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過去の礼拝説教

「神よりも人の目を気にする愚かさ」

2019年07月28日 聖書:使徒言行録 25:1~12

最近の国際情勢を見ますと、人間の恨みや憎しみの根深さに、改めて恐れを覚えます。

今朝の箇所でも、ユダヤ人たちの、パウロに対する恨みと憎しみが、まだ続いています。

エルサレムの神殿で、興奮した群衆に、殺されそうになったパウロは、ローマの守備隊によって保護され、カイサリアにいるローマ総督フェリクスの許へと、護送されました。

そこで、パウロの裁判を行ったフェリクスは、パウロの有罪が、何一つ立証されなかったにも拘らず、判決を引き延ばして、パウロを二年間も、監禁状態のまま放置しました。

パウロが、ローマの市民権を持っている以上、証拠もないのに、有罪にはできない。

しかし、だからといって、無罪にしたら、ユダヤ人たちから、猛烈な反感を買うことになる。

この男一人のために、ユダヤ人の機嫌を損ねて、騒動でも起こされたら困る。

このジレンマのため、どちらとも判決を下さずに、二年間も放置しておいたのです。

聖書は、さりげなく「二年間」と言っていますが、「二年間も」なのです。パウロは、実に「二年間も、何の進展もないままに、ただ閉じ込められていたのです。

これは、パウロにとって、大きな苦しみだったと思います。囚人として監禁されていること。それ自体が、大きな苦しみでした。しかし、それだけではありません。

パウロは、当時の世界の中心であるローマで、主イエスの福音を宣べ伝える、という使命を与えられていました。その使命を果たしたいという、切なる願いを持っていました。

このローマ伝道は、単にパウロの願いだけでなく、主イエスの約束でもありました。

23章11節で、主イエスご自身が、「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」、とパウロを励まして下さっています。

これは、励ましであると同時に、約束です。神様が、そのように決めておられる。だから、これは必ず実現する、という約束なのです。この約束が与えられていたのです。

当時、カイサリアは、ローマに向かう旅路の、出発地でした。ですから、カイサリアに護送されたことは、ローマへの歩みの、第一歩であり、大きな前進である、と思われました。

パウロは、期待に胸が膨らむ思いであったと思います。

ところが、そのように大きく前進したと思った、ローマへの歩みが、このカイサリアで、ピタッと停ってしまいます。全く動かなくなってしまったのです。

パウロは、そこで、二年間も足留めをくわされ、先の見通しもなく、ただ待たされました。

これはパウロにとって、大きな苦痛だったと思われます。

願いの実現に向けて、一歩前進したと思われたのに、その歩みが、「ユダヤ人に気に入られよう」とする、総督の勝手な思いによって、妨げられてしまったのです。

「あなたはローマでも私のことを証ししなければならない」、という主イエスの、あの約束は、どうなってしまったのか。ローマへ行けという、主のご命令は、勘違いだったのだろうか。

神様は、どうして、こんな所に、いつまでも私を、閉じ込めておかれるのだろうか。

私は、一時も早く、ローマに行って、伝道したいのだ。だから、先の見通しもなく、ここに閉じ込められているのは、本当に辛い。

このような苦しみは、パウロだけのものではありません。信仰者として、この世を生きていく者は皆、このような苦しみを、多かれ少なかれ、覚えるのではないでしょうか。

これこそが神様の御心だと、確かに信じて、期待と希望に満たされて歩んでいる。

しかしその歩みが、この世の様々な力や、人間の勝手な思いによって、妨げられてしまう。

そういうことが、しばしば起きます。その時私たちは、苦しみます。

何故、御心に従う歩みが、挫折してしまうのか。どうして神様は、何もして下さらないのか。

そのような思いが、私たちの心に、湧き起って来ます。

パウロも、監禁中の二年間に、そのような思いに捕らわれたことが、あったと思います。

しかし、二年後に、漸く事態は、動き出します。フェリクスの数々の失敗が、ローマに報告され、彼は、遂に更迭されることになりました。

後任のユダヤ総督は、ポルキウス・フェストゥスという男です。この人は、フェリクスよりは、まじめな政治家であったようです。

着任してから僅か三日目に、エルサレムに上ったことからも、そのまじめさが窺われます。

エルサレムの、ユダヤ人指導者たちは、新米の総督が着任したことを、チャンスと捉えました。

彼らは、フェストゥスに、パウロを、エルサレムに送り返して貰いたいと、訴え出ました。

以前、計画したように、道中を襲って、パウロを暗殺しようと、企んでいたのです。

二年経っても、彼らのパウロに対する憎しみは、少しも薄らいではいませんでした。

フェストゥスは、新米とはいえ、その手に易々と乗るような、総督ではありませんでした。

彼は、ユダヤ人たちの訴えの不自然さに、気付きました。そして、「そんなに訴えたいならば、カイサリアに一緒に来なさい」、と言ったのです。

面食らったのは、ユダヤ人たちです。仕方なく、フェストゥスに着いて行くことにしました。

カイサリアに帰ったフェストゥスは、翌日、さっそく裁判を開きました。

このようにして、二年ぶりに、パウロの裁判が、漸く再開されたのです。

7節には、「パウロが出廷すると、エルサレムから下って来たユダヤ人たちが、彼を取り囲んで、重い罪状をあれこれ言い立てたが、それを立証することはできなかった」、と書かれています。

これは、考えてみれば、当然のことです。事件が起こった直後の裁判でさえも、ユダヤ人たちは、パウロの有罪を、何一つ立証できなかったのです。

まして、二年の月日が過ぎた後に、新たな証人もいないままで、パウロの有罪を立証することは、不可能でした。

このような裁判の様子から、私たちが、想い起こすことがあります。それは、ポンティオ・ピラトのもとでの、主イエスの裁判です。

ピラトは、フェストゥスの七代前のローマ総督でした。このピラトの許で、ユダヤ人たちの訴えによって、主イエスの裁判が行われたのです。

しかしユダヤ人たちは、有罪を確定できるような証拠を、挙げることはできませんでした。

ですから、ピラトは、「わたしはこの男に何の罪も見いだせない」、と言っています。

主イエスの場合も、そしてパウロの場合も、有罪にすべき証拠は、なかったのです。

主イエスを訴えた、ユダヤ人たちの告発は、パウロに対する告発と、大変良く似ています。

これは、パウロの歩みが、主イエスの歩みと、重なり合っていること示しています。

パウロが、逮捕され、監禁され、裁かれることによって、受けている苦しみ。

それは、主イエスが、十字架への歩みにおいて、味わわれた苦しみと重なっています。

主イエスの苦しみに、パウロも与っているのです。

しかしパウロは、自分で意図して、主イエスの受難の歩みを、辿った訳ではありません。

主イエスに従っていく中で、そのような歩みに、自然に導かれていったのです。

パウロが、主イエスと同じような迫害に遭うのは、パウロが、主イエスと一つにされ、主イエスと共に、歩んでいるからです。

私たちも、主イエスに従って、歩んでいく時に、「主よ、どうしてですか」、と叫びたくなるような、苦しみに遭うことがあります。

それは、神様に敵対しようとする力が、神様に従う者にも、向かって来るからです。その時、私たちも、僅かであっても、主イエスの苦しみに、共に与る者となるのです。

そして、その苦しみの中で、私たちは、主イエスご自身が、もっと深い苦しみを、苦しまれたことを、示されるのです。

神様は、私たちの苦しみを、ただ見ているだけで、何もして下さらないのか、という疑問。

この疑問に対する答えも、主イエスの十字架の苦しみを、見上げた時に与えられます。

最愛の独り子である主イエスが、あのような理不尽な裁きによって、十字架につけられた時、神様は、一体何をしておられたのでしょうか。

その時神様は、最愛の独り子の、十字架の苦しみと死を、胸の張り裂けるような悲しみを持って、じっと見詰めておられたのです。御子と共に、苦しんでおられたのです。

そして、御子と共に、私たちのために、救いの御業を、為しておられたのです。

ノーベル平和賞を受賞したエリ・ヴィーゼルは、アウシュヴィッツ強制収容所に入れられ、生き延びることができた人です。ヴィーゼルは収容所で、父、母、妹を失っています。

彼の書いた自伝小説に、収容所内での、絞首刑のむごたらしい様子が、書かれています。一人の子どもが、絞首刑に処せられながら、死ぬことができずに、苦悶を続けている。

ヴィーゼルの後ろで、誰かが叫びました。「一体、神はどこにおられるのだ。」

その時、ヴィーゼルの心の中で、ある声が、その人に答えました。

「どこにだって?ここにおられる…ここに、この絞首台に吊るされておられる・・・」

苦しみの極みにおいて、神様ご自身が、その苦しみを、共に受けておられると信じる。

どんな時にも、主が共におられると信じる。だから、キリスト者は、苦しみの中でも、希望を失わずに、歩んでいくことが出来るのです。

9節で、フェストゥスは、パウロに、「お前は、エルサレムに上って、そこでこれらのことについて、わたしの前で裁判を受けたいと思うか」、と言っています。

それは、何としても、パウロを、エルサレムに、連れて行きたいという、「ユダヤ人に気に入られようとして」のことでした。

フェストゥスも、基本的には、前任者のフェリクスと同じでした。

一方では、ユダヤ人の言いなりにはならず、しかし、他方では、彼らを敵に回さないように、できるだけ、気に入られるような、姿勢を取ったのです。極めて狡猾な統治の方法です。

しかし、そういう中で、パウロは、共にいてくださる主を信じて、毅然として答えます。

それが10節、11節の言葉です。「私はユダヤ人に対して何も悪いことをしていません。もし、悪いことをし、何か死罪に当たることをしたのであれば、決して死を免れようとは思いません。しかし、この人たちの訴えが事実無根なら、だれも私を彼らに引き渡すような取り計らいはできません。私は皇帝に上訴します」。

このパウロの言葉によって、彼は、皇帝に上訴した囚人として、ローマへと護送されていくことになりました。もはや総督も、ユダヤ人たちも、それを止めることはできません。

このようにして、パウロの切なる願いであった、ローマでの伝道の道が、開かれていったのです。

しかも、ローマの兵士の護衛付きで、ローマの公費を使っての、旅となったのです。

苦しみの中でも、祈りつつ待つ信仰者の道は、このようにして開かれていったのです。

さて、ここで、フェリクスにも、フェストゥスにも、共通していた姿勢、「ユダヤ人に気に入られようとして」、という言葉に、注目してみたいと思います。

二人とも、パウロの無実を知りつつ、ユダヤ人の機嫌を取るために、判決を引き延ばしたり、エルサレムでの裁判を、提案したりしています。

人に気にいられようとして、本来すべきではないことを、しています。

これは、私たちも、犯しやすい過ちです。キリスト者であっても、このような過ちを犯します。

たとえ厳しい言葉であっても、福音を正しく語らねばならない時に、それを、人に耳触りの良い言葉に変えて、語ってしまう危険があるのです。

それは、神様の目よりも、人の目を恐れてしまうからです。

パウロでさえも、自分が、そのような過ちに、陥ることの危険を感じていました。

ですから、ガラテヤの信徒への手紙1章10節で、こう言っています。「こんなことを言って、今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは、何とかして人の気に入ろうとあくせくしているのでしょうか。もし、今なお人の気に入られようとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません」。

パウロは、自分は、一体、誰に取り入ろうとしているのか、と自らに問い掛けています。

人に取り入ろうとしているのか、神に取り入ろうとしているのか。

信仰が正しいか、正しくないか。間違っているか、間違っていないかは、このことで決まる、と言っても良いと思います。

人に取り入ろうとするならば、人の気に入るようにしなければなりません。人のご機嫌を取る、ということになってしまいます。

そういうことから、福音が曲げられてしまう、ということが決して少なくないのです。

そのように、人に取り入り、福音を曲げてでも、人に気に入るようにするならば、もはや、私はキリストの僕ではない、とパウロは言っています。

自分が、キリストの僕であり続けること。そこに、使徒パウロのすべてがありました。

そのために、キリストの恵みの中に、しっかりと立つことの大切さを、パウロは、良く知っていました。

キリストの僕として、生きる。その生き方を支えるのは、キリストの恵みだけなのです。

どんな時にも、人の目を恐れずに、このキリストの恵みに、しっかりと立ち続けることに、信仰者の命が、かかっているのです。

このことで、想い起す話があります。それは羽鳥明先生の体験談です。

戦時中のある日、旧制中学の教室に、軍事教練の教師がいきなり入ってきて、声を荒げて、怒鳴りました。「この学級にヤソはおるか、ヤソがおるなら、出て来い」。

教室がシーンと静まり返り、まさか、誰も応じる者など、いないだろうと思った時、一人の生徒がすくっと立ち上がりました。

そして、「私はキリスト教徒です。私は、私の罪のために十字架にかかり死んで下さったイエス・キリスト様を信じています」、と答えたのです。

軍事教練の教師は面食らって、何も言い返さずに、その場を立ち去りました。

羽鳥少年はとても驚きました。「何と素晴らしい学生だろう」、と思ったそうです。

そして、「何とかして、彼と親しくなりたい」と思い、一緒にテニスをしたりしました。

そんなある日、その友達から「羽鳥君、一緒に教会に行きませんか」、と誘われたそうです。

教会に行ってみると、そこに宣教師のバーネット先生がいて、「あなたが来ることを待っていましたよ」、と言って祈ってくれたそうです。

友達から羽鳥少年のことを聞いて、ずっと祈っていた、というのです。バーネット先生が祈っている姿を、羽鳥少年は、薄目を開けて、こっそり覗き見をしました。そして驚きました。

何と、バーネット先生は、大粒の涙を流しながら、彼の救いを、祈ってくれていたのです。

それを見て、羽鳥少年は、「ここには真実がある。私も信じよう」と、決心したそうです。

この友だちは、戦時中に、人の目を恐れずに、軍事教練の教師の前で、自分の信仰を、言い表しました。当時としては、それは、命がけの行為でした。

しかし、人に気に入られることよりも、神様に気に入られることを、選び取ったのです。

「気に入られる」、という言葉の原語は、元々は、「恵みを置いてあげる」、という意味です。

「ご機嫌を取る」、というよりも、「その人に必要な、恵みを与える」、ということなのです。

今、私たちは、余りにも、人に気にいられることに、あくせくしてはいないでしょうか。

子どもや、孫や、愛する者たちに、気に入られようとして、非常な努力をしています。

そして、それに疲れ切っています。

しかし、本当に気に入られる、ということは、その人に、恵みを与えることなのです。

その人にとって、最も良いもの、最も必要なものを、与えることなのです。

最も良いもの、最も必要なものとは、何でしょうか。それは、どんな時にも、その人の支えになるもの、どんな苦しみにも耐える、力を与えるものではないでしょうか。

そして、それこそが、主イエスの、十字架と復活の恵みではないでしょうか。

私たちは、人に気に入られようと、あくせくしています。しかし、本当に、人に気に入られようとするなら、ご機嫌をとるのではなく、もっと大胆に、主イエスの恵みを、伝えるべきなのではないでしょうか。

もし、私たちが、本来の意味で、人の気に入られようと努めるなら、教会は豊かな恵みの、発信地になります。

この教会から、本当に人を生かす、恵みが溢れ流れて、世を潤すことになります。

そういう、本当の意味で、人に気に入られる教会となることを目指して、共に歩んでまいりたいと思います。

人の目ではなく、神様の眼差しの中を、共に歩んでまいりたいと思います。