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過去の礼拝説教

「祈りは必ず聞かれる」

2018年09月23日 聖書:使徒言行録 10:1~8

ご一緒に、使徒言行録から、御言葉に聴いていますが、今朝から、10章に入ります。

この10章は、48節もある長い章ですが、ただ一つの出来事を伝えています。

それは、ペトロによって、コルネリウスという人に、福音が宣べ伝えられ、彼が、主イエスを信じて、洗礼を受けた、という出来事です。

これほど長いスペースを用いて、一人の人の回心物語を記しているのは、聖書の中でも、珍しいことだと言えます。なぜそれ程、詳しく書かれているのでしょうか。

それは、このコルネリウスの回心は、その後の教会の歩みにとって、とても重要な出来事であったからです。その後の教会の歩みにとって、重要であったということは、その延長線上にいる、私たちにとっても、大切な出来事であった、ということになります。

教会は、この後、さまざまな地域の、さまざまな人々へと、伝道をしていきます。

しかし、そのためには、この出来事が、どうしても必要であったのです。では、どうして、そんなに大事な出来事であったのでしょうか。ご一緒に、その訳を、探っていきたいと思います。

コルネリウスという人は、ローマ軍の百人隊長であった、と書かれています。

ということは、この人は、ユダヤ人にとっては、完全な異邦人でした。ですから、この10章は、異邦人への伝道の開始という、画期的な出来事を記しているのです。

復活された主イエスは、弟子たちに、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」、とお命じになりました。

また、天に昇っていかれる時、このように約束されました。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」

このように、主イエスの福音は、ユダヤ人だけではなく、地の果てまで、世界中のすべての民に、宣べ伝えられなければ、ならないものでした。それが、主イエスの御心でした。

しかし、ユダヤ人にとっては、この主イエスのお言葉は、理解し難いことであったのです。

なぜなら、彼らは心の中に、とても分厚い壁を、持っていたからです。それは、異邦人に対する、隔ての壁でした。

ユダヤ人は、自分たちは神様に選ばれた民である、という強い自負を持っていました。

そして、他の民族のことを、「異邦人」と呼んで、交際を避けていました。

異教の神々を拝み、律法を持たずに、乱れた風習に陥っている。だから、異邦人は、汚れた人たちで、神様の救いには、与れない者たちである、と捉えていました。

ですから、彼らと交際するだけで、自分たちも汚れてしまう、と思っていたのです。

また、メシア・救い主を、待ち望む信仰についても、自分たち、ユダヤ人のためのメシアの到来を、待ち望んでいたのです。

ですから、主イエスを、救い主と信じた、ユダヤ人クリスチャンたちも、主イエスは、ユダヤ人のための救い主である、と信じていたのです。神様が、ユダヤ人への約束を、果たすために、主イエスを、メシアとして、遣わしてくださった、と受け止めていたのです。

ユダヤ人クリスチャンたちは、そのような信仰を、抱いていたのです。そのことにおいては、使徒たちでさえも、同じでした。

しかし、その待ちに待った救いが、異邦人にも、ユダヤ人と同じように与えられる。汚れている筈の、異邦人にも与えられる。そんなことが起こったら、一体どうなるでしょうか。

それは、彼らにとって、とんでもないことだったのです。

異邦人に対する、厚い隔ての壁。それは、キリスト者の集まりである、教会においてすら、そう簡単に、乗り越えられるものではありませんでした。

ですから、彼らが伝道の対象としていたのは、基本的にはユダヤ人たちだったのです。

しかし、神様の御心は違っていました。神様の御心は、世界中の全ての人を、お救いになることでした。

神の民は、ユダヤ人という民族の枠を越えて、福音を信じる、すべての人々に、広げられていくべきものであったのです。

全世界にたてられた教会こそ、主イエスによって生み出された、新しい神の民なのです。

今、私たちは、主イエスの救いによる、新しい神の民とされて、ここに集まっているのです。

しかし、教会がスタートした頃の、弟子たちの意識は、まだその新しい時代に、追い付いていませんでした。使徒たちの筆頭である、ペトロにしても、そうだったのです。

使徒言行録の、これまでの記事の中にも、既に、新しい救いの、芽生えの出来事が、いくつか記されていました。

一つは、8章にあった、フィリポによる、サマリア伝道です。サマリア人は、完全な異邦人、という訳ではありませんが、ユダヤ人にとっては、異邦人以上に、遠い存在でした。

しかし、そのサマリア人にも、主イエスの福音が伝えられ、彼らがそれを信じて、洗礼を受けました。そして、サマリア人の教会が、生まれたのです。

また、その後で、フィリポが、エチオピア人の宦官に、聖書を説き明かし、彼が、福音を信じて、洗礼を受けたことが、記されていました。この人は、完全な異邦人です。

このように、主イエスによる、救いの御業は、既に、異邦人をも招き入れて、歩みだそうとしていたのです。すべての人を救うという、神様のご計画は、既に芽生えていたのです。

しかし、ユダヤ人クリスチャンたちの中に、深く染みついていた、異邦人に対する意識は、そう簡単には、拭い去ることは出来ませんでした。

一方、神様のご計画は、地の果てにまで、福音が宣べ伝えられ、全ての人が、救われることでした。

この神様のご計画が、進められるためには、ユダヤ人キリスト者たちは、変わらなければならなかったのです。彼らが変わらなければ、神様の御心は、成し遂げられなかったのです。

そのために、異邦人であるコルネリウスと、ユダヤ人であるペトロに、聖霊なる神様が、働かれたのです。今朝の箇所は、その第一歩の場面です。

コルネリウスという、一人の異邦人が救われた。これが、異邦人伝道の、第一歩となったのです。そして、そこから、全世界の人々に、救いは広まっていったのです。

そして、今、この日本の地にいる、私たちにも、福音が届けられ、ここに教会があるのです。

そのことを思うと、私たちは、この10章を読む時に、深い感謝の思いに、満たされます。

そして、私たち自身も、救いを伝えてもらった、異邦人コルネリウスであることを、思わされます。しかし、また同時に、私たちは、先に救われた者として、主イエスを伝える役目を担う、ペトロでもあることを思わされます。

私たちは、この両方の立場に立って、この10章を読んでいかなければ、いけないのです。

しかし、そのどちらにおいても、力強く働いておられるのは、神様ご自身です。救いの御業を、進められるのは、神様ご自身なのです。そのことが、10章の隠れたテーマです。

さて、今朝は、先ず、コルネリウスの立場に立って、救いを待ち望む姿勢を、示されていきたいと思います。

1節を見ますと、彼はカイサリアという町にいた、「イタリア隊」と呼ばれる部隊の、百人隊長であった、とあります。

カイサリアというのは、カエサル、つまりローマ皇帝の名前に因んだ町です。

この町には、ローマ風の劇場や競技場、水道、皇帝アウグストゥスを祭る神殿、などがありました。そして紀元6年に、ユダヤが、ローマ帝国の直轄領となってからは、このカイサリアに、総督と軍隊が駐屯して、まさにローマによるユダヤ支配の、要の町となったのです。

そこに駐留していた軍隊の、百人隊長であったのが、このコルネリウスという人です。

彼が率いていた部隊は、「イタリア隊」と呼ばれる、歩兵部隊でした。その部隊は、ほとんどが、ローマ人によって編成されていたので、そう呼ばれていたようです。

そのような環境にあったにも拘らず、コルネリウスは、旧約聖書が伝える、唯一のまことの神様を、信じていました。

2節には、コルネリウスのことが、このように紹介されています。「信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた」。

コルネリウスは、ローマ人の軍人でした。でも彼は、同僚たちとは、違った生活をしていました。彼の同僚たちは、ローマの神々を拝み、ローマ風の生活をしていました。

しかし、コルネリウスとその家族は、天地を創造した、唯一の神を信じていたのです。

恐らく、コルネリウスは、カイサリアに赴任して、ユダヤ人たちの信仰に触れ、また彼らの倫理的な生活を見て、共感と感動を、覚えたのだと思います。

そして自分も、旧約聖書の教えに従って、生きていこうと、思ったのではないかと思います。

異邦人で、旧約聖書の教えを信じた人には、二種類の人がいました。

一つは、割礼を受けて、正式にユダヤ教徒となった人々です。このような人は、「改宗者」と呼ばれました。

もう一つは、割礼は受けずに、正式には、ユダヤ教徒には、ならなかったけれども、礼拝に出席し、聖書を学び、その教えに従って、生活をしていた人々でした。

このような人は、当時、「神を敬う者」とか、「神を畏れる者」、と呼ばれていました。

コルネリウスは、この「神を畏れる者」でした。しかも、コルネリウスだけではなく、一家そろって、神を畏れる生活をしていた、と御言葉は伝えています。

コルネリウスの、真剣な信仰の姿勢が、家族全員にも、強い影響を与え、一家そろって、神を畏れる者と、されていたのです。

それだけでなく、その影響は、更に、僕や部下にまで、及んでいました。

皆さん、私たちにとって、信仰上の、最大の課題は、何でしょうか。一人一人、皆、それぞれに違うかもしれません。しかし、誰もが、共通して持っている、信仰の課題。

それは、家庭における、信仰の継承ではないでしょうか。私たちは、そのことを、祈りつつも、その難しさに、悩み、佇んでいる、のではないでしょうか。

そんな時、このコルネリウスの真剣な信仰が、家族全員に強い影響を与え、家族がそろって、神を畏れる者とされた、という出来事は、私たちに、大きな示しを、与えてくれます。

そして、私たちも、コルネリウスの信仰に、見習っていくならば、いつか、家族全員で、主を賛美し、祈り合い、共に礼拝を守る日が来る、という希望を、持つことができます。

では、そのコルネリウスの信仰生活とは、どのようなものであったのでしょうか。

コルネリウスの信仰生活は、「民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた」とあるように、施しと祈りが特徴でした。

これは、彼の信仰が、単なる頭だけの信仰ではなく、生活の全体に亘って、生きていたことを示しています。

コルネリウスは、絶えず神に祈っていました。この真剣な祈りの姿勢が、彼の周りの人々に、深い感銘を与えたのです。

祈りは、人を変えます。そして、真剣な祈りの姿は、それに接した人をも、変えていきます。

明治・大正・昭和にかけて、日本の教会を指導してきた、小崎弘道牧師は、若き日にジェーンズ大尉が指導する、熊本洋学校に入りました。

儒教こそが、最高の教えであると、固く信じていた小崎は、ジェーンズに儒教の道を教えようとして、彼を訪ねました。ところが、その時、ジェーンズは祈祷会を開いていました。

仕方なく、小崎もその祈祷会に出席しました。

ジェーンズは、熱心に、出席者のため、人類のため、日本のため、そして世界のために、祈りました。その一言一言は、まことに熱く、また激しく、遂には、両方の目から、涙が流れ落ちているのを、小崎は見ました。

後に小崎は、あのような祈りの姿を見ては、いかに冷淡頑固な私でも、感激せずには、いられなかった。私が求道心を起こしたのは、これがきっかけである、と述べています。

また、日本救世軍の父と言われた山室軍平も、まさに祈りの人でした。

朝、夕、二回の祈りの時に使っていた、祈りの名簿には、八百余りの人名や件名が、書かれていたと、伝えられています。

この、山室軍平の祈りに感動した、一人の陸軍将校がいました。陸軍主計大尉であった利岡中和という人です。この人は山室軍平の祈りの姿に、強い影響を受け、大正9年に、軍籍を離脱して、軍人に対する伝道活動に、その後の一生をささげました。

丸ビルの地下に、お汁粉屋を開業し、そこを伝道集会の場としながら、兵隊さんたちに、伝道していったのです。利岡中和は、この軍人伝道のための会を作りました。

その名前は、「コルネリオ会」。今朝の御言葉、使徒言行録10章から、取られた名前です。

この「コルネリオ会」は、戦後も引き継がれ、今も、自衛隊の人たちに、伝道をしています。

さて、コルネリウスは、ユダヤ教の戒めに従って、午後三時の祈りを、ささげていました。

その時、彼は、祈りの中で、神様からの示しを受けました。

3節から6節までに、彼が神様から受けた、啓示の内容が記されています。

「ある日の午後三時ごろ、コルネリウスは、神の天使が入って来て『コルネリウス』と呼びかけるのを、幻ではっきりと見た。彼は天使を見つめていたが、怖くなって、『主よ、何でしょうか』と言った。すると、天使は言った。『あなたの祈りと施しは、神の前に届き、覚えられた。今、ヤッファへ人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は、革なめし職人シモンという人の客になっている。シモンの家は海岸にある』」。

コルネリウスは、「神を畏れる者」として、神様の救いを、求め続けてきました。

そして今、神様の救いを受けるために、どうしても聞かなければならない、最も大切なこと。主イエスの十字架と復活の福音を、使徒ペトロを通して、聞くように命じられたのです。

これは、大変具体的な指示です。コルネリウスは、どこの、誰を通して、主イエスの福音を聞くべきか、ということを具体的に示されたのです。

神様が、一人の人の救いのために、このように、具体的で、細かい指示を、してくださることに、驚きを覚えます。神様は、コルネリウスの祈りに、応えてくださり、彼の救いのために、丁寧に手を尽くしてくださったのです。

先ず神様は、「コルネリウス」と、その名前を呼んで、語りかけられました。神様は、救おうとされる者、一人一人の名前を呼び、召し出されるのです。

私たちに対してもそうです。振り返ってみてください。

神様は、私たち、一人一人の救いのために、あらゆる手を尽くしてくださいました。

そして、一人一人の名前を呼んでくださり、会うべき人、行くべき所を、示してくださいました。私たちは、そうやって救われたのです。

皆さんも呼ばれた筈です。意識されなかったかもしれませんが、確かに呼ばれたのです。

ですから、今、ここにおられるのです。皆さんも、神様の、懇切丁寧な、愛のご計画の中で、導かれて、今、ここに、こうしておられるのです。

コルネリウスは、ヤッファへ人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい、と命じられました。コルネリウスは、ペトロが、どこの誰だかも知りません。

全く見ず知らずの人を、家に招くようにと、神様から、命じられたのです。

しかし、コルネリウスは、一言も質問したり、疑ったりせずに、直ぐに二人の召使いと、信仰のあつい部下の兵士を呼んで、ヤッファへと送り出しました。

そして、ペトロがやってくるのを、ひたすら待ったのです。

私たちも、教会とはどんなところか、そこにどんな人がいるか、全く知らないままに、教会の門を、くぐりました。しかし、そこで、主イエスと出会ったのです。

ですから、これは、私たちが、計画したことではありません。コルネリウスと、ペトロとの出会いを、計画されたのが、神様であったように、私たちを、教会に導き、主イエスと出会わせてくださったのは、神様のご計画であり、神様のご意思であったのです。

神様は、コルネリウスの救いのために、あらゆる手を尽くしてくださいました。

同じように、ここにいる、私たち一人一人のためにも、名前を呼んでくださり、色々な人を通して、主イエスの救いを、知らせてくださいました。

私たちは、そのような、神様の恵みのご計画の中で、覚えられ、捉えられ、救われてきたのです。そうであれば、今度は、私たちが、その恵みのご計画のために、用いて頂く番です。

コルネリウスのように、救いに与った私たちは、今度は、ペトロのように、福音を伝えていく者とされていく。神様は、それを願っておられます。

私たちの信仰の生活、祈りの姿を見て、神様を知りたいと思う人が、一人でも起こされるように、用いて頂きたいと、心から願います。