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過去の礼拝説教

「私の心を開かれる主」

2019年02月24日 聖書:使徒言行録 16:11~15

電話機を発明し、またヘレン・ケラーと家庭教師のアン・サリバンとを、引き合わせたことでも知られる、アレキサンダー・グラハム・ベルという人が、こんなことを言っています。

「一つの扉が閉ざされると、別の扉が開く。しかし、閉ざされた扉の方ばかり未練がましく、ずっと見詰め続けていれば、せっかく開いた扉は目に入らない。」

パウロたちは、アジア州での伝道を計画していました。しかし、目指した地への扉は、再三にわたって閉ざされてしまいました。

しかし、神様は、パウロたちに、別の扉を、開けていてくださったのです。

それは、ヨーロッパ伝道という扉でした。その新しい扉を示された時、パウロたちは、当初計画していた扉に、未練がましく、固執することなく、直ちに旅立ちました。

主が開いてくださった、別の扉に向かって、ためらわずに出発したのです。

今朝のメッセージでは、この「開く」と、「閉じる」という言葉が、キーワードになります。

より具体的には、神様に向かって、私たちが、心を開くか、閉じるか、ということです。

一人の人が信仰に入るときには、様々なきっかけがあると思います。

病気や、人生の挫折や、愛する人の死といった、苦難に遭ったことがきっかけで、信仰に入る人も、少なくありません。

しかし、苦難を経験したからといって、必ずしも、すべての人が、神様に向かって心を開き、信仰の道に入るとは限りません。

むしろ、神様に対して、心をかたくなにして、扉を閉ざしてしまう場合もあるのです。

18世紀に活躍した、フランスの啓蒙思想家に、ヴォルテールという人がいました。

彼は、神様に心を閉ざし、自分の理性に頼って生きる道を、選び取りました。

キリストを信じることなど、馬鹿げたことだと主張し、「100年の内に、聖書はこの地上から消えるだろう」、と言い放ちました。

しかし、皮肉にも、彼が、かつて住んでいた家は、現在は、ジュネーブ聖書協会によって、活用されていて、そこには、聖書が、山積みにされているそうです。

彼が、神様に、心を閉ざしてしまった理由の一つは、1755年のリスボン大地震でした。

多くの死者を出した、リスボン大地震の後で、ヴォルテールは、世界が神の支配の中にある、ということを、否定するようになったのです。

一方で、同じような惨事の只中で、神様と出会い、神様に心を開いた人たちもいます。

福島第一原発から、一番近い教会と言われていた、福島第一聖書バプテスト教会の佐藤彰牧師は、教会のホームページに、当時の「避難生活報告」を掲載しておられます。

それは、想像を絶する苦難の中で体験された、宝石のような恵みの証しです。

事故発生から僅か1週間後の、3月18日の報告には、このように書かれていました。

『一つ一つの逃避行を聞いていると、つくづく一人一人が、火の中と津波の中をくぐり抜けて、辿り着いたことを実感します。

一人一人の命が守られた道筋に、奇跡的な神様の御手が見えます。

しかし,何よりの奇跡は、誰からも、「どうして神は、私たちをこんな目に、遭わせるんだ」とか、「神なんかいない、もう信じない」、というような言葉が、聞こえてこないことです。

所在の確認がとれた、160名の兄弟姉妹からは、口々に「主はすばらしい」とか、「これからはもっと、神様を信頼して歩んでいきたい」、との報告が届いています。

彼らはいつから、こんなに信仰が強くなったのでしょう。

昨日は、共に旅をしている3名の方が、涙とともに信仰告白をし、イエス様を受け入れました。ハレルヤ。天でどれほどの喜びが起こったことでしょう。重苦しい震災の中で見る,何よりの実です。』

震災から、僅か1週間目の報告です。どう受け止めて良いのか、分からないような、苦難の中でも、信仰を捨てたり、神様を呪ったりする人は、一人もいなかった。

むしろ、教会員の口からは、そのような中で与えられた、神様の恵みに対する、感謝の言葉が語られ、新たに主イエスを信じる人たちが、3名も起こされている。

これこそが、一番の奇跡だと、佐藤先生は書いておられます。

このように、同じような苦難でも、人の心を、神様に対して、開くきっかけにもなれば、閉ざすきっかけにもなります。

人が神様に対して、心を開くか、閉ざしてしまうか。それは、その人が、神様と、どのように向き合い、どのように出会うか、の問題なのです。

同じような出来事を体験しても、その事によって、神様に心を開いて、神様と真実に出会う人もいれば、逆に、神様に対して、心を閉ざして、神様を拒否してしまう人もいます。

何故、そのような違いが、生じるのでしょうか。神様の側に、問題があるのでしょうか。

神様が、人を、えこひいきされるから、違いが生じるのでしょうか。

そうではありません。神様は、すべての人が、一人も残らず、救われることを、切に願っておられます。違いが生じるのは、私たち、人間の側の問題なのです。

皆さんは、ヨハネの黙示録3章20節の御言葉を、ご存知だと思います。

「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている」。この言葉は、すべての人に語られています。神様は、すべての人との出会いを求めて、心の扉を、叩いておられます。

私たちが、その神様の招きに応じて、扉の鍵を外すならば、神様は扉を開けて下さいます。

私たちのすることは、僅かなことです。簡単なことです。心の扉の鍵を、外すだけなのです。

後は、神様にお任せするのです。神様が、すべてをしてくださいます。

でも、心の扉の鍵を外しておくとは、実際には、どのようなことを、意味するのでしょうか。

神様が、何時でも、心の扉を開けられるようにしておく。それはどういうことなのでしょうか。

それは、一番奥深い所で、心が絶えず、神様の方に向いている、ということなのです。

心の目が、一番深いところで、神様の方を、いつも見ている。だから、他の人が気づかないような、何気ないことの中に、神様の御手の業が見える。

心の耳が、神様の方にいつも向いている。だから、他の人に聞こえないような、聖霊の細き御声を、聞くことができる。

そのように、心の深いところが、神様の方に向いている時、扉の鍵は外されているのです。

もし、そうであれば、神様は、定められた時に、私たちの、心の扉を開けて下さり、私たちは、神様と出会い、まことの信仰へと、導かれるのです。

今朝の御言葉には、そのようにして、まことの信仰へと、導かれた、美しい出会いの出来事が、記されています。

パウロの伝道によって実現した、一人の婦人と、神様との出会いの出来事です。

パウロたち一行が、トロアスから、エーゲ海を渡って、最初に訪れたのは、「マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピ」でした。

「ローマの植民都市」というのは、ローマの退役軍人たちが、住み着いて造った町、ということです。ですから、フィリピは、ロ-マとは、深い繋がりを持つ町でした。

町の長官も、市民の中からでなく、直接ローマから、任命されていました。

世界宣教の幻を与えられた、パウロにとって、当時の世界の中心である、ローマでの伝道は、最大の夢であったと思います。

フィリピでの伝道は、そのローマ帝国の中心に迫っていく、第一歩となったのです。

しかし、このフィリピでの伝道は、決して、容易いものではありませんでした。

ローマの植民都市なので、ローマ皇帝を神と崇める、皇帝礼拝が盛んでした。

また、付近の町々から持ち込まれた、様々な偶像礼拝が、行われていました。

また、このフィリピの町には、ユダヤ人の会堂がありませんでした。この時代には、十人のユダヤ人男子がいるならば、会堂を建てることができる、とされていたそうです。

フィリピには、それだけの数のユダヤ人が、いなかったのだと思われます。

ですからパウロは、他の町のように、ユダヤ人の会堂で、伝道することができませんでした。フィリピは、伝道するのに、様々なハンディがある町でした。

会堂がない町では、きよめの儀式に都合のよい、川岸などで、ユダヤ人の集会が、持たれていました。そこで、パウロたちは、その「祈りの場」を求めて、川岸に行きました。

そして彼らは、そこで、安息日の祈りのために集まっていた、婦人たちに出会ったのです。

その婦人たちの、祈りの集いに、パウロたちは参加して、福音を語りました。

すると、そこに参加していた、一人の婦人が、大変積極的な応答をしたのです。

その人は「ティアティラ市出身の紫布を商う人で、神をあがめるリディアという婦人」でした。

主が、彼女の心を開かれたので、彼女は、パウロの話を、熱心に聞いたのです。

「神をあがめる」という言い方は、正式には改宗していませんが、ユダヤ教に帰依し、唯一の神を信じている、異邦人のことを、指しています。

この女性は、「ティアティラ市出身の紫布を商う人」でした。紫布というのは、特殊な染め方をするので、大変高価な布地でした。

そういう高価な商品を取り扱う、リディア自身も、経済的に豊かで、自立した女性であったと考えられます。恐らくリディアは、商売のために、フィリピに滞在していたのでしょう。

15節を読みますと、彼女は、故郷のティアティラだけでなく、フィリピにも、かなり大きな家を、持っていたことが分ります。リディアは、今日で言えば、キャリア・ウーマンだったのです。

今日のキャリア・ウーマンや、ビジネスマンがそうであるように、恐らく彼女は、とても忙しい毎日を、送っていたと思います。

でも、そういう多忙な中に在っても、彼女は、心の奥底を、いつも神様の方に、向けていたのです。経済的な成功に、心を奪われていたのではなく、いつでも、心の扉を開けられるように、備えていたのです。

そして、どんなに忙しくても、安息日に神様を礼拝することを、大切に守っていたのです。

この人が、フィリピ伝道の、最初の実りとなりました。いえ、ヨーロッパ伝道の最初の実となったのです。

神様は、この一人の婦人に、目を留められて、この婦人の心の扉を、開かれました。彼女は、パウロが語る福音を受け入れ、主を信じる者とされました。

彼女が信仰を得たのは、パウロの語る、主イエスの福音に、耳を傾けたからです。

信仰は、御言葉を熱心に聞くところに、与えられます。けれども、リディアが、御言葉を熱心に、聞くことができたのは、彼女の努力や、真面目さによることではありません。

或いは、パウロの語る言葉が、弁舌巧みに、人の心を引き付たからでもありません。

「主が彼女の心を開かれた」からです。私たちが、御言葉を、熱心に聞くことができるのは、実はそこに、主なる神様が、働いてくださって、心を開いてくださっているからです。

主が、私たちの心の扉を開き、御言葉を私たちの心の中に響かせ、私たちの心を揺さぶり、それまで見えなかったこと、見つめさせて下さるのです。

それまで聞こえなかったことを、聞かせてくださるのです。そこに信仰が与えられるのです。

信仰とは、神様によって心を開かれて、主イエスによる、救いの恵みを、見つめることなのです。

「主が心を開かれた」。この開かれたという言葉は、使徒言行録の前編に当たる、ルカによる福音書の、24章31節を想い起させます。

主イエスが復活された日の夕方、エマオへと向かう、二人の弟子たちに、復活された主イエスが現れ、共に歩み、聖書を説き明かしてくださいました。

ところが、彼らの目は遮られていて、それが主イエスだとは、分からなかったのです。

しかし、共に夕食の席に着いて、主イエスが、賛美の祈りをささげ、パンを裂いて渡してくださった。その時に、彼らの目が開け、それが主イエスであることが、分かりました。

「すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった」、と御言葉は言っています。

「心を開いて」という言葉は、このエマオ途上のキリストの出来事を、想い起させます。

弟子たちは、主イエスと共に歩き、共に食事をしながらも、その人が主イエスであると、分からなかったのです。主イエスご自身が、彼らの目を開いてくださらなければ、目の前におられるお方が、主イエスだと、分からなかったのです。

また、「心を開いて」という言葉は、同じルカによる福音書24章の45節にある、「そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて」、という場面を想い起させます。

弟子たちは、長い間、主イエスと共に生活をしていました。いつも主イエスの傍にいて、直接御言葉を聞いていました。それなのに、聖書の語る真理を、悟っていなかったのです。

最も身近にいた弟子たちでさえも、主イエスによって、心の目を開いて頂かないと、聖書が語っている福音の真理を、悟ることができなかったのです。

リディアも、そして弟子たちも、主によって、心を開かれて、初めて、聖書が語る救いの恵みを、分かることができたのです。

それは、私たちにとっても同じことです。聖書は、読めば誰でも分るというような、書物ではありません。聖書は、すべて神の霊感によって、書かれた書物です。

ですから、聖霊によって心を開いて頂き、祈りつつ読まなければ、分からないのです。

パウロは、コリントの信徒への手紙一の12章3節で言っています。「聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです」。その通りなのです。

十字架の救いの尊さは、主が送ってくださる聖霊の力によって、初めて理解できるのです。

ですから、私たちも、聖書を読む時は、「主よ、どうか、私の心を開いて、あなたの救いの御言葉を、分からせてください」と祈りつつ、読んでいくことが、求められているのです。

そのように読んでいく時、主は、御言葉を通して、私たちと出会ってくださり、救いの奥義を示してくださいます。

聖霊によって、心開かれたリディアの応答は、速やかで具体的でした。

15節には、こう書かれています。「そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、そのとき、『私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください』と言ってわたしたちを招待し、無理に承知させた。」

リディアは洗礼を受け、クリスチャンとなりました。そればかりでなく、「家族の者」にも洗礼を受けさせました。

そして、家族共々、バプテスマを受けたリディアは、さっそく家庭を解放して、パウロたちを迎え入れました。

この後、フィリピにおける伝道は、この家を拠点として、展開されていきます。

このリディアの家を基として建てられた、フィリピの教会は、愛とまことに満ちた教会に成長していきました。パウロが最も愛し、またパウロを最もよく助けた、教会となっていきました。

リディアの、ひたむきな献身から始まった、この教会には、そのように、献身的な気風が、初めから植え付けられていたのです。

パウロは、フィリピの信徒たちに宛てた手紙の、冒頭のところで、「あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっている」ことを、感謝しています、と書いています。

ここにある、「最初の日」というのは、リディアが主を信じた日、のことだと思われます。

彼女は、「最初の日から今日まで」、ずっと「主を信じる者」として、変わることなく教会を、支え続けたのです。

「無理に承知させた」という言い方に、リディアの、奉仕に対する、熱い思いが感じられます。

リディアは、聖霊によって心開かれて、喜びをもって、奉仕することを申し出たのです。

自分だけでなく、家族全員が救われた喜びに、湧き溢れて、奉仕を申し出たのです。

また、それと同時に、御言葉を、もっと聞きたいという、彼女の熱い思いも、感じられます。

そう言えば、あのエマオの弟子たちも、先に進んで行かれようとされる、主イエスを、無理に引き止めた、と書かれています。

リディアも、エマオの弟子たちも、もっと主の御言葉を聞きたい、もっと福音の真理を知りたい、と願ったのです。

私たちも、そのような思いで、御言葉を求めていきたいと思います。もっと聞きたい、もっと知りたい、こんなものでは足りない。

そのような、切なる飢え渇きをもって、御言葉を慕い求めていきたいと思います。それが、主に向かって、心を開いている、ということなのです。

リディアの心を開いてくださった主が、この礼拝に集う私たちの心をも、開いてくださることを、期待して、信じて、主の働き掛けを、祈り求めながら、共に歩んでいきたいと思います。