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過去の礼拝説教

「引き止めずに祈ってください」

2019年06月16日 聖書:使徒言行録 21章1節~16節

私たちは、聖日礼拝において、パウロの、第三回伝道旅行の足取りを、辿っています。

その第三回伝道旅行も、今朝の箇所で、終わりになります。

ミレトスの港で、パウロは、愛するエフェソの教会の長老たちと、涙の別れをしました。

もう二度と、顔を合わせることがないだろう。今生の別れとなるだろう。

身を引き裂かれるような思いで、エフェソの人たちに別れを告げて、ミレトスを発ちました。

パウロたちの乗った船は、フェニキアのティルスで、荷揚げのために、7日間停泊しました。パウロは、その時間を、無駄にしませんでした。

パウロは、そこに、クリスチャンがいるかどうかを、捜しました。いえ、必ずいる筈だ、という確信をもって、捜したのです。

なぜなら、ステファノの殉教の後に起きた大迫害によって、フェニキアにも、信徒たちが散されて行ったことが、分かっていたからです。パウロは、その人たちを、捜しました。

そして、その人たちに、出会うことができました。何という、巡り合わせでしょうか。

20年程前には、クリスチャンを、気が狂ったように、迫害していた、パウロでした。

そのパウロが、今や、命懸けで、福音を宣べ伝える伝道者として、迫害していた人たちの前に、姿を現したのです。

ティルスのクリスチャンたちは、そのパウロを、どのように迎えたでしょうか。

彼らは、過去のわだかまりを、一切捨てて、心から、パウロを歓迎したのです。

どうして、そんなことが、できたのでしょうか。それは、すべては、神様のご計画であった、という信仰に、導かれていたからです。

かつてパウロは、サウロと呼ばれていました。そのサウロの迫害によって、エルサレムのクリスチャンたちは、各地に散されていきました。

その時は、なぜ、このような試練に遭うのか、理解できませんでした。

しかし、振り返って見ると、散されたお蔭で、このティルスの町にも、福音が宣べ伝えられ、教会が誕生したのです。

そして、20年の歳月が流れ、その迫害の首謀者が、何と主に仕える伝道者として、やってきたのです。

これらすべては、人間の思いを、遥かに超えた、神様の深いご計画に他ならない。

あのサウロが、今や使徒パウロとして、神様によって、用いられている。神様のなさる御業は、何と偉大なのだろう。

ティルスのクリスチャンたちも、そしてパウロも、人の思いを超えた、不思議な神様のご計画を示されて、厳粛な思いに導かれたと思います。

お互いが、「今あるは、神の恵み」、という信仰に立って、受け入れ合ったのです。

もし神様の恵みに、真実に生かされているなら、あらゆる過去のいきさつを乗り越えて、信仰者は、一つとなることができます。感謝して、同じ恵みに生きることができます。

パウロと、ティルスのクリスチャンたちは、恐らくこの時、初めて出会ったのだと思います。

でも、たった一週間の滞在でしたが、同じ主に連なる兄弟姉妹として、何十年来の友人のように、温かい交わりを持ちました。

その交わりの中で、ティルスのクリスチャンたちは、パウロが、エルサレムで受ける迫害と危険を、聖霊によって示されました。

ですから、彼らは、エルサレムには行かないようにと、パウロに、繰り返して言ったのです。

しかし、パウロは、危険を承知の上で、エルサレムに上京する、決意を表しました。

それは、彼が、エルサレムに行くことに、強い使命を持っていたからです。

20章の22節~24節で、パウロは、エフェソの人たちに、こう言っています。

「そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません。ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています。しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。」

なぜ、パウロが、このような決意をすることができたのか。それは、託されている使命に対する、強い責任感の故でした。

また、その使命を果たすまでは、主は、必ず守ってくださるという、神様に対する、絶対的な信頼があったからです。

パウロは、確かに、「命すら決して惜しいとは思いません」、と言っています。

けれども、それは、「任務を果たすことができさえすれば」、という条件を伴ったものであったのです。決して、ただ殉教の死に憧れる、無鉄砲な、蛮勇ではありませんでした。

ではパウロが、聖霊によって示された任務とは、どのようなものであったのでしょうか。

それは、ユダヤ人の迫害によって、経済的に苦しんでいた、エルサレム教会を助けるための、献金を届けるという任務でした。

パウロは、ギリシアやガラテヤの諸教会に、熱心に、献金を呼び掛けました。

私たちの信仰のルーツである、エルサレム教会が、今、苦しんでいる。

私たちは、エルサレム教会から、様々な霊的な恵みを頂いた。だから今度は、私たちが、エルサレム教会に、お返しをする番だ、と呼び掛けたのです。

このパウロの呼び掛けに応えて、ギリシアやガラテヤの諸教会が、献金をささげました。

彼らも、決して豊かであった訳ではありません。しかし、このパウロの呼び掛けを、主からの呼び掛けと捉えて、貧しい中から、尊い献金をささげたのです。

パウロは、その献金を届けるという任務を、託されていました。しかし、それだけではありませんでした。

この献金は、単に、エルサレム教会の窮乏を救うため、だけではなかったのです。

エルサレム教会の、ユダヤ人クリスチャンの中には、異邦人クリスチャンを、まだ心から受け入れていない人たちが、多くいたのです。

彼らは、未だに、「やはり割礼を受けなければ、救われない。食物規定を守らなければ、神の民とは認められない」、という思いから、抜け切れずにいました。

それらの人たちが、異邦人クリスチャンを、心から受け入れなければ、主の教会は、一つになりません。

この献金には、ユダヤ人クリスチャンと、異邦人クリスチャンが、一つになって欲しい、というパウロの、いえ、主イエスの切なる願いが、込められていたのです。

教会を一つにするという、大切な任務を果たすためには、パウロは、命さえも惜しいとは思わない、と言っているのです。

やがて、船が出航することになったので、パウロたちは、ティルスを去ることになりました。

僅か一週間の交わりでしたが、パウロたちが出発する時、ティルスの教会の信徒たちは、奥さんや、子どもたちを、皆引き連れて、海岸まで見送り、ひざまずいて一緒に祈りました。

美しい地中海、輝く砂浜。その海岸にひざまずいて、麗しい祈祷会が持たれました。

キリスト者は、初めて訪れた地でも、このような麗しい祈りの輪に、加わることができます。

世界中、どこででも、教会があるところには、このような美しい出会いがあります。

キリスト者は、世界のどこに行っても、このような祈りの友を、与えられます。

それは、大きな恵みであり、キリスト者の特権であると思います。

私も、金融界で働いていた時、出張先の町で、その地の教会を訪れ、祈り合う恵みを、しばしば経験しました。

ある時、香港の本部から、急な呼び出しを受けて、急いで飛行機に乗って駆けつけました。

そして、社長から、突然の解雇通告を受けたのです。全く予期していなかったことでした。

茫然自失の内に、香港日本人教会の、夜の祈祷会に出席し、皆に祈ってもらいました。

その時、ある姉妹が、こんな祈りを献げてくれました。「神様、あなたは、無意味に人を苦しめるお方ではありません。この時を、柏兄弟にとって、必ず恵みの時としてくださることを信じて、感謝します。」

突然首になって、落胆している人を前にして、何と「感謝します」、と祈ったのです。

考えようによっては、随分と失礼な祈りです。しかし私は、この祈りに、強く励まされました。

「そうだ、神様は、必ずこれを、恵みに変えてくださる」。そう示されたのです。

そして、この祈りに支えられて、失業時代の苦労を、乗り切ることができたのです。

旅先における祈祷会での、恵みの出来事でした。このような祈りの場が、どこに行っても、用意されています。そして、キリスト者は、その恵みに与ることができるのです。

さて、パウロは、ティルスからプトレマイスに行き、そこでも、信仰を同じくする兄弟たちとの、親しい交わりを、喜び合いました。そして、その後、カイサリアに向かいました。

パウロは、カイサリアでは、福音宣教者フィリポの家に滞在した、と書かれています。

このフィリポは、「例の七人の一人」であったと、書かれています。

「例の七人」とは、6章で紹介されていた、「七人の執事」のことです。彼らは、使徒たちを助け、教会を運営するために、選ばれた人たちでした。

その七人のリストの、筆頭に挙げられているのは、最初の殉教者となったステファノです。そして、その次に、名前を挙げられているのが、このフィリポです。

カイサリアに到着したパウロは、そのフィリポの家に、滞在しまた。

そこで、どんな会話が、なされたのでしょうか。聖書には書かれていませんが、私は、こんな想像をしてみました。

「パウロさん、良くお出で下さいました。あなたが、異邦人の間で伝道し、世界各地に教会を建てたことは、私も聞いて、知っています。素晴らしいことですね。」

「いえ、いえ、フィリポさん、あなたの働きこそ、素晴らしいです。あなたが20年ほど前、サマリヤで伝道して、リバイバルを起こしたこと、また、ガザに向かう途中に、エチオピアの高官に、個人伝道をしたことも伺っています。

お互いに、私たちのような者を、そのように用いてくださった、主を賛美します。」

「本当に、そうですね。ところで、パウロさん、私がエルサレム教会で、七人の執事の一人だったことは、ご存知ですか。」

「はい、知っています。私がイエス様を知らない時に、石打ちにしてしまった、ステファノさんとは、とても仲が良かったそうですね。」

「そうなんです。ですから、あの石打ちは、とても辛かったのです。そして、その迫害の責任者だったあなたを、ずっと赦せない気持ちでした。」

「本当に、申し訳ないことをしました。どんなに悔い改めても、赦していただけないと思います。でも、何と、主イエスは、赦して下さったのです。主に感謝します。」

「そうですか。今は、私も、あなたを赦しています。そんなあなたを、我が家にお迎えできるなんて、神様の御業は、本当に不思議ですね。」

このように、神様を賛美し、感謝したのではないでしょうか。そしてお互いに、励まし合ったのではないでしょうか。私は、そのように想像しています。

カイサリアでの、もう一つの出会いは、アガボという預言者との出会いでした。

11章28節には、このアガボという預言者が、世界中に大飢饉が起きると預言し、その通りになった、と書かれていました。

ですから、この人の預言の確かさは、既に立証済みであったのです。

そのアガボが、ユダヤからカイサリアにやってきて、聖霊に導かれて、預言をしました。

彼は、パウロの帯を取って、自分の手と足を縛って言いました。「エルサレムでユダヤ人は、この帯の持ち主をこのように縛って異邦人の手に渡す。」

この預言を聞いて、パウロの同行者たちは、カイサリアの人たちと共に、エルサレムには行かないようにと、パウロに熱心に頼みました。

さすがのパウロも、身内同然の彼らの、涙ながらの懇願には、少なからず動揺しました。「わたしの心をくじいたり」、という言葉に、それが現れています。

でも、パウロは、その動揺から、直ぐに立ち直り、毅然として言いました。「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」

これは、十字架につかれるために、エルサレムに向かって、真っ直ぐに歩んでいかれた、主イエスのお姿を、想い起こさせます。

主イエスが、十字架につかれることを、予告された時、ペトロは、それを止めようとして、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」、と主イエスをいさめました。

しかし、返ってきたのは、「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている」、という厳しい言葉でした。

ペトロは、主イエスのことを思って、善かれと思って、そう言ったのです。では、その言葉を、主イエスは、喜ばれたでしょうか。答えは、NO!です。

主イエスは、最愛の弟子である、ペトロに、「サタン、引き下がれ」とまで、言わなければ、ならなかったのです。

何故でしょうか。それが、神様の思いではなく、人間の思いから出た言葉だったからです。

考えてみてください。その時、もし、主イエスが、ペトロの言葉に応じられて、「そうかい。それなら、十字架にかかるのを止めるよ」、と言われたなら、どうなっていたでしょうか。

私たちは、永遠に、罪の奴隷と、なっていたでしょう。そして、それこそ、サタンの思う壺であったのです。

主イエスは、ペトロの言葉を、退けられて、十字架への道を、選び取ってくださいました。サタンの虜となっている、私たちを救い出すためです。

しかし、その決断は、主イエスにとっても、決して、容易いものではありませんでした。そのために、主イエスは苦しまれました。

あのゲツセマネにおいて、血の滴りのような、汗を流されて、「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」、と苦しみ、もだえて、祈られました。

しかし、最後には、「あなたの御心が行われますように」、と祈られたのです。そして、十字架に向かって、敢然として、歩んでいかれました。

この時のパウロもそうでした。愛する弟子たちの、涙ながらの願いに、心が動揺しました。しかし、主から与えれた任務を、しっかりと握り締め、そこに堅く立ったのです。

「死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」 この言葉を聞いて、周りの人々は、「主の御心が行われますように」、と言って、黙ってしまいました。

これは、どうにでもなれ、という諦めではありません。頑固だなあと、呆れたのでもありません。最後は、主の御心がなることを、心から祈ったのです。

私たちも、この様な出来事に、ぶつかることが多いと思います。

私の恩師のS先生は、国立大学の研究所に、公務員として勤務する、化学者でした。しかし、献身して牧師になりなさい、という主の召命を受けました。

S先生は、ご自身の信仰の導き手でもある、お父様に相談しました。するとお父様から手紙がきました。お父様は、祈りに祈られたそうです。

そして、その祈りの結果が、送られてきたのです。それは、「お前は、口下手だから、伝道者には向かない。信徒として、教会を支えた方が良い」、というものでした。

しかし、最後に、「どうか、主の御心がなりますように」、という祈りの言葉が、記されていたそうです。

それを受けて、S先生も、より一層真剣に祈られました。そして、献身することが御心だと、はっきりと示されたのです。

お父様も、S先生も、聖霊の導きを求めて、祈られました。

しかし、決定したのは、S先生ご自身でした。お父様は、その決心を尊ばれて、「御心がなりますように」、とS先生を、主の御手に委ねたのです。

パウロと信徒たちの間にも、S先生親子の間にも、信仰者の交わりの、真実の姿があります。愛する人の身を案じ、心配することは、家族として、或いは、仲間として当然です。

しかし、そのような人間の思いよりも、神様の御心に従うことを、第一としているのです。

それができるかどうか。それが問われます。そこに、私たちの交わりが、主にある交わりとなるかどうかが、かかっています。

人間としての思いを尽くして、相手に対して心を配ることは、大切です。

しかし最後には、「主の御心が行われますように」、という祈りに導かれる。それが、私たちの交わりの、あるべき姿です。

最後には、主の御心を、第一としていく。そのような交わりの中で、私たちは、主によって、一つとされ、自らの思いに固執することから、解放されていくのです。

茅ケ崎恵泉教会の交わりも、そのような交わりでありますように、祈りつつ、歩んでまいりたいと思います。