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過去の礼拝説教

「続きはあなたが」

2019年10月20日 聖書:使徒言行録28:30~31

教会でしばしば語られるジョークがあります。

ある教会で、牧師が、礼拝の最後に、こう言いました。「来週は、『嘘をついてはいけません』というメッセージを語らせて頂きます。それで、前もって、マタイによる福音書29章を読んできてください。」

さて、翌週の礼拝の説教の始めに、その牧師が言いました。「先週予告した通り、今朝は『嘘をついてはいけません』というメッセージを語ります。ところで、マタイによる福音書29章を読んできてくださった方は、手を上げてください。」

すると、敬虔そうな信徒が数名、遠慮がちに手を上げました。そこで牧師が言いました。

「今朝は、今、手を上げた人たちにお話ししましょう。マタイによる福音書は、28章までしかありません。」

これはジョークですが、まじめな意味で、使徒言行録29章という言葉があります。

使徒言行録も、やはり28章までしかありません。それなのに、なぜ使徒言行録29章、という言葉が、ジョークではなく、まじめな意味で語られるのでしょうか。

使徒言行録は、英語では「Acts」と言われています。Actという言葉は、「行動する」という意味です。それが名詞になると、「行為」とか、「活動」を意味する言葉になります。

「Acts」というのはその複数形で、使徒たちの活動や言動を、記した書物という意味です。

その使徒言行録29章のことを、「Acts29」というのです。日本だけでなく、世界中の教会で、この「Acts29」、「使徒言行録29章」という言葉は、大切にされています。

何故でしょうか。それには、どういう意味が、あるのでしょうか。

それは、使徒言行録は28章で終わってはいない。

私たちは、今、使徒言行録29章を、それぞれが書いているのだ。私たちは、今、使徒言行録29章を、生きているのだ。そういう意味の言葉なのです。

神様が、私たちを用いられて、使徒言行録29章の御業を、今、進めておられる。

この信仰に立った言葉なのです。今朝はこのことを、ご一緒に考えていきたいと思います。

長い時間をかけて、ご一緒に、使徒言行録から、御言葉に聴いてまいりました。しかし、いよいよ今朝が最後となります。今朝の御言葉は、最後の2節、28章30節、31節です。

「パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。」

これが、使徒言行録の最後の言葉です。非常に簡潔な終わり方です。

使徒言行録は、その始めに、聖霊を受けて、教会が誕生した出来事を、語っていました。

そして、その教会が、数々の迫害を受けながらも、力強く成長していき、福音が各地に宣べ伝えられていった。そのような、初代教会の歩みが、活き活きと語られていました。

迫害によって、信徒が各地に散されていった。しかし、そのことによって、むしろ伝道が進展していった。異邦人にも福音が伝えられ、人種、国籍の壁を越えて、神の国の福音が広められていった。そして、その業のために、多くの使徒たちが用いられた。

使徒たちは、殉教をも恐れずに、激しい迫害や、厳しい困難の中を、命懸けで伝道した。

そして、それらすべてに、聖霊なる神様が、伴ってくださり、導き、助けてくださった。

使徒言行録は、そのような、ダイナミックな初代教会の歩みを、活き活きと伝えています。

しかし、そのような、波乱に満ちた、初代教会の出来事を締めくくる、終わりの言葉としては、30節、31節は、あまりにも簡潔で、少し物足りないように感じます。

まだまだ続くと思っていたのに、急に終わってしまったような、中途半端な感じがします。

この後、パウロの裁判は一体どうなったのか。ローマでの伝道の成果は、どうだったのか。パウロは、どのような最期を遂げたのか。そういうことは、全く語られていません。

尻切れトンボのように終わっています。ですから、この終わり方には、何か理由がある筈だ、と色々と推測する人たちがいます。

たとえば、使徒言行録の著者のルカは、続きを書くつもりだった。けれども、何らかの事情で、書くことができずに、終わってしまったのではないか。

或いは、続きを書いたのだけれども、その後、紛失してしまって、今は、残っていないのではないか。そのように、色々と推測する人たちがいます。

しかし使徒言行録は、決して尻切れトンボで、中途半端に終わっているのではありません。

もし使徒言行録が、パウロの伝記であるなら、主人公の最後が欠けているので、中途半端な伝記、ということになると思います。しかし使徒言行録は、パウロの伝記ではありません。

31節はこう言っています。「神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」。

神の国が宣べ伝えられ、主イエス・キリストについての教えが、語られること。これこそが使徒言行録を貫くテーマなのです。

しかし御言葉は、そのことを、パウロの功績として、伝えているのではありません。

そうではなくて、ここで伝えているのは、パウロを用いて働かれた、聖霊の御業です。

聖霊なる神様が、パウロと共に働かれ、パウロを導き、パウロを通して、神の国を宣べ伝え、主イエスについて教えられたのです。主体は、パウロではなくて、聖霊なのです。

使徒言行録は、以前は使徒行伝と呼ばれていました。

しかし昔から、実は、これは、使徒行伝ではなくて、聖霊行伝である、と言われてきました。

使徒を通して働かれた、聖霊の御業が、ここに記されている。そのように言われてきました。

そのことは、使徒言行録の文脈からも明らかです。冒頭の1章8節で、復活の主イエスは、弟子たちにこう言われました。

「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリヤの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」

この主イエスの約束の通り、聖霊が降り、エルサレムで「教会」が誕生しました。

そして、その教会を通して、聖霊の御業は進められ、エルサレムから、ユダヤとサマリヤの全土に、福音は広がっていきました。

更に、福音は異邦人にも伝えられ、各地に異邦人の教会が誕生しました。

そして今や、エルサレムから見たら、「地の果て」とも言えるような、ローマの異邦人にまで、福音は伝えられたのです。

主イエスのお言葉の通り、使徒たちは、地の果てまで、主イエスの証人として、用いられていったのです。使徒言行録の冒頭で語られた、主イエスの約束は、確かに実現したのです。

ですから、31節の「神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」、という言葉。これは、使徒言行録の締めくくりとして、まことに相応しい終わり方であると思います。

使徒たちは、主イエスから託された使命を、立派に果たした。パウロは、捕らわれの身にあっても、尚も、主イエスを、大胆に証ししている。

使徒言行録は、そのような、使徒たちの姿を示しつつ、終わっているのです。

さて、30節の御言葉は、こう言っていました。「パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎した」。

この時、パウロは囚人でした。しかし、緩やかな軟禁状態に、置かれていたようです。

自分の家に住むことを許されて、そこで、「丸二年間」を過ごしました。

この丸二年間という月日は、ローマでの裁判に、関係している期間だと考えられています。

ローマ法では、裁判で18か月の間に、訴えた人が出頭しなければ、被告を釈放する、という決まりがあったそうです。

パウロを訴えた、エルサレムのユダヤ人たちは、ローマにまでは、やって来なかったのだと思われます。ですからパウロは、二年後に、釈放されたのではないかと考えられています。

しかし、一旦釈放されたとしても、パウロが、ロ―マで殉教したのは、間違いないようです。

様々な説がありますが、恐らく、一旦釈放されて、伝道活動をした後、再び、皇帝ネロの迫害で、捕らえられて殉教した、というのが有力な説です。

いずれにしてもパウロは、二年の間、軟禁状態にあっても、積極的に伝道しました。

自分から、出掛けることは、許されていませんでした。しかし、訪ねて来る人は、誰でも歓迎し、全く自由に、何の妨げもなく、福音を宣べ伝えたのです。

ここで「全く自由に」と訳されている言葉は、他の箇所では、「大胆に」と訳されています。

4章29節には、エルサレム教会の人々の、祈りの言葉が記されていました。

彼らは、このように祈りました。「主よ、今こそ、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。」

この祈りに、神様は応えてくださいました。そして、弟子たちは、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだしたのです。

弟子たちが、聖霊の力を受けて、大胆に神の言葉を語っていった。そのことによって、教会が、更に力強く成長していったのです。

ローマにおいてパウロも、捕らわれの身にあっても、大胆に、神の国と、主イエスの救いの恵みを語りました。訪ねてくる人には、誰であっても、大胆に福音を語ったのです。

もしかするとパウロの目には、訪ねてくる人が、皆、求道者に見えたのかもしれません。どんな用件で来た人でも、伝道のチャンスと捉えていったのです。

このパウロの姿こそが、使徒言行録が、最後に伝えたかったことなのです。

翻って、私たちはどうでしょうか。もう何年間も、お付き合いしている人から、「えー、あなたってクリスチャンだったの」、などと言われることがあります。

私たちは、接する人たちに、どれだけ大胆に福音を語っているでしょうか。パウロの姿に照らして、自らを省みたいと思います。

パウロは、「全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けました」。

この時、パウロは、軟禁状態にありました。罪人にしては、かなりの自由を、与えられてはいましたが、自由にどこにでも行ける、という状況ではありませんでした。

やはり多くの制約があったと思います。不自由なことも、多くあったと思います。

しかし、制約や、不自由なことがあったとしても、御言葉を宣べ伝えることを、妨げられることは、ありませんでした。

これは、パウロにとって、大きな恵みでした。今まで、パウロは、各地で、御言葉を語ろうとしても、様々な力によって、妨げられてきました。

ユダヤ人たちによって、或いは、異教の神々を信じる人たちによって、また、時には、パウロ自身の健康上の理由によって、福音を語ることを、妨げられてきました。

ユダヤにおいても、アジアにおいても、そしてヨーロッパにおいても、妨害がなかったことはありませんでした。パウロの宣教活動は、まさに妨害との、命がけの戦いの連続でした。

サタンは、手を変え、品を変えて、パウロの伝道活動を、妨害してきたのです。

しかし、今は、囚人としての、制約や不自由はあっても、パウロが、福音を語るのを、妨げるものはありません。パウロは、そのことを感謝して、弟子のテモテにこう言っています。

テモテへの手紙二の2章9節です。「この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。」

パウロは、たとえ自分は、軟禁状態で、不自由であっても、神の御言葉は、鎖に繋がれることなく、人々に告げ知らされている。そのことを、感謝しています。

パウロにとっては、それはなによりの、喜びであったのです。

「神の言葉は繋がれていない」。この御言葉は、福音のために獄に入れられた、多くのキリスト者たちを、慰め、励ましてきました。

ナチスに抵抗したために捕らえられた、マルティン・ニーメーラーという牧師が、獄中で語った説教集は、「されど神の言葉は繋がれたるにあらず」、という題がつけられています。

同じ頃、日本では、ホーリネス系諸教会の牧師が、一斉検挙され、多くの牧師が投獄されましたが、その牧師たちも、この「神の言葉は繋がれていない」、という御言葉を、手紙や手記の中で、度々引用しています。「神の言葉は繋がれていない」。その通りなのです。

神の言葉は、鎖に繋がれることはないのです。何故でしょうか。

それは、神の言葉を運ぶのは、実は、使徒たちでも、弟子たちでもなく、聖霊だからです。

ですから、たとえ、パウロが、鎖に繋がれていても、神の言葉は、伝えられていくのです。

神の言葉は生きていて、力があります。そして、神の言葉は、聖霊によって、運ばれ、伝えられていくのです。様々な妨害を乗り越えて、尚も伝えられていくのです。

さて、使徒言行録は、今朝の御言葉をもって、一先ずの区切りをつけています。

しかし、教会を通して働かれる、聖霊の御業は、ここで終わってはいません。

この後も、続いています。地の果てまで、すべての人々に、福音を告げ知らせ、救いへと招こうとされる、神様のご計画は、その後も、力強く前進しています。

使徒言行録が語っている、福音宣教の業は、現在も、進行中であるのです。

主イエスは、「あなたがたは、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」、と言われました。

確かに、パウロの時代の、エルサレムから見た、「地の果て」であるローマに、福音は伝えられました。ではそれで、終わったのでしょうか。いえ、終わってはいないのです。

今も尚、「地の果て」までの宣教は、続けられているのです。

それでは今日の、地の果てとは、どこでしょうか。それは、まだ主イエスの福音を知らない人が、いる所です。日本にも、教会のない町や村が、まだまだ多くあります。

ですから、日本にも、福音の伝わっていない「地の果て」は、多く残されているのです。

いえ、教会のない町や村に、限定する必要はありません。

私たちが、今置かれている、この茅ケ崎の地にも、まだ福音を知らない人が、大勢います。

その意味では、この茅ケ崎こそが、私たちにとっての、「地の果て」なのです。

「地の果てに至るまで、わたしの証人となれ」。この主イエスのお言葉は、今の私たちに、与えられている命令なのです。

今は、パウロに代って、私たちが、大胆に、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて、教え続ける番なのです。

今度は、私たちの教会が、日本の救いのために、地の果てに向けて、このキリストの福音を、語り繋いでいく番なのです。

ある人は、今朝の御言葉の30節、31節を、「プロローグのためのエピローグ」と言いました。「始まりのための終わり」、ということです。

パウロの使徒言行録は、ここで終わりました。しかし、ここから、私たちの伝道の歩み、私たちの使徒言行録29章が、まさに始まるのです。

ですから、「プロローグのためのエピローグ」、「始まりのための終わり」、なのです。

全ての人を救おうとされる、神様の御計画は、この世の終わりまで、進められていきます。

そして、この茅ケ崎恵泉教会は、その神様の御計画の、前線基地なのです。私たち、一人一人は、それぞれの分に応じて、神様の御計画のために、用いられていくのです。

主イエスは、私たち一人一人に、語り掛けられています。「どうか、私の証人となって、地の果てまで、福音を語り伝えてください。あなたがしなければ、誰がするのでしょうか。あなたの身近な人を救えるのは、あなたしかいないのです」。

使徒言行録は、この28章で終わります。けれども、神の国を宣べ伝え、福音を語り続ける、私たちの歩みは、尚も、ここで、この茅ヶ崎恵泉教会で、続けられていきます。

使徒言行録29章は、ここで、この茅ヶ崎恵泉教会で、書き続けられていくのです。

主イエスは、使徒言行録29章を、共に書いていく人を、捜し求めておられます。

そして今、私たちは、主イエスと共に、使徒言行録29章を書いています。

どんな29章を、書くことが出来るでしょうか。勿論、パウロのような、使徒言行録は、とても書けません。及びもつきません。でも、それで良いのです。

私たちが、使徒言行録を通して、教えられたこと。それは、神の言葉は必ず実現するということです。神様のご計画は、必ず前進していくということです。

私たちは、その確信に立って、自分の力ではなくて、聖霊の力を受けて、恐れず大胆に、福音を語っていきたいと思います。

初代教会の人々が、迫害の中で、心を一つにして、祈った祈り。「あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください」。

この祈りを、私たち自身の祈りとして、祈りつつ、主のご委託に応えていきたいと思います。