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「人生を変える出会い」

2019年06月30日 聖書:使徒言行録 21:37~22:21

先週の御言葉には、パウロが、エルサレム神殿の境内で、ユダヤ人の群集によって、殺されそうになった出来事が、語られていました。

パウロが、異邦人を、神殿の奥にまで連れ込んで、神殿を汚した、と誤解されたからです。

エルサレム神殿は、ユダヤ人の誇りでした。ですから、その神殿が汚されたと聞いて、群衆は激昂して、パウロに押し迫り、パウロを殺そうとしたのです。

エルサレムの町は、大混乱に陥りました。この騒動を見て、エルサレムの治安の責任を負っている、ローマ軍の千人隊長が、軍隊を出動させて、パウロを逮捕しました。

それによって、殺されそうになっていたパウロは、逆に保護されたのです。

千人隊長は、騒ぎの原因を調べるために、パウロを兵営へ、連行しようとします。

兵営は、神殿の北西にある、「アントニオの要塞」と呼ばれている、建物の中にありました。

騒動のあった、神殿の異邦人の庭からは、階段を上って、そこに行くことができました。

パウロは、アントニオの要塞の中に入れば、ひとまず、命の危険から、逃れることはできます。

そして、千人隊長から尋問されれば、パウロには、何の罪もないことが、明かになる筈です。まして、パウロは、ローマの市民権を持っています。

ですから、恐らく無罪放免となる、ということは予想できました。パウロは、そこで安堵しても、良かったのです。しかし、パウロは、敢えて、ユダヤ人に対する、発言を求めました。

無難な決着ではなくて、ユダヤ人に対して、証しの機会を、持ちたかったのです。

恐らく、この時、パウロは、散々に、殴りつけられていて、見るも無残な姿だったと思われます。しかし、そんな姿であっても、どうしても証しをしたかったのです。

もし、私が、こんな騒動に巻き込まれて、命も危ない状態に、あったとしたら、きっと顔色を失い、足もガタガタと震えて、口もきけなっている、と思います。

しかし、パウロは、こんな危ない目に遭いながらも、千人隊長に対して、「ひと言お話ししてもよいでしょうか」、と冷静に話し掛けたのです。

この言葉は、直訳すると、「私があなたに何かお話しすることが許されていますか」、という大変丁寧な言い方です。パウロは、この言葉を、流暢なギリシア語で、語り掛けました。

興奮して、荒れ狂っている群衆とは対照的に、パウロは冷静で、平安に満ちていました。

なぜでしょうか。これまでに、パウロは、このような危険な目に、何度も遭って来ました。

けれども、その度に、神様の不思議な取り計らいによって、助け出されて来ました。

ですから、今回も、神様が、必ず守ってくださる。パウロには、その確信があったのです。

神様に対する、揺るぎない信頼が、パウロに冷静さと、平安をもたらせていたのです。

千人隊長は、パウロが、流暢で、上品な、ギリシア語を話すのを聞いて、驚きます。

彼は、パウロのことを誤解していたのです。もしかしたら、この男は、最近、世間を騒がせた、エジプト人のテロリストではないか、と思っていたのです。

パウロは、それを否定して、言いました。「わたしは確かにユダヤ人です。キリキア州のれっきとした町、タルソスの市民です。どうか、この人たちに話をさせてください。」

パウロの、礼儀正しい話し振りと、冷静な態度を見て、千人隊長は、それを許します。

パウロは、兵営へと登っていく階段の上から、群衆を手で制して静かにさせ、ヘブライ語で話し始めました。

このヘブライ語というのは、正確に言えばアラム語です。これは、当時のユダヤ人の日常語でした。

パウロは、ユダヤの人々の日常語を使って、彼らの心に、深く語り掛けたのです。

「兄弟であり父である皆さん、これから申し上げる弁明を聞いてください。」

何とパウロは、自分を殺そうとしている人々に向かって、「兄弟であり父である皆さん」、と呼び掛けました。流暢なアラム語で、謙虚に、愛に満ちて、語り掛けたのです。

びっくりしたのは、ユダヤ人たちです。彼らも、パウロのことを、誤解していました。

外国で生まれ育ったので、ヘブライ語など話せない、と思っていたからです。

その男が、きれいなアラム語で、しゃべり始めるものですから、荒れ狂っていた群衆は、水を打ったように静かになりました。

自分を殺そうとしている人々に向かって、「兄弟であり父である皆さん」、と呼び掛ける。

これは、なかなかできることではありません。神様が共にいて、守っていてくださる。

この確かな信頼に、生かされているからこそ、言える言葉です。

パウロには、群衆の憤りとか、殺意を超えた、平安があったのです。その平安の故に、このように、語り掛けることができたのです。

77年前、1942年の6月26日の早朝、全国のホーリネス系諸教会の教職が、治安維持法違反の容疑で、一斉に検挙されました。

最終的に、海外も含めて、教職134名が検挙され、そのうち75名が起訴されました。

拷問のような厳しい取調べと、過酷な獄中生活のために、6名の牧師が獄中で命を失い、1名が釈放直後に召されました。

先週の日曜日には、その弾圧を覚える、「弾圧記念聖会」が持たれ、私も出席しました。

7人の殉教者の中の一人、小出朋治牧師は、殉教の死を目前にした、獄中からの最後の手紙で、家族にこう記しています。

「毎日、祈祷と読書と反省に時を過ごし、実に有り難い、勿体ないような気がしています。」

こう書いていますけれど、実際は、命を維持するのも、難しいような状況であったのです。

この小出先生の、信仰の強さにも感動しますが、奥様も偉いと思います。

刑務所の小出先生を、慰問に行かれた日の、奥様の日記には、このように書かれています。「恐れ多きことなれど、十字架を前に、進み給える主イエスもかくや」。

このような言葉を、どうして語れたのでしょうか。意志が人一倍堅かったからでしょうか。確かに、それもあるかも知れません。

しかし、小出先生も、奥様も、極限状態にあっても、共にいてくださる神様への、信頼に支えられて、平安を与えられていたのです。

同じ弾圧に遭われた、米田豊先生は、獄中における、「心の平安」を、こう語っています。

「過去を思えば感謝。現在は平安。将来は信頼あるのみ」。

この短い言葉に、神様への信頼に生きる者の、平安の全てが込められています。

人間的に見れば、過去が感謝だと言えるだろうか。現在は平安などと、どうして言えるだろうか。どんな判決が下るか分からないのに、将来は信頼あるのみとはどういうことか。

そのように思います。しかし、これが、神様への信頼に生きる者の姿なのです。

「過去を思えば感謝。現在は平安。将来は信頼あるのみ」。

この時、パウロも、同じような、気持ちでいたのだと思います。

パウロは、自分を殺そうと、いきり立っている群衆に対して、「兄弟であり父である皆さん」、と静かに呼び掛けました。私たちも、そのような平安に、生かされたいと願います。

私たちは、絶えず他人に、神経をとがらし、他人の言動で、舞い上がったり、沈んだりしてしまう者です。自分の喜びや悲しみの決定権が、他人にあって、自分にはないのです。

それでは、本当の意味で、自分が生きていることにはなりません。他人の言葉に振り回されて、自分の人生の決定権を、自分が持っていないのです。

しかし、他人の言葉に、支配されるのではなく、神様の愛に包まれ、神様の愛に支配される時、本来の自分を、生きることができるのではないでしょうか。それが、本当の平安ではないでしょうか。

先日、ある人から、「いろいろな人が、いろいろなことを言うから、牧師というのは大変ですね」、と言われました。

「いろいろな人が、いろいろなことを言う」。確かに、そういうことはあると思います。

しかし、それが辛いのではありません。本当に辛いことは、私が、未熟なために、それら一つ一つを、謙虚に受け止め、愛をもって、温かく返していくことが、出来ないことが、しばしばある、ということです。そのことが辛いのです。この事の故に、とても苦しみ、悩みます。

どんな言葉を投げられても、温かく受け止め、愛をもって返していく。自分を殺そうとする人々に、「兄弟であり父である皆さん」、と呼び掛けた、パウロの愛と謙遜に、見習いたいと、心から思います。

パウロは、ローマの信徒への手紙12章14節で、こう語っています。「あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。」

自らが語った、この言葉を、パウロは、ここで実行しているのです。

このパウロの呼び掛けを聞いて、「その男を殺せ」と叫んでいた人々は、静かになりました。

そこで、パウロは、語り出しました。「これから申し上げる弁明を聞いてください。」

ここで、パウロは、弁明と言っています。しかし、自己弁護をしているのではありません。

パウロは、異邦人を神殿に連れ込んで、聖なる場所を汚したという、あらぬ疑いをかけられました。ですから、普通であれば、その疑いを晴らすための、弁明をする筈です。

しかし、そういう弁明は、全くしていません。むしろ、ここでは、自分の回心体験を語っています。つまり、信仰の証しをしているのです。

先ず、パウロは,自分の生い立ちや、主イエスとの出会いを、語り出します。

それは、主イエスによって、自分がどのように変えられたかを、明らかにするためでした。

主イエスに出会って、変えられる前の自分は、あなた方と同じように、いえ、あなた方以上に、熱心に律法を守っていた。それが、主イエスに出会って、全く変えられた。

パウロは、群衆に対して、そのことを、証ししたかったのです。

静まった群衆に、パウロは、自分の生い立ちを、語っていきます。

自分は、外国に生まれたが、エルサレムで育ち、当時、最高の律法学者と言われた、ガマリエルの門下生となった。ユダヤ人として、エリートコースを歩んだ者なのだと、語ります。

律法を、しっかりと学んだだけではなく、律法を守ることにも、厳格であった。そのことを、諄々と語りました。群衆は、ますます静かになっていきました。

続いて、教会迫害の指導者となった、いきさつを語ります。それは、単なるキリスト教嫌いというものではなく、律法への熱心さに、突き動かされたものであった、と説明します。

これを聞いていた群衆は、パウロに、共感さえ覚えたことだと思います。

パウロは、更に続けて、その迫害の手を、ダマスコにまで、伸ばしたことを語ります。

そのダマスコに向かう道で、突然、復活の主が現れ、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」、と問いかけた。

「あなたは誰ですか」と言うパウロの問いに、その声は、「わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである」、と答えます。

これは、パウロの人生を、全く変えてしまう、衝撃的な出会いでした。自分が迫害してきた、ナザレのイエス。十字架で死んだあの男が、実は、神の子、救い主であった。

私は、何と言う事をしてきたのだろう。取り返しのつかないことを、してしまった。

パウロの、律法学者としての自信も、エリートとしてのプライドも、教会迫害に対する熱心さも、今まで大切にしてきた、すべてが、粉々に砕け散りました。

復活の主イエスとの出会いは、それ程の衝撃を、パウロに与えたのです。

その時パウロは、教えられる宗教から、出会う信仰へと、変えられたのです。

頭で考えて、理解する宗教から、心に信じる信仰に、変えられたのです。

自分の力で、頑張る宗教から、一方的に救われる信仰へと、変えられたのです。

自分が努力して近づくのではなく、主イエスの方から、近づいて来てくださる。

その主イエスに出会うことが、救われるということなのだ、と分かったのです。

そのことが分ったパウロは、心から悔い改めて、洗礼を受けました。

私たちも同じです。私たちも、自分の力によってではなく、主イエスの方から、近づいて来てくださり、出会わせて下さり、救いへと導かれたのです。

主イエスに出会い、救いに入れられたパウロは、異邦人伝道へと、導かれます。

主イエスに背を向けていた自分に、主ご自身が近づいて来てくださり、出会ってくださった。

そうであれば、今度は、私が、主イエスの救いの外にいる異邦人に、救いの恵みを、宣べ伝える番ではないか。

私のような者に、近づいてくださり、出会ってくださった主に、異邦人も出会うことができるように導くのが、自分に与えられた使命である。そのように示されたのです。

しかし、パウロは、直ぐに、異邦人伝道を、自らの使命と、捉えた訳ではないようです。

17節以下に、パウロが、異邦人伝道に、遣わされるに至った、経緯が記されています。

回心したパウロは、エルサレムに戻って、神殿で祈っていました。

その時、再び、主イエスからの御声を聞いたのです。

その時パウロは、エルサレムで、自分がキリスト者になったことを告白して、ユダヤ人たちに、キリストを証しすることが、自分の使命であると、考えていたようです。

パウロは、エルサレムで、クリスチャンを迫害していました。ですから、回心した後は、エルサレムで、キリストを証しする責任がある、と考えていたのだと思います。

しかし、祈りの中で、主イエスは、「急げ。すぐエルサレムから出て行け。わたしについてあなたが証しすることを、人々が受け入れないからである」、と言われました。

エルサレムのユダヤ人たちは、あなたの証しを受け入れない。だから、エルサレムを出て行きなさい、と主はお命じになったのです。

これに対して、パウロは、反論しました。「主よ、わたしが会堂から会堂へと回って、あなたを信じる者を投獄したり、鞭で打ちたたいたりしていたことを、この人々は知っています。

また、あなたの証人ステファノの血が流されたとき、わたしもその場にいてそれに賛成し、彼を殺す者たちの上着の番もしたのです」。

パウロはここで、「すぐエルサレムから出て行け」と言われた、主イエスに反論しています。

私がこの間まで、クリスチャンたちを迫害し、教会を荒し回っていたことを、ユダヤ人たちは皆知っているのです。

最初の殉教者、ステファノが殺された時も、私はその場にいて、彼を殺す人々の、上着の番をしていました。そのことも、よく知られています。

そのような私が、全く回心して、キリストを信じる者となった。その信仰を、公に告白したなら、どんなにか、キリストの恵みの素晴らしさを、証しすることになるでしょうか。

誰もが、一体この人に、何が起ったのか、と興味を持って、私の話に、耳を傾ける筈です。

そして、私の身に起きた、あの大転換に驚いて、あなたの偉大な力、を知るようになるでしょう。

ですから、私がこのエルサレムの地で、ユダヤ人たちに、伝道していくことこそ、最も効果的であるに、違いありません。パウロは、そのように、主イエスに言ったのです。

しかし、主イエスのご計画は、パウロの思いとは、異なっていました。

主イエスは、再び、パウロに、言われました。「行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ」

パウロはここでも、主イエスと出会って、人生の方向転換を、迫られました。彼は、このようにすれば、最も効果的な働きができる、と考えたのです。

しかし主イエスは、「お前が考える道ではなく、私が示す道を歩め」、と命じられたのです。

パウロが、異邦人伝道に遣わされて行ったのは、決して、彼の考えや、好みによることではありませんでした。それは、パウロに与えられた、「主イエスの道」だったのです。
そして、この「主イエスの道」を、歩むことによって、パウロは、本当によい働きを、成し遂げることができたのです。

主イエスに出会うことによって、「わが道を行く」ことから、「主イエスの道を行く」ことへと、方向転換をする。

そのことによって、私たちは、本当に祝福された人生を、生きることができるのです。

ダマスコ途上で、パウロに出会い、語りかけられた、主イエスは、今、この礼拝において、私たち一人一人にも出会い、語りかけておられます。

「あなたが考えた道ではなく、私が用意した道を、歩みなさい。私は、あなたを愛している。

だから、あなたにとって、最善の道を用意する。

あなたは、私を信じて従って来なさい。そして、私が与える、平安の内を生きていきなさい。」

この主イエスの言葉に従って、歩んでいきたいと願います。

そして、自分を殺そうとする人たちに、「兄弟であり父である皆さん」、と呼び掛けることのできる、平安に生かされたい。そのように心から願います。