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過去の礼拝説教

「逆境を生き抜く知恵と力」

2019年09月22日 聖書:使徒言行録 27:27~44

1859年、一人の男が、ニューヨークから大西洋を南下して、アフリカの喜望峰を回り、インド洋を渡って、はるばる香港にやって来ました。

そして、そこから更に、日本の神奈川の港に向かう船を探して、それに乗り込みました。

この人は、名門プリンストン大学の医学部を卒業し、眼科医として名声を博していた人でした。

しかし、40歳を過ぎたときに、成功していた病院も、屋敷も、別荘もすべて売り払い、まだ14歳であった一人息子を、寄宿舎に入れて、日本に行くことを決意しました。

それは、若い時に抱いた、「医師がいなくて、神を知らない国に、キリストの福音を伝えたい」、との永年の願いを、実現するためでした。

当時、日本では、まだキリスト教は邪教とされ、厳しく禁じられていました。でも、この人は、敢えて、その日本に向けて、命がけで出発したのです。

その人の名は、ジェームス・カーティス・ヘボン。ヘボン式ローマ字を生み出した人です。

彼は、神奈川や横浜で、無料の診療をする一方で、聖書の翻訳に一生をささげました。

また、彼が始めたヘボン塾は、明治学院やフェリス女学院の、礎となっていきました。

ヘボンが、香港から神奈川に向かう、船の中から書いた手紙には、こう記されています。

「神奈川向けに、唯一の船を持っているデント商会は、初めは、私たちを乗せることに反対していましたが、最後には応諾してくれました。

恵み深く、すべてを支配したもう神が、私たちをお守りくださったと思っています。

天の父の御守りは、常に私たちの進む前に、私たちと共に在ることを、信じてやみません。

私たちの一挙一動に、神の護りと恵みを感じます。神よ、願わくば、私たちの必要に応じて、私たちに知恵と恵みを与え給え。すべての讃美、神にあれ!」

キリスト教の布教が禁じられている日本。そこでどんな困難が、待ち受けているかも分かりません。

でも、漸くその地に向かうことができる。そのことを、心から喜んでいるのです。ここまで導いてくださった神様に感謝し、これからも、神様が共にいてくださることを信じています。

そして、必要な知恵と恵みを与えてくださることを、神様に祈り願っています。

ヘボンは、当時の最高の学問を修めていた知識人でした。しかし、彼は、自分の知恵の限界を、よく知っていました。

ですから、日本における、これからの宣教活動に、必要な知恵と力を、ひたすらに祈り、願っているのです。

このヘボンよりも、1800年も前に、同じように、船の中で、神様の知恵と力を、ひたすらに祈り求めていた男がいました。 使徒パウロです。

但し、彼は、日本の神奈川ではなくて、ローマの都に、向かっていました。ヘボンが、日本での伝道を、永く願っていたように、パウロは、ローマでの伝道を、永年願っていました。

そのパウロのローマ行きは、思いもかけぬ形で実現しました。何と、パウロは、囚人として、ローマに護送されることになったのです。

エルサレム神殿を汚したとの、無実の罪で訴えられたパウロは、ローマの市民権を持っていたので、ローマ皇帝に上訴しました。

そのため、百人隊長ユリウスの監視のもとに、ローマに護送されることになったのです。

ところが、パウロたちを乗せた船が、途中で激しい嵐に遭い、全く航海不能に陥りました。

先週ご一緒に読んだ20節には、「幾日も太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた」、とありました。

船に一緒に乗っていた、多くの人たちは、生きる望みを失い、絶望していたのです。

しかしパウロは、そんな中で、ひたすら祈っていました。

状況は全く異なりますが、その祈りは、先ほどのヘボンの祈りと同じです。

どうか主が、この危機の中でも、共にいてくださいますように。そして、この逆境を生き抜くための、知恵と力を与えてくださいますように、という祈りです。

そして、神様は、このパウロの祈りに応えて、語り掛けてくださいました。

「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。」

神様は、「あなたは必ず、ローマへ行くことになるのだ」と、約束してくださったのです。

この御言葉を聞いて、パウロは、船にいる人々を励まして、こう語りました。

「元気を出しなさい。わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです」。

さらに、パウロには、もう一つの約束が、与えられていました。「神は、一緒に航海している者を、あなたに任せてくださった」、という約束です。

神様は、同じ船に乗っているすべての人を、パウロに任せてくださったのです。

これは、船の人たちは、すべて、パウロに委ねられ、運命を共にする、という約束です。

この神様の約束によって、パウロは全員の救いを確信しました。ですから、「元気を出しなさい」と、力強く励ますことができたのです。

パウロは、目の前の絶望的な現実ではなく、すべてを支配しておられ、すべてを導いておられる、神様の現実を、信仰の目で、しっかりと見ていたのです。

しかし、パウロが指し示した希望は、すぐには実現しませんでした。

「元気を出しなさい。神様が約束してくださったのだから、私たちは必ず助かります」。

パウロがそう言ってから、一日経ち、二日経ち、一週間経ちましたが、状況は良くなりません。

そして、出港してから、とうとう14日が経ちました。船に乗っていた人たちは、その間、ろくに食べ物も食べずに、ただ不安と恐れの中にいました。

船の人々は、パウロの言葉よりも、目の前の絶望的な現実に、目を奪われていたのです。

ところが14日目に、新たな展開がありました。陸地に近づいていることが分かったのです。

それは、大きな希望でした。しかし同時に、暗礁に乗り上げる危険をも、意味していました。

暗礁の危険を、良く知っている船員たちは、夜の間に、自分たちだけで、小舟に乗って、船から逃げようとしました。

本来、船員とは、乗客の命を守ることを、最優先に考えなければならない筈です。

乗客のことを、最優先に考えて、自分のことは後回しにする。それが、本来の船員の務めである筈です。しかし、この時、船員たちは、自分のことしか考えていませんでした。

パウロが、全員の救いのために、懸命に祈り、力を尽くして行動したのとは、対照的です。

ここに、神なしに生きる人と、神の御心に生きる人との違いが、はっきりと現れています。

パウロは、百人隊長と兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたは助からない」と言って、船員たちの脱走を止めました。

やがて夜が明けました。けれども、船員たちが脱走を図ったことは、船全体の空気を、とても悪くしました。

嵐の只中にいた時は、お互いに励まし合うことも、あったと思います。

しかし、助かる見込みが見えてきた時、「我先に」という思いが、皆の心に湧いてきたのです。

そんな時に、自分たちを守る筈の船員たちが、抜け駆けをして、真っ先に脱走しようとした。

そのことを知って、人々は相互不信に陥りました。お互いを、信じられなくなりました。

本当は、こんな時こそ、助け合い、支え合うべきなのです。

それなのに、誰もが、「私さえよければ」という思いに、捕らわれてしまったのです。

まるで、「自分ファースト」が蔓延している、現代の世相の、縮図のようです。

そんな中で、パウロは一同に、食事をするように勧めました。

「今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」

「あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」 これは、主イエスが語られた言葉です。

主イエスは、迫害に遭うことが予想される弟子たちに、「あなたがたの髪の毛一本も決してなくならない」、と励ましのお言葉を、掛けてくださいました。

パウロは、この主イエスのお言葉を想い起しています。そして、今までの、自分の歩みを、振り返っています。

あの時も、命の危険に晒された。あの時も、もうだめかと思った。でも、神様は、それらすべての困難から、私を守り、救い出してくださった。だから、今回も、必ず助けてくださる。

髪の毛一本も、なくなることは、決してないのだ。私は、そう信じている。

だから皆さんも、この神様に信頼し、どうか食事をとってください、と勧めたのです。

生きるためには、岸に向かって泳がなければならない。しかし、あなた方は、もう14日間も、ろくに食べていない。それでは、岸まで泳ぎ着けない。

だから、今は、食べて体力を回復しなさい。それが、今、あなた方のなすべきことです。

パウロは、そう言って、まず、自らが行動で示しました。

パウロは一同の前で、パンを取って、神様に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて、食べ始めました。神様に信頼し、今をしっかりと生きる姿を、実際に見せたのです。

その姿が、船の人々を元気づけました。パウロが、こんな中でも、まず神様に祈り、神様に感謝をして、食事をしている。

その姿が、人々を励ましました。そして、皆が、食事をし始めたのです。

「元気を出しなさい」、という言葉だけでは、恐れと不安の中にいる人たちの心を、動かすことができませんでした。しかし、このような危機の只中でも、パウロが、ひざまずいて祈り、感謝して食事をしている、その姿は、人々を動かしました。

人々を本当に元気づけ、励ますのは、神様に、全き信頼と感謝をもって、祈る者の姿です。

パウロがしたことは、感謝の祈りをして食事をする、という何でもない、日常の行為でした。

しかし、差し迫った危機の中でも、そういう自然な信仰の行為が、しっかりとなされるなら、それは他の人々を励まし、元気づけます。そして、周りの人々をも、変えていくのです。

何も、大それたことを、しなければならない、ということではありません。日常の営みを通して、祈りの姿勢を示していけばよいのです。

マザー・テレサは言っています。「祈るために、仕事を中断する必要はないのです。仕事を祈りであるかのように、し続ければよいのです。」

パウロの、日常の信仰の姿が、その祈りの姿が、周りの人たちを、変えていきました。

私が小学生の頃に上映された、「戦場にかける橋」、という映画がありました。

この映画は、「死の谷を超えて」という本に書かれた実話を、映画化したものです。

この本の著者のアーネスト・ゴードンはイギリス人で、第二次世界大戦中にシンガポールで、日本軍に捕らわれ、タイとミャンマーの国境付近の、ジャングルへと送られました。

そこで、他のイギリス人の捕虜と共に、鉄道を敷くための、強制労働に就かされたのです。

柱と屋根だけの、粗末な小屋に入れられ、ほんの一握りの食料しか与えられず、朝から晩まで、厳しい作業にこき使われる毎日でした。

捕虜たちは、皆、骨と皮だけのガリガリになって、全く希望のない日々を送っていました。

病気になっても、医者もおらず、薬も与えられず、竹やぶの中の暗い小屋に隔離され、ただ死ぬのを待つだけでした。

まさに生き地獄のような中で、捕虜たちは人間性を失い、仲間同士で、僅かな食料を、奪い合うようになりました。彼らの心は、まるで獣のように、すさんでいきました。

そんな中で、静かな奇跡が起きます。たった一冊残った聖書で、数人のクリスチャンたちが、勉強会を始めます。

彼らの内の一人は、日本兵に殺されそうになった仲間の、身代わりになって死んでいきます。

また他のクリスチャンたちは、与えられたほんの僅かな食料を、病気の仲間に分け与え、必死に看病します。そんな彼らの姿を見て、捕虜たちは、次第に人間性を取り戻していきます。

やがて、竹藪の中の空き地が、建物がない教会となり、礼拝が献げられるようになりました。

また、捕虜たちが、夫々の専門分野を解説する、自称「竹藪大学」ができました。

更に、草の葉や竹で楽器を作り演奏会をしたり、演劇をしたりするようになりました。

そして驚いたことに、彼らは、捨てられた日本軍負傷兵の、介抱と治療さえしていったのです。

この驚くべき変化は、一握りのクリスチャンの、小さな愛の業から始まりました。

言葉ではなく、生き地獄のような状況で、尚も、神様を信じて祈っていた、その姿によって、起こされたのです。

パウロが、船の人々を、変えていったのも、言葉ではなく、祈る姿でした。

神様の約束を信じて生きる、というのは、今、置かれている場所で、なすべきことを、一つ一つ、祈りをもって、なしていくということです。

神様の約束があるから、自分は何もせずに、ただ神様に任せる、というのではないのです。

神様の約束を信じて、今、自分にできることを、誠実になしていくのです。

その時、周りの人たちも、変えられていくのです。

それは、神様の恵みによって、生かされている、私たち信仰者に与えられた、尊い役割です。

家庭や、職場や、その他の団体において、私たちが、数少ない信仰者として、立てられていることには、大切な意味があるのです。

それによって、共に歩んでいる人々が、神様の恵みのぬくもりに、あずかっていくのです。

何も、大それたことを、する必要はありません。もともと私たちは、大きなことはできません。

ただ、どんな時にも、神様に祈り、感謝して、日々の生活をしていく。そのような、信仰生活の日常を示していくのです。それが、どんなに優れた言葉にも優る、証しとなるのです。

さて、パウロの姿に励まされて、船の人々は食事をとり、元気を取り戻しました。

そして、すべての者が何とか海を泳ぎきって、陸へとたどり着きました。「全員が無事に」上陸したのです。彼らは、パウロのお蔭で助かったのです。

無力で、最も弱い立場の、囚人であったパウロが、この嵐の船旅において、同じ船に乗っていた、276人の人々を励まし、その命を救ったのです。

この危機の中でのパウロは、囚人でありながら、まことに強い姿を示しています。パウロは、何も持っていません。何の権力もありません。一介の捕らわれ人です。

しかし船の人すべてを、導き、助けています。囚人パウロが、実質的な船長となっています。

囚人ですから、常識では、無力で、一番弱い筈です。しかし、実は、一番強かったのです。

いえ、パウロが強いのではありません。パウロを生かしている神様が強いのです。

こんな話があります。ギャンブル好きの男がいました。ろくな仕事もせずに、手にしたお金は、全部ギャンブルに使ってしまう、という自堕落な生活を続けていました。

クリスチャンである、彼の奥さんは、内職をして家計を支えながら、少しずつお金を貯めて、ご主人のために、背広を買いました。

それを着て、何とかまともな仕事について欲しいと、願ったのです。

その晩、家に帰って来た男は、その背広を見て、「何だ、これは。余計なことをするな。こんな金があるなら、俺に使わせろ」、と怒鳴りました。

それを聞いて奥さんは、静かに一言、「ごめんなさい」、といいました。

「ごめんなさい」。この小さな一言が、男の心を、粉々に砕きました。「俺の負けだ。どうして、こんなに弱い女房が、こんなに強いんだ」。

この男は、奥さんの強さの秘密を知りたくて、教会に行くようになりました。そして、その強さの原因は、神様の愛にある事を知らされたのです。

パウロは、絶望的な危機にあっても、人々を励ますことが出来ました。その強さの秘訣は、神様に愛されていることを、信じていたからです。神様の御守りを、信じていたからです。

その神様は、同じ船に乗った人々をも、パウロを通して、御自分の恵みの中に、招いておられます。ご自分の愛の中に来なさいと、翼を広げて招いておられます。

パウロは、その招きの御業のために、用いられたのです。

パウロだけではありません。神様は、全てのキリスト者を通して、その周囲の人たちを、ご自身の許に招いておられます。

私たちは、まだ神様を知らない人々のために、祈り、執り成す役割を与えられているのです。

今、置かれている場所で、もしあなたしか、キリスト者がいないなら、そこにいる人々のために、神様に祈り、救いを指し示すことが出来るのは、あなたしかいないのです。

パウロが、感謝して祈り、食事をする、という日常の歩みを通して、信仰を示したように、私たちも、日常の歩みを通して、周りの人たちに、執り成しの業をなしていきたいと思います。

神様の愛を、神様の招きを、指し示していきたいと思います。