MENU

過去の礼拝説教

「岩の上の家は崩れない」

2020年11月01日 聖書:マタイによる福音書 7:24~29

2月から9ヶ月かけて、山上の説教の御言葉を、ご一緒に聴いてまいりました。
今朝は、その山上の説教の最後の箇所です。
主イエスは、ガリラヤの丘で、渾身の思いを込めて、尊い恵みの御言葉を語られました。
28節には、それを聴いた群衆は、「その教えに非常に驚いた」、と書かれています。
この「驚いた」という言葉は、原語では、「衝撃を受けて呆然となった」という意味で、とても強い言葉です。「びっくり仰天した」、と訳している人もいます。
では群衆は、一体何に、びっくり仰天したのでしょうか。
それは、主イエスが、律法学者のようにではなく、権威ある者として、語られたからです。
主イエスが、権威ある者として、御言葉を語られた。これは、私たちにとっては、当然のことのように思えます。
神の独り子が語られたのですから、権威に満ちていたのは、当たり前だと思います。
むしろ、びっくりする方がおかしい、と思ってしまいます。
しかし皆さん、ここで2千年前にタイムスリップして、この場面を想像してみてください。
この時、人々は、誰も、主イエスが、神の独り子だとは思っていません。
せいぜい、ナザレという小さな町からやって来た、ユダヤ教の一教師だと思っていました。
主イエスがなされた、不思議な御業を見た人の中には、もしかしたらこの人は、預言者かもしれない、と思っていた人が、いたかも知れません。でも、せいぜいそこまでです。
身なりはどうだったでしょうか。主イエスは、貧しい大工でしたから、みすぼらしい身なりであったと思います。大祭司が着ていたような、立派な式服を着ていた訳ではありません。
しかも場所は野原です。エルサレム神殿のような、人々を圧倒するような、荘厳な建物で、語られたのはありません。
また主イエスは、特別な学問をした訳でもなく、特別な資格を持っていた訳でもありません。
主イエスを取り巻く環境は、およそ権威とは縁のないようなものでした。
では、主イエスの権威とは、一体何だったのでしょうか。その権威は、どこから来たのでしょうか。律法学者や預言者とは、どう違っていたのでしょうか。
律法学者は、モーセが神様から頂いた、律法を研究し、その解釈を語ったに過ぎません。
また、預言者は、「主はこう言われる」、と神様の御心を語りました。
自分の考えではなく、ただ自分に託された、神様の言葉を、伝言しただけであったのです。
しかし、主イエスが語られたのは、律法の解釈ではありませんでした。
また、託された言葉を、伝言しただけでもありませんでした。
主イエスは、「あなた方は、今まで、このように教えられてきた。しかし、私は言っておく」、とご自身の言葉を語られました。
しかも、それを、神の言葉として、語られたのです。
どうして、そんなことができたのでしょうか。主イエスが、神様の御子であられたからです。
主イエスと、父なる神様とは、一つでした。ですから、ご自身の言葉を、神様の言葉として、語られたのです。そんなことが出来たのは、主イエスただお一人です。
ですから、それを聞いた人々は、びっくり仰天したのです。どう捉えて良いか、分からなかったのかもしれません。
「この人は、一体どういう人なんだろうか」、と困惑してしまったのです。「この人は、一体どういう人なんだろう」。人々のこの困惑は、この後もずっと、主イエスについて回りました。
さて、28節に、「イエスがこれらの言葉を語り終えられると」、と書かれています。
ここにある「語り終える」という言葉は、「完成した」という意味を含んでいます。
今朝の御言葉は、山上の説教全体を完成し、締め括るような御言葉なのです。
山上の説教において、主イエスは、私たちの生き方を、具体的に示してくださいました。
そして最後に、「あなた方は、実際の生活の中で、それを実行できるか」と問われたのです。
いくら尊い教えを聞いても、それに従って生きていかなければ、何にもならない。
聞いただけで、それを実行しないならば、実際には聞いたことにはならない。
もし、聞くだけで、行なわないなら、人生の本当の試練に出遭った時、私の言葉は、何の役にも立たなくなる。だから、聞くだけでなく、実際の生活の場で、実行する者になりなさい。
主イエスは、そう言われたのです。これが、山上の説教を完成する言葉であったのです。
そして、主イエスは、一つの譬えを、語られました。
岩の上に建てられた家と、砂の上に建てられた家の譬えです。
ここに二つの家が建てられました。一見したところ、この二つの家に、違いはありません。
外観も変わらず、同じ材質が使われています。家のサイズも、間取りも同じです。
また、建てられている場所も環境も違っていません。一方が安全地帯で、片方が危険地帯ということはありません。
マタイによる福音書だけを読んでいると、私たちは、賢い人は、最初から岩場に家を建て、愚かな人は、砂地に家を建てた。建てた場所が、元々違っていた、と思いがちです。
でも、この御言葉の平行記事である、ルカによる福音書6章47節~49節を見ますと、そこには、こう書かれています。
「わたしの言葉を聞き、それを行う人は、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人に似ている。しかし、聞いても行わない者は、土台なしで地面に家を建てた人に似ている。」
ここを読むと、家の土台を据えるべき岩は、目に見えていた訳ではないことが分かります。
岩は地中深くに隠れていたのです。ですから、深く掘り下げなくては、岩に到達しないのです。賢い人は、その手間を惜しまずに、根気よく地面を掘り下げました。
しかし愚かな人は、この手間を省いて、砂の上に、直接家を建ててしまったのです。
外から見れば、二つの家は、同じような土地に、同じように建てられているので、違いは見えません。しかし、見えないところで違っていたのです。
茅ヶ崎恵泉教会の新会堂建築にあたっても、土台をどうするかは、慎重に検討されました。
まず、地下20メートルまでのボーリング調査を、6カ所にて行い、大地震が起きても、流動化現象は起きないことを確認しました。
そして、土台を据えるため、かなり深く地面を掘り、大量のコンクリートを流し込みました。
48台ものコンクリートミキサー車が、近くの大通りに待機していて、携帯電話の連絡を受ける度に、次々に工事現場に現れて、コンクリートを流し込んでいきました。
延々と続く、その作業を見つめながら、私は、こんなに頑丈な土台が、本当に必要なのだろうか、とさえ思った程でした。
しかし、土台は大切なのです。でも、それは目には見えません。土台にどれほどの手間を掛けたかは、外側からでは分からないのです。でも、その違いは、必ず現れます。
24節には、「岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている」、と書かれています。
興味あることに、この「似ている」という言葉は、未来形となっています。
つまり、将来、賢い者とされるだろう、という意味なのです。違いは、今は見えないのです。
でも、将来、激しい嵐のような、大きな試練が来た時に、その違いがはっきりする。
病気や、事業の失敗や、愛する家族を失う、というような、人生における大きな嵐。
その嵐が襲った時に、その違いが明らかになる。
主イエスの言葉を聞いて行うか、或いは、聞いても行わないか。この二つの生き方が、どんなに違うかが、その時に明らかになる、というのです。
さて、ここまで聞かれて、皆さんは、心の奥底で、どう思われているでしょうか。
ここで語られていることは良く分かる。その通りだと思う。
でも、山上の説教の御言葉を行えと言われても、そんなことは、とてもできない。
「汝の敵を愛せよ」。「人を裁くな」。「地の塩、世の光として生きよ」。「富を愛することを止めて、神のみに仕えよ」。「人からして欲しいと思うことは、人にもその通りにせよ」。
これらの御言葉は、本当に素晴らしい。このように生きられたら、どんなに良いかと思う。
しかし、自分には、とてもできない。自分には、厳し過ぎる。
そもそも、主イエスの語られたことは、理想に過ぎないのではないか。建前ではないのか。
或いは、主イエスは、私たちに、到達できない努力目標を、示しておられるのではないか。
そうであるなら、出来なくて当たり前ではないか。
こんな厳しい教えを実行する者が、岩に上に建てた家であると言うなら、誰もそんな家にはなれない。誰もが、砂の上に建てた家に、なってしまうのではないか。
このような思いが、私たちの心の中に、生まれて来るのではないでしょうか。
山上の説教の御言葉を行なうことが出来ないなら、私たちは、砂の上に建てた家のように、いざという時に滅んでしまう。
もしそうであるなら、この山上の説教の言葉は、祝福の言葉ではなく、私たちを、絶望の淵に陥れる、恐ろしい言葉になってしまいます。
芥川賞を受賞し、主婦作家として活躍した、重兼芳子さんは、19歳の時に洗礼を受けて、クリスチャンになりました。
しかし、聖書の指し示す生き方と、自分の実際の生き方とのギャップに悩み続けたと、語っています。彼女はこう書いています。
「若い頃、私はイエスに従ってゆきたい、イエスの真似をして生きてゆきたいと、心から願いました。そう願っても、現実の生活は不可能に近いのです。
イエスの生涯が少しずつ自分のなかに浮き彫りにされてゆくにつれて、私自身が抱えている闇の領域がいかに深いかが、見えはじめてゆくのです。
イエスの愛の内容を知るにつれて、自分の愛の醜さが、鏡に映すように映し出されてしまうのです。
その落差が絶望的に大きいので、私は聖書を閉じてしまいました。とても私には真似のできない世界です。手の届かない書物です。」
重兼さんは、主イエスの御言葉に従って、生きて行こうとしました。
しかし、そうすればする程、ますます自分の罪の深さを、知ることになってしまったのです。
主イエスの愛を知れば知る程、自分が、如何に真実の愛から遠い者であるかを、思い知らされることになってしまったのです。
重兼さんが言うように、御言葉の通りに生きて行くことは、私たちには不可能なのです。
でも、だからと言って、御言葉を行うことを、初めから諦めてしまって、主イエスの言われたことは、実現不可能な理想、建前なのだ、と勝手に決め付けてしまって良いのでしょうか。
主イエスは、「これは、あなた方には、実行不可能だから、諦めても良い」、などとは一言も言われていません。
これは理想であり建前なのだから、まともに取り組まなくても良い、とは言われていません。
何の条件も付けずに、「汝の敵を愛せよ」、と言われたのです。
主イエスが、そう言われたからには、私たちは、主の導きを信じて、小さな一歩を、踏み出すしかありません。
そして、その小さな一歩を踏み出した時、私達は、初めて、身をもって悟るのです。私たちには、そのような生き方は、とてもできない。私たちは、絶望的に、愛から遠く離れている。
そのことが、頭だけでなく、身をもって、分かって来るのです。
もう一度、御言葉をよく読んでみたいと思います。ここで、主イエスは、「行う者」と言っていますが、「実行できる者」、とは言われていません。「行う」と、「できる」とは違うのです。
「行う」ということ、英語の「do」、と「できる」ということ、英語の「can」とは違うのです。
主イエスが、「せよ」と言われているのですから、私たちは行わなければなりません。
でも、御言葉を真剣に行おうと、一歩踏み出す時、私たちは、如何にそれができないかを、思い知らされます。自分の罪の深さを、思い知らされます。じっとしていては分かりません。
空に向かって、飛び上がろうとする時に、地面へと引き戻す、引力の強さが初めて分かるように、御言葉を行おうと、一歩踏み出す時に、罪の力の大きさが初めて分かるのです。
主の御言葉に生きようと、一歩踏み出した時、それが出来ない罪の深さが、良く分かります。
しかしだからこそ、主の十字架が、自分にとって、なくてはならないものだと、分かるのです。
十字架なくしては、決して赦されることのない自分であることが、本当に分かって来るのです。
「主イエスの十字架、我が為なり」、と心から告白する者とされるのです。
岩の上に土台を置いて、家を建てるとは、この十字架の赦しを信じる信仰を、土台とした生き方のことです。私たちが立つべき岩とは、この十字架の赦しの愛です。
主イエスの十字架の愛の上に堅く立つ。それが、岩の上に土台を置いて、家を建てる生き方なのです。
主イエスは、私たちの言葉や行いの立派さの上に、人生の土台を置け、とは言っておられません。
そんなものの上に、建てられた家は、危なっかしくて、とても住めたものではありません。
私たちが、人生の土台を据えるべき、本当にしっかりとした岩は、主イエスの十字架の愛です。この十字架の愛こそが、岩なのです。
この岩の上に、土台を置いて築かれている人生は、全てを押し流そうとする洪水が襲ってきても、揺り動かされずに、しっかりと立ち続けることができます。
主イエスは、この時、既に、御自身が十字架にかけられることを、決意しておられたのです。
山上の説教は、この十字架の赦しの愛を、知っている者に、与えられた言葉なのです。
主イエスは、言われています。あなた方が、私の言葉に真実に生きようとして、一歩踏み出す時、あなた方は、初めて、自分の罪深さを、身をもって知るだろう。
その時、初めて、私の十字架の意味が分かるだろう。そこに立つことこそが、岩の上に立つということなのだ。
命懸けで、赦しの御言葉を語ってくださった、主イエスに、感謝しつつ、十字架の愛という岩の上に、家を建てさせて頂きましょう。