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過去の礼拝説教

「主のためなら何と言われようとも」

2019年07月21日 聖書:使徒言行録 24:1~27

ご一緒に、使徒言行録を読み進んできて、24章に入りました。この24章には、カイサリアにおける、ローマ総督フェリクスによる、パウロの裁判の場面が記されています。

ユダヤ人による、パウロ暗殺計画を知った、ローマの千人隊長リシアは、パウロを、急遽、カイサリアの総督のもとへと、護送しました。

今朝の箇所は、それから五日後の出来事です。早速、大祭司アナニアが、数名の長老と弁護士テルティロを連れて、総督フェリクスの許に来て、パウロを訴えました。

こうして、総督フェリクスのもとで、パウロの裁判が始まったのです。

ここに、弁護士と書かれていますが、この言葉の元々の意味は、演説家です。

ギリシア語に堪能で、ローマ法に精通した雄弁な人が、訴訟の代理人に、雇われたのです。

テルティロは、総督フェリクスに対して、歯の浮くようなお世辞を宣べてから、弁論を始めます。

十分な証拠のない告発を、お世辞で水増しして、体裁を整えようとしたのかもしれません。

いつの時代もそうですが、ゴマすりや、見え透いたお世辞を言う人は、信用できません。

テルティロは、お世辞によって、少しでも、裁判を有利に導こう、と考えたのだと思います。

しかし、そんな卑劣な企みが、成功する筈はありません。

テルティロの告発は、三点です。一つは、パウロが「疫病のような人間で、世界中のユダヤ人の間に、騒動を引き起こしている」、ということです。

このパウロという男は、多くのユダヤ人たちに、疫病のように影響を与えて、ローマ帝国の各地に、騒動を引き起こそうとしている、と訴えているのです。

二つ目は、パウロが、「ナザレ人の分派」の首謀者である、ということです。

エルサレムのユダヤ人たちは、キリスト教徒を、「ナザレ人の分派」、と呼んでいました。

当時、ユダヤ教は、ローマ帝国の公認宗教として、保護されていました。

しかし、テルティロは、パウロの教えを「分派」と呼ぶことによって、これは、ユダヤ教にとって異端であって、ローマ帝国において、認められていない教えだ、と主張したのです。

そして三つ目は、パウロが捕えられることになった、具体的な出来事を述べています。

それはパウロが、「神殿さえも汚そうとした」、ということです。

しかし実際は、アジア州から来たユダヤ人たちが、「パウロがギリシア人を境内に連れ込んで、聖なる場所を汚した」、と偽りの情報を流して、勝手に騒ぎを起こしたのです。

「パウロがギリシア人を境内に連れ込んだ」、というのは、全く根拠のない訴えでした。

ですからテルティロは、「神殿さえも汚そうとした」と、曖昧な表現で、言葉を濁しています。

テルティロは、パウロが、疫病のような存在で、各地で騒ぎを起こし、神殿さえも汚そうとした、と訴えました。しかし、何一つ具体的な証拠を示していません。全く証拠不十分でした。

ですから、テルティロは、「閣下ご自身でこの者をお調べくだされば」、と立証責任を、ローマ総督に丸投げしてしまっています。総督自身が、調べてくれれば、分かる筈です、と言っているのです。これでは、弁護士として失格です。

この告発に対して、パウロは、一つ一つ弁明していきます。相手は、大祭司と、長老数名と、弁護士の集団です。それに対して、パウロは、たった一人です。

しかし、パウロの弁明は、実に力強く、説得力があります。なぜでしょうか。

このパウロの、堂々とした弁明の背後には、復活の主の励ましが、あったからです。

23章11節で、主イエスは、パウロを励まして、言われました。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」。

パウロは、この主の励ましと、約束に支えられていました。共にいてくださる主イエスが、パウロの口に、語るべき言葉を、授けてくださったのです。

ですから、たった一人でも、堂々と立ち向かうことができたのです。

パウロは先ず、自分がエルサレムに上ってから、まだ12日しか、経っていないと述べています。町を騒がすような陰謀を企てる、時間的余裕などなかった、と言っているのです。

また、神殿でも会堂でも町の中でも、自分が誰かと論争したり、群衆を煽動したりしたことは全くない、だから、そのような所を見た者は、一人もいない筈だ。

自分が騒動を引き起こしている、という証拠は、何もない筈だ、と言っています。

自分は神殿で、清めの儀式を行い、供え物を献げていただけなのに、ユダヤ人たちが、偽りの情報を流して、騒動を起こしたのだ。

だから、治安を乱しているのは、私ではなく、ユダヤ人たちの方だ、と語ったのです。

パウロは、彼を訴えるユダヤ人たちに、逆に、訴えの根拠を示して欲しい、と語りました。

これは、非常に説得力のある弁明です。訴えの、第一と第三の点については、これで勝負あった、という感じです。

もし、映画であったら、ここは名場面になると思います。堂々としたパウロと、反論できずに、悔しそうに俯くユダヤ人たち。対照的な姿が、画面に映し出されると思います。

しかしパウロにとって、もっと大切であったのは、むしろ第二の点、信仰の問題です。

パウロは、「ナザレ人の分派」である、と言われたことについては、素直に認めています。

パウロは、ユダヤ人たちが、「分派と呼んでいるこの道」は、決して異端などではなく、旧約聖書の預言の成就であって、亜流ではなく、まさに本流なのだ、と言っています。

パウロは、こう言っています。「この道」は、唯一の神を信じる、旧約聖書の信仰を、否定するものではありません。ただ、全く新しい信仰なのです。

ナザレのイエスとして、この世に来られたお方こそが、神の御子であり、旧約聖書に預言された救い主なのです。この方において、救いの約束が、実現したのです。

このお方の、十字架による罪の赦しと、復活を信じる者は、ユダヤ人でも、異邦人でも、誰でも救われるのです。そのような、全く新しい神様の救いが、現わされたのです。

パウロは、「この道」について、このように語りました。

パウロの弁明の目的は、無罪を勝ち取り、自分の命を守ることではありませんでした。

彼の弁明は、主イエスを信じる、信仰の証しであったのです。

彼は、自分の信仰は、ユダヤ人たちが、分派と言っているものだ、と素直に認めています。

ユダヤの人たちよ、あなた方は、「この道」のことを、分派、或いは異端だと言っています。

でも、実は、ここにこそ救いがあるのです。どうか、この救いに与ってください。

これがパウロの切なる願いでした。

なぜ彼は、それ程、伝道に熱心であったのでしょうか。それは、パウロ自身が、かつて「この道」を、異端と見做して、迫害していたからです。そして、この救いから漏れて、暗闇の中にいたからです。その暗闇の深さを、よく知っていたからです。

しかし、彼は、復活の主イエスに出会って、知らされたのです。このお方こそが、旧約聖書が指し示している、救い主であると、知らされたのです。

そして今まで経験したことがなかった、神様との活き活きとした交わりに、入れられました。神様を、本当に知ることができたのです。

それまで信じていたのは、律法を守らなければ滅ぼすという、厳しいだけの神様でした。

しかし、主イエスに出会って、神様の本質は、愛であることを、知らされました。その時、初めて、神様を、正しく捉えることができたのです。彼は、大きな喜びに包まれました。

そして、分かったのです。自分は、「この道」は、異端だと思い込んでいた。でも、逆だった。

「この道」こそが、正統であって、自分が今まで信じていたものの方が、間違っていたのだ。

そうであるなら、一人でも多くの人に、この救いの恵みを伝えたい。本当の救いの喜びを、知らせたい。彼は、この思いに駆られて、ひたすらに伝道したのです。

このパウロの伝道を、根底で支えていたのは、希望です。神様の愛のまなざしの中で、与えられる希望です。しかも、それは、肉体の死をも越える希望、復活の希望です。

15節で、パウロは、「正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を、神に対して抱いています」、と言っています。この希望です。

パウロは、この世の法廷に立ちながらも、終わりの日の、最後の審判を、ここで見つめています。

「正しい者も正しくない者もやがて復活する」とあります。「正しくない者も復活する」という言葉に、少し戸惑いを覚える方が、おられるかも知れません。

私たちは、皆、いずれ死にます。そして、終わりの日、最後の審判の時には、正しい者も、正しくない者も、すべての者が、神様の御前に立ち、裁きを受けるのです。

ここで、パウロは、そのことを、言っているのです。

私たちは、誰もが、神様の前で、裁きを受けるために、復活するのです。

25節で、パウロが、フェリクスと、その妻のドルシラに語った、「来るべき裁き」とはそのことです。フェリクスとドルシラにとって、それは、恐怖をもたらす教えに聞こえました。

しかし、パウロはこれを、「希望」と言っています。来るべき裁き、つまり最後の審判は、パウロにとっては希望であり、喜びと力の源だったのです。

それは彼が、自分は、神様の裁きに耐えられる、正しい人間である、という自負を、持っていたからではありません。彼は、自分は、罪人の頭だと、言っています。

彼が、来るべき裁きを、希望として捉えることができたのは、主イエスと共に、生きていたからです。パウロは、主イエスのまなざしの中を、生きていました。

そのまなざしは、罪人である私たちを、滅びから救うために、私たちの身代わりとなって、十字架に死んでくださった、お方のまなざしです。

ですからパウロは、来るべき裁きを、希望をもって、待ち望むことができたのです。

パウロは、裁かれることは、恐ろしいことではない、と言っています。

恐ろしいどころか、それは慰めであるとさえ、言っているのです。なぜなら、裁かれるということは、私たちの救いが、はっきりすることだからです。

「あなたは無罪だ」、と宣言されるからです。必ずそう言ってもらえる。そのことが分かっていれば、裁きは慰めになります。

でも、私たちは、罪の中にいるのです。なぜそんなことが言えるのでしょうか。

それは、私たちに「弁護人」が、与えられているからです。

テルティロのような、頼りない弁護人ではありません。絶対に無罪判決を勝ち取ってくれる、弁護人が与えられているのです。

このことが、ヨハネの手紙一の2章1節、2節に、はっきりと書かれています。「たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます。この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。」

私たちは、そのままでは、神様から、審判のときに、「お前は有罪だ」、と宣告されてしまう罪人です。でも、そんな私たちに、「弁護者」が、与えられているのです。

この弁護者は、「お前は有罪だ」、と宣告された、私たちの傍らに立って、こう言ってくれるのです。「確かにそうかもしれませんが、この者の罪は、私が代わりに背負いますから、赦してあげてください」。私たちには、このような弁護者、主イエスが、与えられているのです。

ですから、来るべき裁きは、私たちにとっての、希望なのです。喜びの源なのです。

パウロは、フェリクスと妻のドルシラに、この喜びの知らせを、伝えたかったのです。

しかし、フェリクスは、「裁き」と聞いただけで、恐れを感じて、パウロの話を聞くことを、止めてしまいました。

せっかく、パウロの話を、聞こうと思い立ったのに、そこで止まってしまったのです。

救いの恵みが、差し出されていながら、その差し出された救いの手を、握り返すことをせずに、その手を振り払ってしまったのです。

もし、恐れるのではなく、「救われるためにはどうしたらいいでしょうか」、と尋ねたなら、彼らのその後の生き方が、変えられていたと思います。

このように、主イエスに招かれて、直ぐ近くまで来ながら、ただ根拠もなく恐れてしまって、救われる機会を逸してしまう人が、多いのです。本当に残念なことです。

さて、今朝の説教の題を、「主のためなら何と言われようとも」とつけました。

これは、5節の、「この男は疫病のような人間で、世界中のユダヤ人の間に騒動を引き起こしている」、という言葉を念頭に置いて、つけた題です。

「疫病」と訳されている言葉は、ある聖書では「ペスト」と訳されています。パウロは、人々が、忌み嫌う疫病である、ペストのような男だと、蔑まれたのです。

もし私たちが、この人は、「疫病のような存在」、「ペストのような人だ」、と蔑まれたなら、どんなに嫌な思いをするだろうか、と思います。「それは、あなたのことです」、と言い返したくなるかもしれません。

しかし、パウロは、案外、このように呼ばれたことを、内心では、喜んでいたかもしれない、と私は思っています。

そう呼ばれた時に、内心で、「してやったり」、とほくそ笑んでいたかも知れないのです。

なぜなら、それほどまでに、自分がもたらす信仰の感化を、恐れられていたからです。

ペストは、非常に感染力が強い伝染病です。中世の記録では、ペストに感染して、町全体が滅んでしまったこともあったそうです。

そんな強い感染力を、パウロが持っている。パウロにかかると、家全体、いや町全体が、キリスト教徒になってしまう。

もし、そんなに、恐れられているなら、伝道者としては、本望かもしれません。

しかし福音そのものは、本来、ペストや、インフルエンザなどとは、比較にならないほどの、感染力を持っている筈なのです。

そうであれば、私たちは、皆、「福音」の伝染病患者に、ならなければならないと思います。

恐ろしい病気の、伝染病患者ではなくて、福音のもたらす、救いの伝染病患者、幸せの伝染病患者に、ならねばならないと思います。

伝染病の症状が移るように、福音の恵みの症状が、接する人たちに、移されて行く。そのような者に、ならければいけないと思います。

クリスチャンを見ていたら、あんなに幸せなら、私たちも幸せになりたい、と思われるようにならなければいけないのです。

伝道の基本は、私たち自身が、福音によって幸せであることです。それに尽きると思います。

私たちが、不幸せのままで、伝道は出来ません。また、してもいけません。

私たちは、福音のもたらす幸せを、伝染させなければならないのです。伝道とは、そういうことです。

小児科医で、大衆伝道者として、広く用いられている、藤井圭子さんという方がおられます。

藤井さんは、医学部卒業後、二年半経った時、医学生の頃から、度々出入りしていた、京都の尼僧道場で、得度剃髪し、袈裟法衣を身に纏って、尼僧になりました。

しかし、彼女が求めたものは、仏教の中にはありませんでした。

彼女は、確かなもの、絶対的なもの、永遠なるものを求めて苦悩し、失意のうちに、元の小児科医に復帰しました。しかし、神様は、そんな彼女を、見捨てられませんでした。

不思議な出会いを通して、教会の伝道集会に導いて下さったのです。

そこで、説教を聞いている内に、彼女の心に、「私もあの先生のように、神様からの、平安をいただきたい」、という願いが、強く湧き上がってきました。

彼女は、導かれるままに、主イエスを受け入れ、洗礼を受けました。

その翌年、中学生の娘さんが、主イエスを信じて、洗礼を受けました。それを皮切りに、その翌年には、お母様とお母様のお姉さんが、更に80歳のお父様が、そして、その翌年には、彼女のご主人と、息子さんが、それぞれ、洗礼を受けてクリスチャンになりました。

更にその翌年には、彼女と同い年の従姉と、その全家族が、そして病院の看護婦さんたちや、友人たちが次々と、主イエスの救いに、あずかっていったのです。

彼女に、特別な伝道の賜物が、与えられていた、ということもあったかもしれません。

しかし、そのような賜物の力というよりは、彼女が大きく変えられた、その姿が、周りの人たちを、動かしたのだと思います。彼女が、恵みに迫られて、活き活きとして、福音を証ししている。周りの人は、その姿に驚きと、感動を覚えたのだと思います。

藤井圭子さんは、福音の伝染病患者として、周りの人々に救いと幸せを、蒔き散していったのです。パウロも、そうであったのだと思います。

私たちも、主のために、福音の伝染病患者となって、用いられていきたいと思います。