MENU

過去の礼拝説教

「新たな人生、新たな使命」

2018年09月02日 聖書:使徒言行録 9:19b~31

一人の人が、180度向きを変えて、今までと、全く逆の生き方を歩み出した。

もし、そういうことが起きたら、周りの人は大変驚き、戸惑うと思います。

伝説によれば、明治維新の功労者、坂本龍馬は、開国論者である勝海舟を斬るために、勝の屋敷を訪れましたが、勝の見識の高さと、人柄の大きさに感服して、逆に、その場で門人になった、と伝えられています。

殺そうと思って勝海舟を訪ねたのに、逆に彼の弟子になってしまった。この坂本龍馬の、大転換は、周囲を驚かせただけでなく、勝海舟の評判をも、高めることになりました。

使徒言行録9章に記されている、サウロの大転換も、周囲の人々を驚かせ、戸惑わせました。俄かには、信じられないようなことが、起こったのです。

サウロは、クリスチャンを迫害することこそが、自分の使命であると、堅く信じていました。

しかし、復活の主イエスに出会って、このお方こそが、まことの神の子、救い主であることを、知らされ、それまでの生き方を、180度変えて、新しい使命に、生きるようになりました。

生まれ変わったサウロは、今度は、キリストの名を、宣べ伝える使命に、生きる者となったのです。

教会を迫害するために訪れた、ダマスコの町で、逆に、主イエスこそが、神の子、救い主である、と宣べ伝え始めたのです。これは、本当に、衝撃的な出来事であったと思います。

周囲の人々には、俄かには信じがたい、驚くべき変化でした。

人々は、このサウロの、劇的な変化を、直ぐには、理解することができませんでした。

「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。

また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか」。人々は、このように言って、不審の目で、サウロを見たのです。

これは、当然と言えば、当然です。しかし、それにも拘らず、サウロは、ますます力を得て、主イエスこそメシアである、と力強く証ししていきました。

サウロは、キリスト教の迫害者から、キリスト教の伝道者へと、大転換を成し遂げたのです。

しかし、彼の変化が、内面的に深められ、より確かなものとされていくには、今、暫くの時が必要でした。23節の冒頭には、「かなりの日数がたって」、と記されています。

この「かなりの日数」が、一体どれくらいを指すのか、ここからだけではよく分かりません。

サウロ、つまり後のパウロは、ガラテヤの信徒への手紙1章において、自分の回心体験について、書き記しています。

そこでパウロは、ダマスコでの回心の後、アラビアに退き、そこから再び、ダマスコに戻った、と言っています。そして、それから3年後に、エルサレムに上った、と書いています。

このサウロの回想に基づくならば、彼がダマスコを出て、エルサレムに上るまでには、3年以上の月日が、経過していることになります。

しかもその間に、彼は、アラビアに旅行して、そこで自分の使命について、深く思い巡らす時を持った、というのです。

この「アラビア」とは、現代のサウジ・アラビアのことではありません。紅海と死海のほぼ中間にあった、ペトラの都を中心とした、ナバテア王国のことです。

今は遺跡で有名な、ペトラの都ですが、当時は、大変繁栄した都市でした。

サウロは、伝道者としての、本格的な働きを始める前に、アラビアへの旅を含む、3年以上の準備の時を、必要としたのです。

その準備の時を、終わらせたのは、ユダヤ人による迫害でした。

3年以上の時が過ぎても、サウロは、元のユダヤ教徒に、戻らない。

これはもう、一時的な心の迷い、などではない。サウロは、本気で、ナザレのイエスを、神の子、救い主と、信じているのだ。だとすると、これは、許しがたい、裏切り行為だ。

そのことが明らかになると、ダマスコのユダヤ人たちは、サウロを殺す計画を立てました。

23節、24節は、こう言っています。「かなりの日数がたって、ユダヤ人はサウロを殺そうとたくらんだが、この陰謀はサウロの知るところとなった。しかし、ユダヤ人は彼を殺そうと、昼も夜も町の門で見張っていた」。

かつてサウロは、クリスチャンたちを捕らえて、殺すことを、自分の使命と考えていました。

ところが、今や、そのサウロの命が、狙われるようになったのです。

それは、サウロが、キリストを宣べ伝えるという、新たな使命に、生きる者となったからです。それ故に、新たな苦難を、受けることになったのです。

キリストを宣べ伝えるという、新たな使命は、キリストの名のために、迫害されるという、新たな苦難を、サウロにもたらしました。

それまでの彼は、教会の人々に、苦しみを与える者でした。しかし、回心した彼は、人を苦しめるのではなく、自分が苦しみを受ける者となったのです。

自分の信念を、貫こうとする熱心さは、往々にして、人を傷つけ、苦しめます。

しかし、主イエスの器として生きる時、その熱心さは、苦しみを引き受け、人を生かすものとなるのです。

私たちはそれぞれ、本当にお祖末で、無価値な、ひびの入った器です。

しかし主イエスは、そんな私たちを選んで、教会へと、呼び集めてくださったのです。

主イエスは、どのような器をも、お用いになることができます。器が、自己主張をやめて、器に徹していく時に、主イエスは、私たちを、豊かに用いてくださいます。

サウロは、ユダヤ人たちから、裏切り者として憎まれ、命を狙われるようになりました。

しかし、その様な激しい迫害の中でも、神様はサウロに、逃れる道を用意して下さいました。

サウロの弟子たちが、「夜の間に彼を連れ出し、寵に乗せて、町の城壁づたいに、つり降ろした」のです。

何気なく書かれていますが、ここに、「サウロの弟子たち」、とあります。

サウロの伝道によって、ダマスコの町に、彼の弟子たちが、既に生まれていたのです。

このことからも、サウロが、如何に熱心に、キリストを宣べ伝えていたかが、分かります。

こうして、ユダヤ人が命を狙っている、という危険の中で、サウロは、ダマスコを脱出することが、できました。

ダマスコを逃れたサウロは、エルサレムに行きました。それは、主イエスの弟子たちの、仲間に加わるためでした。

ステファノの殉教をきっかけとして、エルサレムで大迫害が起こり、ギリシア語を話すクリスチャンたちの多くは、あちこちに散らされて行きました。

しかし、使徒たちを始めとする、ヘブライ語を話すクリスチャンたちの多くは、エルサレムに残っていたのです。

サウロは、エルサレムに留まっていた、使徒たちの仲間に、加わろうとしたのです。

しかし26節には、「皆は彼を弟子だとは信じないで恐れた」、とあります。当然のことです。

ステファノの殉教の時、サウロは、石を投げる人々の、後ろ盾となって、彼らの上着を預かっていたのです。そして、その後の迫害では、まさにその中心になって、クリスチャンたちを捕え、教会を荒らし回っていたのです。

そのサウロが、「回心しました。ですから、仲間に入れてください」、と言って来たところで、そう簡単に、受け入れることが、できる筈はありません。

こいつは、教会の内情を探りに来た、スパイではないか、と疑いの目で見られても、仕方がありませんでした。

明治5年に、日本に初めてのプロテスタント教会「日本基督公会」が、横浜に誕生しました。当時、キリスト教はまだ禁じられていましたが、11人の日本人が、洗礼を受けて、教会設立に加わりました。ところが、何と、その内の2名は、実は仏教の僧侶であって、政府が派遣したスパイだったのです。

教会の歴史には、そのような出来事が、度々ありました。戦時中の日本にもありました。

そして今、中国でも、同じようなことが、起こっていると、伝えられています。

サウロも、そのように、教会を迫害する目的で、信者になったふりをしている、スパイではないか、と疑われたのです。

サウロは、ユダヤ人からは、命を狙われ、クリスチャンたちからも、受け入れられず、大変苦しい立場に、立たされていました。

しかし、神様は、そのようなサウロを、決して、お見捨てにはなりませんでした。

ダマスコで、アナニアを遣わして、サウロを救った神様は、エルサレムでは、バルナバを遣わして、再びサウロを、救ってくださったのです。

バルナバは、窮地に立ったサウロを、使徒たちに紹介し、彼の回心が、本物であることを、誠意をもって説明し、仲間として受け入れるように、執り成しをしたのです。

バルナバの執り成しによって、サウロは、エルサレムの教会に受け入れられ、使徒たちと、自由に交わりを、することができるようになりました。

バルナバという名前は、本名ではなく、「慰めの子」という意味の、呼び名です。

彼には、対話によって人を慰める、という特別の賜物があったのです。

ですから、「慰めの子」と呼ばれていたのです。

ところで、皆さんは、コーチングという言葉を、ご存知でしょうか。コーチングは、今、ビジネスの分野で、人材開発の手法として、最も成長しているものの一つです。

ティーチング、つまり教えることとは、違います。ティ-チングは、自分が持っている知識や、技術を、相手に伝えることです。

コンサルティングとも違います。コンサルティングの目的は、解決策を提示することです。

それに対して、コーチングでは、「教えたり」、「アドバイスしたり」、することはしません。

その代わりに、「問いかけて聞く」、という対話を繰り返します。それを通して、相手の人が、自分自身で、考え方や行動を、気づいたり、発見したりするように、導くのです。

問いかけて、聞くことを通して、相手の人が、自ら気づいて、自発的な行動を起こすことを、促す手法です。

相手の人の、潜在能力を引き出して、それを最大限に発揮させることを、目指すものです。

例えば、スポーツで、あるチームが大事な試合で、負けたとします。その後の練習で、監督が、今まで以上に厳しく鍛え、技術や作戦を教え込む。これは、ティーチングです。

しかし、監督が選手に、「君たちはどうして負けたと思うのか」、「その敗因を克服するためにはどうしたら良いか」、「そのためにどんな練習が必要だと思うか」、と問い掛けていく。

それを受けて、選手たちが自分で、解決策や練習方法を、考えて見出していく。

これは、コーチングです。

実は、私は、献身して、神学校に入る前に、ビジネス・コーチングを、仕事としていたことがあります。その時、コーチングの解説書の中に、面白い本を発見しました。

「バルナバのように人を育てる~コーチング・ハンドブック」、という名前の本です。

著者は福田允男という、コーチングを勉強した牧師で、いのちのことば社から出版された本でした。クリスチャンの視点から書かれた、日本で最初のコーチングの本でした。

その中で、福田先生は、こう言っておられます。

バルナバは、自分の弟子が、自分を越えて、用いられることを喜んだ。

使徒言行録13章7節では、「バルナバとパウロ」と記されているが、43節以降は「パウロとバルナバ」、というように順番が逆転している。人材育成の秘訣が、ここに示されている。

自分が何を成し遂げるかとか、どう評価されるか。そういうことを、優先するのではなく、目の前にいる人が、その人に与えられた、賜物に気づき、それを活かして、神の召しに応えて、生きていく。それを、傍らに立って助ける。バルナバは、そのような人であった。

福田先生は、バルナバを、コーチングの手本として、採り上げているのです。

そのようにバルナバは、どんな人も、神様に愛されている存在と捉えて、一人一人を活かそうと努めた人でした。

バルナバの熱心な勧めによって、使徒たちは心を開いて、サウロを受け入れました。

百の理屈でも動かない心が、一つの慰めの言葉によって動く、ということがあります。

バルナバは、そのような慰めの言葉を、語ることができた人だったのです。

教会の中に、このバルナバのように、周囲の人々に、慰めと和解を、もたらすことができる人がいる。そのような教会は、本当に幸いです。

私たちはともすると、自分の周りに、争いや対立ばかりを、引き起こしてしまう者です。

しかし、私たち皆、主イエスによる、慰めを受けている者です。

ですから、私たちは皆、慰めと和解をもたらす、慰めの子となることが、出来る筈なのです。

さて、今朝の御言葉の最後の31節は、教会の様子を語っています。「平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった」。

ここにある、「基礎が固まって」という言葉は、「家を建てる」という意味の言葉です。

教会という家が、建て上げられていく姿が、ここで語られています。

勿論、ここで語られているのは、教会という信仰共同体を、建て上げるということです。

しかし、今、私たちは、会堂建築の御業を、進めています。

その私たちにとって、31節は、会堂を建て上げていく上で、大切なことを示している、と聴いていくことも、許されるのではないかと思います。

ここで、見つめられていることは、三つです。「平和を保ち」、「主を畏れ」、「聖霊の慰めを受ける」。平和と畏れと慰め、この三つが、会堂建築には、大切な要素であると思います。

会堂建築に際して、大切なことの第一。それは、平和を保つことです。

「ユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち」、と書かれています。

ユダヤとガリラヤとサマリア。これら三つの地域は、お互いに、仲が悪かったのです。

エルサレムのユダヤ人は、ガリラヤの人のことを、「異邦人のガリラヤ」と言って、蔑んでいました。サマリアの人のことを、口もきかないほどに、嫌っていました。

しかし今や、それらの地方の、あちこちに教会が誕生し、平和を保っているのです。

人間的な対立が、共に主イエスを信じる、信仰によって、乗り越えられて、一つの群れとなっているのです。

様々な違いを持ちながら、主イエスにおいて一つとなり、平和を保っている。それが教会なのです。会堂建築に大切なことの、第一は、この平和を保つ、ということなのです。

対立や争いがあっては、会堂建築という聖なる御業は、進むことができません。

では、このような平和が、実現していくためには、何が必要なのでしょうか。

それは、「主を畏れる」、ということです。平和は、全ての者が、主なる神様を畏れ、御前にひれ伏していくところに、実現します。私たちが、自分の思いや考えに固執し、あくまでも、自分の主張を、押し通そうとするなら、争いや、対立が生まれます。

主を畏れるとは、自分の思いや考えを脇に置いて、神様の御心を、第一にする、ということです。自分が主であることを止めて、神様を主としていくことです。

サウロの回心は、まさにこのことでした。サウロは、自分が主人となって、生きていました。

その彼が、神様を主人とし、自分は主の僕になったのです。主を畏れる者となったのです。

また、使徒たちは、バルナバの執り成しによって、サウロを仲間として受け入れました。

これも、主を畏れ、主の御心に、従ったからです。

主を畏れ、自分たちの思いよりも、主の御心を第一として、主の僕として歩む。

そのことによって、教会は、様々な違いを乗り越えて、平和を保つことができるのです。

会堂建築において大切なことの、三つ目は、「聖霊の慰め」です。

教会は、聖霊の慰めによって、歩む群れです。その慰めとは、罪の赦しによる、慰めです。

主の十字架による、罪の赦しこそが、私たちにとって、最も必要で、最も大切な、慰めです。

十字架の上から、主が、「あなたの罪は赦された」という、究極の慰めを、宣言してくださいます。回心したサウロは、この慰めに、生きる者とされました。そして、その慰めを、宣べ伝える伝道者とされたのです。

聖霊の慰めを受けるとは、この罪の赦しに、生かされることです。

教会は、この慰めによって、歩んでいます。ですから、その慰めへと招かれている私たちは、「慰めの子」として、生きることができるのです。

お互いが、罪赦された者として、お互いに赦し合う。この慰めに生きていく時、会堂建築に向かって、教会が一つとされていくのです。

今、この大切な時、私たちは、お互いの違いや対立を乗り越える、主の平和に生かされ、主を畏れつつ、罪赦された慰めを、共に味わい、感謝しつつ、前進していきたいと願います。

私たちは、皆、「慰めの子」なのですから。