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過去の礼拝説教

「命を捨てるに値するものとは」

2019年05月19日 聖書:使徒言行録 20:13~24

パウロの第三回伝道旅行も、終わりに近づいています。

パウロは、五旬節、つまりペンテコステを、エルサレムで祝うために、コリントからミレトスまで、戻ってきました。ミレトスは、エフェソのすぐ近くの港でした。

しかし、今回、パウロは、エフェソには、立ち寄らないことにしました。

なぜなら、ペンテコステまでに、エルサレムに着くために、先を急いでいたからです。

しかし、パウロは、エフェソの教会を、心から愛していました。ですから、僅かな時間でも、エフェソの教会の人たちと会って、励ましを与えたい、と思いました。

そこで、使者を送り、エフェソの教会の長老たちを、ミレトスに呼び寄せました。

この時パウロが、エフェソの教会の長老たちに語った説教が、18節以下に記されています。

この説教は、パウロの告別説教と言われています。パウロの遺言だ、という人もいます。

パウロは、エルサレムで、自分の命が、危険に晒されることを、よく承知していました。

それは、来週読みます25節で、「そして今、あなたがたが皆、もう二度とわたしの顔を見ることがないとわたしには分かっています」と、パウロが言っていることからも、分かります。

もう二度と、エフェソの人々に、会うことはない。パウロは、そのように覚悟しているのです。

その別れに際して、是非とも、これだけは伝えておきたい、ということが、18節以下の説教で、語られています。

ですから、この説教は、パウロが、渾身の思いを込めて語った、遺言なのです。

この説教は長いので、三回に分けて、ご一緒に聴いていきたいと思います。

今朝の箇所で、語られているのは、伝道に対する、パウロの、凄まじいまでの決意です。

19節で、パウロは、「自分を全く取るに足りない者と思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によって、この身にふりかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました」、と語っています。

今、パウロは、愛するエフェソの教会の人々を前にして、エフェソでの、三年に亘る伝道の日々を、想い起こしています。その喜びや悲しみの、一つ一つを、想い起こしています。

パウロが、エフェソでしてきたこと。それを一言で言うなら、「主に仕える」、ということでした。

「主に仕える」。これは、パウロだけでなく、すべてのキリスト者の生き方の、基本です。

ただ、知って頂きたいのは、ここにある「仕える」は、手伝うとか、お世話をする、というレベルの話ではありません。この言葉は、「奴隷が主人に仕える」、という意味の言葉です。

私たちは、「主イエス・キリストの御名によって」と、決まり文句のように、祈っています。

「我が主イエス」と、たびたび賛美しています。使徒信条においても、「我らの主、イエスキリストを信ず」、と告白しています。このように、ごく日常的に、「主イエス」と、口にしています。

でも、ここで改めて、自分自身に、問い掛けてみたいと、思います。

私たちは、本当に、イエス様を、主人とし、自分は、その僕となって、仕えているでしょうか。

僕は、主人の命令によって、何事もなしていきます。私たちは、そのように、主イエスの御言葉に、いつも従っているでしょうか。主イエスの指示を、いつも仰ぎ求めて、いるでしょうか。

礼拝のことを、英語ではサービスと言います。それは「奉仕」という意味です。

神様に奉仕する、それが礼拝なのです。礼拝も、神様に仕える業なのです。

私たちは、ともすれば、「ちょっと疲れているけれども、行かないと気が咎めるから、礼拝に行こうか」、などと思ってしまいます。しかし、それは、違います。

礼拝は、僕である私たちが、主人である神様に、仕える時なのです。

教会は、この「主に仕える」ということを、何をするにも、その中心に、しっかりと据えていなければならないのです。

しかし、どのように、主に仕えていけば、よいのでしょうか。

私たちが、それぞれ勝手に、「これが主に仕えることだ」、と信じ込んで、自分の思いに従って、奉仕をしていけば、よいのでしょうか。

しかし、その場合、私たちは、「主に仕える」、と言いながらも、実際には、自分の思いに仕えている、という過ちに、陥ってしまう恐れがあります。

その時には、主に、ではなくて、自分の思いに、仕えているのです。

ですから、真実に、主に仕えるためには、私たちは、まず、自分の思いを、打ち砕いて、いかなければなりません。自分の思いを、捨てなければ、ならないのです。

パウロは、そのことを、よく知っていました。ですから、自分がどのようにして、主に仕えてきたかを語っています。

パウロが、どのように、主に仕えてきたのか。それは、19節にある、三つの言葉によって説明されています。

「自分を全く取るに足りない者と思い」、これが第一。「涙を流しながら」、これが第二。

「ユダヤ人の数々の陰謀によって、この身にふりかかってきた試練に遭いながら」、これが第三です。

言い換えれば、謙遜と愛と忍耐をもって、ひたすら「主に仕え」てきた、と言っているのです。

第一の「自分を全く取るに足りない者と思い」。これは、直訳すれば、「あらゆる謙遜をもって」、となります。以前の口語訳聖書では、「謙遜の限りをつくし」、となっていました。

「謙遜の限りをつくす」。つまり、徹底的に謙遜であることです。

イエス様を主人とし、自分はその僕となる。そのことに、徹して生きる。そのように、徹底的に謙遜でなければ、主に仕えることはできないのです。

ですから、謙遜であるとは、「自分を全く取るに足りない者と思う」、ということなのです。

言い換えれば、どこまでも、自分を、僕としていくことです。

私たち日本人は、昔から、謙遜を美徳としてきました。

しかし、一方では、「謙遜は最大のうぬぼれ」、などという言葉があるように、自分を高めるために、わざと謙遜な振る舞いをする、ということもあります。

謙遜という「美徳」を振りかざして、自分を誇ろうとする。そのような謙遜と、パウロがここで言っている、「自分を全く取るに足りない者と思う」、という謙遜とは、全く違います。

「自分を、全く取るに足りない者と思う」、ということは、自分の考えや、自分の思いをも、取るに足りないものとする、ということです。

自分の思いや、自分の考えなどは、取るに足りないもの、無価値なものだ。だから、どんな時も、まず、神様の御心を尋ねて、神様の御言葉を聞いて、それに聞き従う。

これが、パウロが生きた、謙遜の限りを尽くした、生き方です。このように生きることによって、 私たちは、初めて、真実に、主に仕える者と、なることができるのではないでしょうか。

でも、どうすれば、そのような謙遜な生き方が、出来るようになるのでしょうか。

パウロも、初めから、そのような謙遜に、生きていた訳ではありません。

むしろ、初めの内は、傲慢で、自分は絶対に正しいと、思い込んでいたのです。謙遜とは、ほど遠い生き方を、していた人でした。

既に、この使徒言行録の9章で、私たちは、パウロの回心の出来事を、学びました。

パウロは、かつて、ファリサイ派の若きエースとして、ユダヤ社会のエリートコースを、肩で風を切って、歩んでいました。そして、狂ったように、教会を迫害していました。

それが、正しいこと、神が喜ばれることだと、思い込んでいました。

しかし、自分は絶対に正しいという思いは、パウロを傲慢にし、他の人を裁き、多くのキリスト者を、傷つけていたのです。

ところがパウロは、あのダマスコ途上で、復活の主イエスに出会います。そして、強い光に打たれて、地面に倒されたのです。

同時に、正しいと信じていた、自分自身の思いも、粉々に打ち砕かれました。

自分は、神様の御心を知らずに、神様に逆らう生き方をしていた。自分の思いを、絶対化して、生きていた。その結果、多くの人を傷つけてきた。

主イエスに敵対し、主イエスを迫害してきた。しかし、そんな私を赦すために、主イエスは、十字架にかかって、死んでくださった。

パウロは、そのことを知らされたのです。それが分かった時、大きな衝撃を受けました。

そのようにして、パウロは、復活の主イエスと出会い、主イエスを信じました。

それによって、パウロは、全く変えられました。迫害者から、伝道者になり、傲慢な者から、謙遜な者になったのです。

私のように、主と主の教会を、迫害した者のためにも、主イエスは十字架にかかってくださった。その主イエスの十字架によって、こんな私の罪が赦され、永遠の命を頂いた。

この素晴らしい恵みの前では、自分の思いや考えは、全く取るに足りないものである。

パウロは、そのことを、知ったのです。

主の教会を迫害していたパウロは、自分は罪人の頭だ、と言っています。パウロは、自分の罪は、誰よりも大きいと思っていました。

しかし、そのパウロに、主イエスは言われるのです。パウロよ、あなたは自分が、誰よりも、大きな罪を犯した、と思っているのだね。

私はあなたを、その思いから解放してあげよう。私は、あなたを、もう既に赦している。

私の赦しを信じなさい。だからもし、あなたが、自分は、他の誰よりも、大きな罪を犯したと思っているなら、あなたは、他の誰よりも、多く赦されているのだよ。そのことを知って欲しい。

パウロは、この主の言葉を、聞いたのです。パウロは、この主の恵みに、打ちのめされたのです。

パウロが、謙遜に徹していったのは、この恵みに、迫られたからです。この恵みに、打ち砕かれたからです。自分の努力や、決意で、謙遜な生き方を、選び取ったのではありません。

そして、このような真実の謙遜は、「涙を流しながら」という、第二のことに、つながります。

パウロは、真実な謙遜によって、主に仕えてきました。しかし、その歩みは、涙を流しながらの歩みであったのです。

ここでは、その涙は、ユダヤ人の陰謀による、迫害の苦しみと、結び付けられています。

しかし、パウロが流した涙は、迫害の苦しみの涙、だけではありませんでした。

自分の思いや行動を、人々に、理解してもらえない、悲しみの涙もあったと思います。

善意でしたことが、誤解され、分かって貰えない、悔し涙もあったと思います。

自分の行動が、正しく受け取られずに、いわれのない中傷によって、傷つけられた涙も、あったと思います。しかし、パウロは、涙を流しつつも、それを耐え忍んできました。

「自分を全く取るに足りない者と思う」、という本当の謙遜があったから、耐え忍ぶことができたのです。もし、以前の傲慢なパウロであったなら、そのような時、怒り狂ったと思います。

傲慢な心は、怒りを呼び起こします。しかし、真実の謙遜は、涙という、宝石の雫を生み出すのです。

パウロの流した、宝石のような涙は、主イエスの愛のハンカチによって、拭われたのです。

さて22節で、パウロは、「そして今、わたしは霊に促されて、エルサレムへ行きます」と語っています。

この言葉は、正確に訳すと、「わたしは霊に縛られて、エルサレムへ行きます」となります。

聖霊はこの旅が、危険なものであることを、告げています。投獄と苦難とが、パウロを待ち受けていることを、告げています。誰もが、投獄や苦難は、避けたいと思うものです。

しかし、パウロは、たとえそうであっても、自分は、聖霊に身を縛られてしまっているので、神様のご意志のままに、エルサレムへ向かう、というのです。

エルサレムでは、投獄と苦難が、待ち受けている。このことは確かだ。しかし、それでもよい、とパウロは言っています。

24節です。「しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません」。

「この命すら決して惜しいとは思わない」。パウロがこのように、言い切ることができたのは、自分がそう決意したからではなくて、別のものに、捕えられてしまったからです。

パウロは、主イエスの十字架と復活という、絶大な恵みに、捕らえられてしまったのです。

その結果、パウロは、自分の思いや、こだわりから、解放されたのです。

自分の思いに、縛られるのではなく、聖霊に縛られて、聖霊の導きによって、歩む者とされたのです。

パウロは、福音の恵みを伝えるためなら、自分の命すら惜しいとは思わない、とまで言っています。命すら惜しいとは思わない。これはすごい言葉です。

それほどまでに、恵みに迫られているのです。自分には、もう選択の余地がないほどに、恵みに、押し出されているのです。

パウロは、コリントの信徒への手紙一の 9章16節で、こう言っています。

「もっとも、わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです」。

パウロは、自分がしたいから、伝道しているのではない、と言っています。

したいとか、したくないとか、そういう自分の思いを、飛び越えてしまっているのです。

また、他の箇所で、パウロは、自分が、命懸けで伝道するのは、「キリストの愛が、私を駆り立てているからだ」、と言っています。

「駆り立てている」という言葉は、挟み込んでいるという意味です。キリストの愛に、両側からギューと挟まれて、押し出されてしまう。

だから、伝道せざるを得ないのだ、と言っているのです。そのように、せざるを得ないことをしているのだから、それは誇りにはならない、というのです。

更にパウロは、「福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです」、とさえ言っています。パウロにとって、伝道しないことは、不幸なのです。

あんなにも大きな恵みを、頂いていながら、あんなにも尊い救いを、与えられていながら、それを伝えないなら、私は不幸だ、とパウロは言っているのです。

ですから、伝道するほかないのです。他に選択肢がないのです。

私たちは、伝道することは、大変なことだ、と思います。しかしパウロにとっては、伝道しないでいることの方が、よっぽど大変なのです。

伝道しないなら、自分が自分で、なくなってしまう。生きている意味がなくなってしまう。

パウロは、そう言っているのです。

ですから、24節の御言葉、「主イエスからいただいた、神の恵みの福音を、力強く証しするという任務を、果たすことができさえすれば、この命すら、決して惜しいとは思いません」。

この言葉も、神様の恵みの福音を、力強く証しするという任務を、果たすことができないなら、私は不幸だ。自分が自分ではなくなってしまう。だから、命さえも惜しくはないのだ。

そのように、言い換えることができると思います。

このように、恵みに迫られた伝道者たちによって、福音は、私たちの許に、届けられてきたのです。私たちは、今、その恩恵に、与っているのです。

大正から昭和にかけて、日本の教会を霊的に指導した、笹尾鉄三郎という人がいます。

とても純粋な信仰の持ち主で、内村鑑三は、最愛の娘ルツ子の死に際して、笹尾鉄三郎に信仰の指導を委ね、「娘ルツの、生きるも、死ぬるも、あなたに任せる」、と言ったそうです。

この笹尾鉄三郎が、天に召される3年前に、イギリスを訪問したとき、このようなことを、語っています。

「日本にリバイバルが起きないのは、底岩が砕かれないからである。そして、底岩が砕かれないのは、殉教者が出ないからだ。ですから、もし、笹尾が死んだと聞いたら、どうか感謝してください。もし生きていると聞いたなら、祈ってください」。

このような笹尾の、命懸けの伝道が、やがて大正のリバイバルへと発展していったのです。

笹尾鉄三郎は、殉教こそしませんでしたが、命ある限り、全身全霊を伝道のために、献げ尽くしました。

パウロも、そして、笹尾鉄三郎も、殉教という、英雄的な死に方に、ただ憧れていた訳ではありません。

そうではなくて、こんな自分のために、命をも惜しみなく、ささげてくださった、主イエスの愛に、応えるためなら、この自分の命さえも、惜しいとは思わない。

そのような信仰に、迫られていっただけなのです。

私たちも、その様な生き方へと、私たちを押し出す、主の恵みの深みに、全身を、すっぽりと覆われたいと願います。

そして、単なる美徳としてではなく、真実の謙遜に、生かされたいと願います。

もし私たちが、真実に神様の前に立つなら、そのような生き方へと、導かれるのです。