではないでしょうか。ステファノのような、劇的で、立派な死ではなくても、自分なりの仕方で、信仰を証しつつ、死んでいきたいと、願うと思います。

しかし、「臨終は、その人の一生の凝縮だ」、と言われています。また、「人は、生きてきたように死んでいく」、とも言われています。

ですから、死ぬ時だけ、取り繕うことは、出来ないのです。死ぬ時ではなく、生きている今が、大切なのです。そうであれば、生きている今、この一時一時を、主を見上げつつ、大切に過ごしていきたいと思わされます。

ステファノは、キリスト教の歴史における、最初の殉教者です。

「殉教者」という言葉は、元々は、「証人」という意味の、ギリシア語からきています。

「殉教者」と「証人」とは、同じ言葉なのです。ステファノは、キリストの証人として、キリストを証しして死んでいきました。

しかし、このステファノの殉教によって、その日、エルサレムの教会に対して、大迫害が起きました。そして、使徒たちのほかは、皆、ユダヤとサマリアの地方に、散って行ったのです。

「散って行った」という言葉は、原典のギリシア語では、受け身形で記されています。

ですから、「散らされて行った」、と訳す方がより正確です。

初代教会のクリスチャンたちは、進んで各地に散っていった、というよりも、迫害を受けて、各地に散らされていったのです。

しかし、そのことによって、かえって福音が、ユダヤやサマリアの地方にまで、宣べ伝えられていきました。主イエスの恵みが、更に広がっていったのです。

人の思いを超えて、神様の救いのご計画は、どんどん前進していったのです。

確かに、激しい迫害は、キリスト教会にとって、大きな試練でした。しかし、神様は、試練を試練のままで、終わらせることはなさいません。

それを逆手に取るかのようにして、福音の前進に、役立たせて、しまわれたのです。

8章3節には、エルサレムの教会を迫害した、中心人物の名が挙げられています。

サウロという人物です。この人は、ローマ名を、パウロと言って、後に回心して、使徒とされ、キリストを証しする人となりました。

しかし、この時はまだ、教会を荒らす急先鋒でした。「教会を荒らし」、と訳されている言葉は、野獣が獲物を引き裂く時に、用いられる表現だそうです。

サウロは、まるで、野獣が獲物に、飛びかかるような激しさで、教会を迫害したのです。

このような行動は、神様への熱心にかけては、誰にも引けを取らない、という思いから出ていました。勿論それは、間違った熱心でした。

しかし、神様は、やがて、その熱心さを、世界宣教の情熱へと、変えていかれたのです。

サウロは、確かに、ステファノの処刑に賛成しました。

しかし、ステファノの最後の祈りと、あの天使のように輝く顔と、死を目前にしての、あの平安に満ちた態度は、サウロの脳裏に焼き付いて、決して消えることがなかったと思います。

そして、やがて、それは、サウロの劇的な回心へと、繋がっていくのです。

ステファノの信仰は、サウロへと、引き継がれていった、と見ることも出来ます。

ステファノの死も、教会に対する、激しい迫害も、それだけを取れば、不幸な出来事です。

しかし、この世の全てを造られ、全てを支配されている神様は、それらすべてを、決して無駄にされることなく、ご自身のご計画のために、用いてくださるのです。

今朝の御言葉には、ステファノの、素晴らしい信仰と、立派な最期が、語られていました。

しかし、聖書は、ステファノの素晴らしさや、立派さを讃えるために、書かれているのではありません。

そうではなくて、ステファノと共にいて、ステファノの信仰を、最後まで守ってくださった、主イエスの恵みを、伝えているのです。

そして、ステファノが、神様のご計画のために、用いられたことが、記されているのです。

その主が、今も私たちと、共にいて、私たちを、守ってくださり、ご自身のご計画のために、私たちを、用いてくださろうとしているのです。

私たちは、そのことを信じ、そのことを感謝し、その主に期待しつつ、歩んで行きたいと思います。

天の座から、立ち上がって、身を乗り出して、御手を差し伸べて、助けてくださる主がおられます。その主を、見つめつつ、キリストの証人として、歩んで行きたいと思います。