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過去の礼拝説教

「「御父の沈黙と御子の決断」ゲツセマネの祈り」

2014年04月13日 聖書:マタイによる福音書 26章36節~46節

先ほど、読んでいただいた御言葉は、「ゲツセマネの祈り」の箇所です。

主イエスは、最後の晩餐を取られた後、弟子たちと共に、オリーブ山の麓にある、ゲツセマネという所に行かれました。

この場所の名前の、「ゲツセマネ」とは、「油絞り」という意味だそうです。

オリーブ山という名前が示しているように、ここにはオリーブの木が沢山生えていて、季節になると、オリーブの油を絞るために、多くの人が、ここで汗を流して働いたのです。

人々が、生活のために、汗を流して油を絞った、その場所で、主イエスは、私たちの救いのために、血のような汗を流して、祈られたのです。

40節に、「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか」、という御言葉があります。

この、「いっとき」と訳されている言葉は、その意味を正確に尋ねますと、実は二時間くらいの長さである、と言われています。

「いっとき」という日本語は、二時間よりは、ずっと短い時間を思わせます。ですから、ここを読みますと、いかにも弟子たちが、だらしないような印象をもってしまいます。

弟子たちは、主イエスが祈りだされたとたんに、グーグー寝込んでしまった。そのような印象を持ってしまいます。しかし、主イエスは、二時間も祈り続けられたのです。

弟子たちも、初めの内は起きていて、主イエスのために、一生懸命に祈ったと思います

しかし、二時間も祈り続けるのは、そんなに簡単なことではありません。

皆さんは、真夜中に一人で、二時間も祈り続けた経験をお持ちでしょうか。

実は、私は、一度だけあります。アシュラムという集会に参加したときのことです。

アシュラムでは、「不断の祈り」と言って、アシュラムの期間中、常に誰かが祈祷室に入って、必ず祈っている、ということを大切にしています。

開会礼拝の後に、「不断の祈り」の予定表が張り出され、その予定表の一時間毎の升目に、示された祈り手が、自分の名前を書き込んでいきます。

ある年、夜中の二時から三時の時間帯がなかなか埋まらずに残っていました。

それを、脇で見ながら、私は見て見ぬ振りをしていました。

「二時から三時か、一番眠い時だな。自分には無理だ。無理、無理。無理はよそう」。そう思って見て見ぬ振りをしていたのです。

でも、そのことが気になって仕方がなくなってしまって、「えい、きっと、これも神様が用意された恵みだ!」と、無理に自分に言い聞かせて、そこに名前を書き込みました。

書いた途端に、「しまった!」と思いました。でも、消すわけにもいかないので、夜中の二時に祈祷室にいきました。

アシュラムの「不断の祈り」では、一時間後に、もし次の祈り手が来なかったときは、その人が、そのままもう一時間続けて祈ることによって、「不断の祈り」を絶やさない、という決まりがあります。

眠気と戦いながら、一生懸命祈りました。30分過ぎた頃から、頭がボーっとしてきましたが、何とか一時間祈り続けることが出来ました。

ところが、一時間経っても、次の人が部屋に入ってこないのです。一瞬、嫌な予感がしました。私の次の方、三時から四時の欄に名前を書き込んでいた方は、かなりご高齢のご婦人でした。ですから、初めから、多少の不安があったのですが、その不安が現実になりました。

そのご婦人は、忘れてしまったのか、或いは、ぐっすりと寝ておられたのでしょう。とうとう部屋には来られませんでした。

結果的に、私は、夜中の二時から四時までの二時間を、祈祷室で祈り続けました。

これは、かなり激しい労働でした。祈り続けるというのは、戦いであり、労働でもあることが、このとき初めて分かりました。

そのことを思うと、弟子たちのことを、そう簡単に、「だらしがない」などと、決め付けられません。しかも、42節に、「二度目」とありますし、44節には、「三度目」とあります。

この、二度目、三度目の時間は書いてありません。でも、主イエスは、初めに二時間もたっぷり祈ったから、二度目、三度目は簡単に祈られた、というようなことはないと思います。

主イエスの祈りは、ますます深くなっていったに違いありません。ですから、二度目、三度目も、同じように長い時間をかけて祈られたのだと思います。

もし、この「いっとき」が、三度繰り返されたとしますと、合計六時間になります。

主イエスのゲツセマネの祈りは、それほど深く、激しいものであったのです。

弟子たちは、初めのうちこそ、一緒に目を覚まして祈っていましたが、やがて寝込んでしまったのだと思います。

ですから、主イエスの祈りは、深く、激しいだけでなく、孤独な祈りでもありました。

深く、激しく、そして孤独な祈りが、六時間も続けられたのです。

そして、その六時間は、最後の晩餐の時に立ち去ったユダが、祭司長たちや、民の長老たちと相談し、その人たちが真夜中に手勢を集めて、その手勢がゲツセマネまでやってくるのに必要とされた時間でした。

裏切り者と、敵対者たちが、主イエスを捕らえるために、計り事を話し合い、準備している間、主イエスは、ひたすら祈り続けておられたのです。

これは、実に激しい祈りの労働でした。労働というよりは、戦いでした。

主イエスは、この激しい祈りの戦いの中で、父なる神様に、このように願われました。

「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」。

この祈りで、主イエスは、父なる神様に、一体何をお求めになったのでしょうか。

父なる神様は、背き続ける人間を、なおも愛され、救おうとされています。

それが、父なる神様の御心です。その救いの御業を推し進めようとする時、どうしても主イエスは、ここで死ななければならないのです。それも、父なる神様の御心なのです。

しかし、その父なる神様の御心に沿う死を、主イエスは、ここで受け止めかねています。

出来ることなら、その苦しみを味わうことなく、人間を救えないだろうか。「十字架の呪いの死」以外に、道は無いのだろうか。

主イエスは、父なる神様に、「この杯をわたしから過ぎ去らせてください」、と祈られました。

キリスト教が、古代社会に伝えられ始めた頃、ギリシアの知識人たちは、この主イエスのゲツセマネの祈りを、あざ笑ったそうです。

イエスという男は、慌てふためいているではないか。弱さをさらけ出しているではないか。私たちの偉大な先生ソクラテスは、毒を飲むことを命じられた時に、平然として死についた。それに比べて、イエスの狼狽ぶりは何たることか。そう言って嘲ったというのです。

確かに、歴史上の偉人たちの中には、死に臨んでも、恐れを示さない人が多くいました。

例えば、古代教会の殉教者の多くは、皆、死を恐れないで死んでいきました。

日本でも、快川国師という僧は、織田信長によって火あぶりにされた時、「心頭滅却すれば火もまたおのずから涼し」と言って、平然と死んでいったと伝えられています。

では、主イエスは、ソクラテスや、快川国師や、或いは古代教会の殉教者たちにも劣るのでしょうか。主イエスは、なぜこんなに苦しみ、悩まれなければならなかったのでしょうか。

このことが、大きな疑問として残ります。そして、これは、長いこと教会でも問われ続けてきました。

初代教会の中にも、このゲツセマネの祈りを、そのまま伝えることに、ためらいを感じた人たちがいた、と伝えられています。

主イエスの、ここでの苦しみ方は、神の子に相応しくない。出来ることなら、その姿を覆い隠そう。そのように思った人々が、初代教会の中にいた、というのです。

しかし、幸いなことに、教会は、この主イエスのお姿を、曖昧にすることなく、正しく伝えてきました。では、主イエスは、なぜ、こんなに苦悩されたのでしょうか。

十字架は、人類の歴史上で、最も残虐な死刑の方法と言われています。

人を、最も苦しませて殺すには、どうしたらよいか。そのことを、考え抜いた末に、生み出された殺し方なのです。

人を釘付けにして、じわじわと衰弱死させる。死にたくても死なせない。それが十字架です。

私たちは、主イエスが、十字架につけられて殺されたことを、もう何十回と聞かされています。ですから、もう慣れっこになってしまって、それほど深く悲しまなくなっている、ということはないでしょうか。しかし、ある時、ケズイック・コンベンションでこんな話を聞きました。

私たちは、自分の目の前で、ナメクジが木に釘付けにされるのを見ても、「可愛そうに」、と心を痛めるに違いない。では、もし、どこかの犬や猫が、木の上に、手足を釘付けにされているのを見たら、どうだろうか。

その犬が、クーン、クーン、と苦しんで、鳴いているのを見たら、どうだろうか。

猫が、にぁー、にぁー、と苦しんで、泣いているのを見たら、どうだろうか。

「なんて酷いことをするのか」と、その夜は眠れない位にショックを覚えるのではないだろうか。それが、もし、自分の愛するペットだったら、それこそ半狂乱になるでしょう。

でも、ここでは、人間が釘付けにされようとしているのです。

しかも、私たちの救いのために、何の罪も無いお方が、十字架につけられようとしている。そのことを、私たちは、何か遠い昔の、他人事のように、思っているのではないでしょうか。

主イエスは、苦しみ、悶えて、祈っておられます、父なる神様に訴えておられます。

十字架の死を、出来ることなら避けたいと、訴えておられます。

人間としての、最大の肉体的苦しみである、十字架の死を前にして、人となられた御子イエス・キリストが、苦しみ悶えておられる。

このことが、主イエスの苦悩の理由であると、昔から言われてきました。

私は、勿論、そのことを否定する積もりはありません。

確かに、その苦しみは、私たちの想像を絶するほどに、大きかったと思います。

しかし、果たしてそれだけなのでしょうか。それが、苦悩の最大の理由なのでしょうか。

十字架における肉体的な苦しみだけを、主イエスは恐れ、悶えておられたのでしょうか。

主イエスの苦しみは、それだけではないと思います。

もし、十字架の肉体的な苦しみだけを、恐れていたのであれば、主イエスは逃げ出せばよかったのです。もともとエルサレムになどに、敢えて上って来なければ良かったのです。

十字架の苦しみは、避けようと思えば、避けられた筈です。

そのことを思うと、主イエスが、恐れられた苦しみとは、肉体が痛めつけられる、という苦しみだけではなかったことが分かります。

肉体的な苦しみを超える、もっと大きな、もっと深い苦しみが、実はあったのです。

それは一体、何だったのでしょうか

それは、私たちの代りに、神に呪われ、神に見捨てられることに対する、恐れ、苦しみです。

主イエスにとって、耐え難い苦しみとは、最愛の父と、引き裂かれることでした。

主イエスは、父なる神様と、本当に一つでした。

父なる神様と一つであること。それが、主イエスの最大の喜びであり、支えであり、すべてでした。父なる神様と一つであれば、どんなことにも耐えられる。

宣教の苦しみも、飢えも、寒さも、病も、孤独も、そして十字架の死でさえも、主イエスは恐れておられなかったのです。しかし、ここでは、主イエスは、恐れておられます。

最愛の父なる神様から、引き裂かれ、見捨てられることを、恐れておられるのです。

父なる神様に敵対する者として、父なる神様から呪われ、断罪され、打ち捨てられることを恐れておられるのです。

神なき世界の恐ろしさを、主イエスは、誰よりもよくご存知だったのです。

殉教者は、神様のため、教会のため、或いは自分の救いのために死にます。つまり、良いことのために死ぬのです。それが殉教者の死です。

また、ソクラテスも快川国師も、自分の理想や信念のために死んだのです。

しかし、主イエスの死は、そういう意味での、良いことのために死ぬ死ではなく、私たち罪人の代わりに、神の敵として、神に呪われて、神に見捨てられて死ぬ、という死なのです。

十字架の死だけなら、たとえそれが、人間にとって極限の苦しみであったとしても、ここまで主イエスは苦しまれなかったでしょう。

しかし、最愛の父から、完全に見捨てられることの、悲しみ、苦しみ。神なき世界の暗黒に、打ち捨てられることへの恐れ。

それこそが、主イエスにとって、最も苦い杯に他ならなかったのです。ですから、主イエスは祈られたのです。必死になって、6時間もかけて、血の汗を流して、祈られたのです。

そして、遂にその苦い杯を引き受けてくださいました。

もし、この時、主イエスが、この杯を拒否されたなら、私たちが、神に見捨てられる苦しみを、味合わなければならなかったのです。

しかし、本来、私たちが飲むべき苦い杯を、主イエスは、選び取ってくださいました。

この計り知れない恵みに、私たちは、どう感謝すべきか、言葉を持ち合わせていません。

さて、聖書には、この主イエスの祈りに、父なる神様が答えられたとは、書かれていません。父なる神様は、この主イエスの必死の祈りに、一言も答えておられません。終始無言です。

父なる神様の答えは、「沈黙」でした。父なる神様ご自身であっても、語る言葉を持っておられなかったのです。

それほどまでに、父なる神様もまた、苦しまれたのです。悶え、苦しまれたのです。

最愛の独り子を、御自分の敵として、滅ぼさなければならない。

最愛の独り子、主イエスと引き裂かれる苦しみ。父なる神様もまた、この時、同じ苦しみを味わっておられたのです。

祈り、叫び、訴える独り子の声を聞きつつ、答える言葉を持っておられなかった。

ただ、沈黙される他なかったのです。

そして、主イエスは、その父なる神様の沈黙の中に、答えを聞き取っていかれました。

父なる神様の沈黙の中に、その御心を悟っていかれたのです。

背き続ける人間を、尚も愛し続け、何とかして救いたいと願われる御心。

そのためには、人間に代わって、最愛の独り子が、彼らの罪を背負って、十字架に死ぬ他はない、と決心された御心。その御心を、沈黙のうちに、聞かれていかれたのです。

そのような戦いを経て、最後には、「御心が行なわれますように」、という祈りに導かれたのです。父の御心に、全く委ねるという祈りに、導かれたのです。

沈黙と聞くと、私たちが直ぐに思い浮かべるのが、遠藤周作の「沈黙」という小説です。

「沈黙」の主人公、ロドリゴ神父は、キリシタンの信徒たちが、厳しい拷問を受けて、呻き続ける声を聞きながら、キリストに訴えます。

「主よ、あなたは、今こそ沈黙を破るべきだ。もう黙っていてはいけぬ。あなたが確かにおられ、あなたが愛の存在であることを、証明するためにも、何かを言わねばならない」。

この小説の中で、ロドリゴ神父は、最後に踏み絵を踏みます。

その時、この小説において初めて、キリストが沈黙を破って語ります。

「踏むがいい。私は、お前たちに踏まれるためにこの世に生れ、お前たちの痛さを分かつために十字架を背負ったのだ」と。

このように、小説では、最後に、優しい、愛に満ちたキリストの姿が描かれています。

この箇所は私も大好きな場面です。ところが、亀井勝一郎という文芸批評家は、この場面に対して、批判的なのです。亀井は、こう言っています。

「この場合、最後までキリストをして沈黙せしめよ、と私は言いたい。…….その時なすべき唯一のことは、ロドリゴ自身の沈黙であり、つまりは『委ねる』という態度である。『委ねる』とは、父なる神へのあらゆる分別を捨てた、捨て身の行為である」。

そして、更に続けて、亀井はこう語っています。

「あの夜、ゲツセマネには、絶対の孤独、それこそ最終の沈黙があった。ロドリゴは雄弁にすぎた。それは、『委ねる』という境地に比べたらつまらないものだ」。

父なる神様と、御子イエス様が、深い、究極の沈黙の中で、御心と御心をぶつけ合う。

それを通して、主イエスは、何としてでも人間を救いたいという、父なる神様の固い御決心を悟り、「御心に委ねる」という、捨て身の行為を、選び取られたのです。

主イエスは、このゲツセマネの祈りを通して、父なる神様の、無言の御心を聞き取られ、それを受け入れられました。

そして、その後は、ただひたすらに、父なる神様の御心に、従順に歩まれました。

どんなに人々が、「もし、神の子なら、十字架から降りて来い。そうしたら信じよう」、と嘲っても、十字架の上に、留まり続けてくださいました。

本来、私たちが、受けるべき苦しみを、自ら負ってくださいました。

この大いなる愛。計り知れない愛を、心から感謝していくお互いでありたいと思います。