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過去の礼拝説教

「主の愛に迫られて」

2013年06月02日 聖書:コリントの信徒への手紙二 5:13~15

突然、こんなことを質問されてびっくりされると思いますが、皆さんは、挟み撃ちに遭われたことがあるでしょうか。戦国時代でもあるまいし、挟み撃ちなんかに遭う訳ないでしょう。

きっと皆さんは、そうお答えになると思います。

しかし、「実は、私たちは挟み撃ちにされているのだ」ということを、今朝はご一緒に学びたいと思います。

先ほど、コリントの信徒への手紙二の5章13節から15節までを読んで頂きました。

この手紙は、使徒パウロが、愛するコリントの教会の人たちに宛てた手紙です。

パウロは、この手紙を、切なる思いをもって書いています。

この手紙の2章4節では、「涙ながらに手紙を書きました」、とさえ言っています。

パウロは、なぜ涙を流しつつ、手紙を書いているのでしょうか。

それは、心が通じないからです。思いが届かないからです。

コリントの教会は、他でもないパウロ自身がたてた教会です。

それなのに、その教会の人たちと、心が通じないのです。思いが届かないのです。

コリントの教会の信徒の中には、公然とパウロを批判する人たちもいました。

パウロがあまりにも熱心に伝道するので、とてもついて行けないと感じた人たちもいました。それらの人たちの中には、パウロは、常軌を逸している、正気ではない、と言って批判した人たちもいたようです。

13節の言葉は、そのような批判に対するパウロの答です。

「わたしたちが正気でないとするなら、それは神のためであったし、正気であるなら、それはあなたがたのためです」。

パウロは、他の場面でも、「お前は正気ではない。頭がおかしいんじゃないか」、と言われたことがあります。

パウロが最後にエルサレムに上った時、彼はユダヤ人たちに捕えられ、ローマ総督のいるカイサリアに送られました。

パウロは、そこで、総督フェリクスとアグリッパ王の前に呼び出されました。

しかし、パウロは、そこでも二人に対して延々と説教をしたのです。

総督フェリクスもアグリッパ王も、しまいには「パウロ、お前、頭がおかしいんじゃないか。お前は、勉強しすぎて、頭がおかしくなったんじゃないか。たった1回の説教で私たちをキリスト信者にしてしまうつもりなのか」、と怒り出してしまったと聖書は伝えています。

このように、パウロは、時には正気ではないように見えたこともあったようです。

しかし、パウロは、もし私が正気でないように見えるとするならば、それは神様の栄光のためなのだ、と言っています。

でも、コリントの教会の人たちに対しては、パウロは、いつも正気で、確かな心をもって接していました。パウロは、狂わんばかりに神様を愛する一方で、確かな思いを持って、教会に仕えていたのです。

「正気ではない」という言葉は、「我を忘れている」と言い換えても良いと思います。

我を忘れているということを、更に突き詰めて言うなら、自分を捨てているということです。

自分を捨てている。つまり、自分自身のために生きているのではなくて、神様のために生きているのです。

パウロは、もし私が、正気でないなら、もし我を忘れているなら、それは神様のためなんだ、と言っているのです。でも、正気であるなら、つまり我を忘れていないなら、それは、あなた方のためである、と言っています。

あなた方の間では、我を忘れることなく、いつも穏やかな気持ちで、どこまでもまともに接してきたではないか。パウロは、自分の批判者たちに対して、このように反論しています。

ここで注意していただきたいことが、一つあります。

それは、パウロが、「わたしたちは」と言っていることです。「わたしは」ではないのです。

これは、パウロだけのことではないのです。すべての伝道者について言えることなのです。

いえ伝道者だけではありません。すべてのキリスト者についても、言えることなのです。

私たちも、パウロに倣って、神様のために、我を忘れて伝道することがあります。

その時、気をつけなければならないことは、相手の人に対しては、我を忘れてはいけない、ということです。いつも穏やかな気持ちでいなければならない、ということです。

言いかえれば、一方的にならずに、相手の人に通じる言葉、相手の人が受け入れ易い言葉で、語らなければいけないということです。

私たちは、このことを、いつも心に留めておかなければならないと思います。

長年、名古屋で熱心に伝道してきた、アメリカ人の婦人宣教師がいました。

ある時、彼女は、求道中の姉妹からこんなことを言われました。「あなた方クリスチャンは、熱心に伝道するけれど、ちっとも私を愛してくれないではないですか。私を伝道の対象としてしか見てくれていないではないですか。私はもっと愛して欲しいのです」。

その婦人宣教師は、この言葉を聞いて、頭をハンマーで殴られたようなショックを受けたそうです。そして、本当に悔い改めて、それからは自分の思いを達成するために伝道するのではなく、徹底的に相手の立場に立って、相手の気持ちに寄り添うことを心がけるようになったそうです。私たちも、自らの伝道の姿勢を、改めて顧みたいと思います。

さて、パウロが、我を忘れて、神様の栄光のために働くのも、或いは、あくまでも穏やかな気持ちで教会の人々に仕えるのも、一体何によるのでしょうか。

その力はどこから来るのでしょうか。

14節でパウロは、それは、キリストが私たちを愛してくださった、その愛によるのだと言っています。 「なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです」。

キリストの愛こそが、パウロに、このような生き方をさせた力の秘密だというのです。

なぜ、こういう生き方をしているのか。私はこう生きようと、自分で選んだのではなくて、キリストの愛に駆り立てられたからだ、というのです。

この「駆り立てている」という言葉は、以前の口語訳聖書では「強く迫っている」と訳されていました。 もっと古い文語訳聖書では、「キリストの愛、我らに迫れり」と訳されていました。

「キリストの愛、我らに迫れり」。 皆さん、この御言葉に見覚えはありませんでしょうか。

この御言葉は、私の愛誦聖句の一つですので、書道の先生にお願いして、いくつかの短冊に揮毫していただきました。その短冊の一つを、一か月余り前に、この会堂の後方の、母子室のガラスの脇の柱にこっそりと掛けさせていただきました。

お気付きになられた方もおられますし、気付かれておられない方もいらっしゃると思います。しかし、気付かれておられようと、おられまいと、皆さんは、聖日毎に、この御言葉に迎えられて礼拝を献げ、またこの御言葉に見送られてお帰りになっておられるのです。

今まで気づかれなかった方も、今日は、是非立ち止まって、この御言葉をじっくりと味わって、お帰りいただきたいと思います。

「キリストの愛、我らに迫れり」。

迫るといっても、色々な迫り方がありますが、ここで使われている言葉は、元々は「板ばさみにする」とか、「挟み撃ちにする」という意味の言葉です。

二つの壁にギュッと挟まれている、というような意味の言葉です。

両方からはさみつけるように、キリストの愛が迫ってくるのです。

そのため、パウロは、自分では、もう何もすることができない。

ただ迫ってくるキリストの愛に押し出されるだけだ、と言っているのです。

戦前のことですが、この御言葉を最愛の聖句としていたある老牧師がいました。

その先生は、説教に最中に、突然、「キリストの愛、我らに迫れり」と言って、じっと目をつむったまま、黙って動かなくなってしまうことが、度々あったそうです。

するとその説教を聴いていた会衆は、本当にキリストが、その牧師を両手でぎゅーっと抱きしめている、その腕が見えるような思いに導かれたそうです。

伝道者とは、多かれ少なかれ、皆、そういう経験をしているのではないかと思います。

13世紀に活躍したトマス・アクイナスという優れた神学者がいます。

このトマス・アクイナスが、召される前の年の受難節に、イタリアのナポリの教会で連続の説教をしました。

静かに、淡々と語る説教だったそうですが、評判が評判を生んで、彼が説教した教会には、まるでナポリの全市民が集まったかのような、多くの会衆が出席したと伝えられています。

その彼が、イエス様の受難日である、聖金曜日のミサの司式をした時の事です。

そのミサでは、司式者は、「これはわたしのからだである」、と主の御言葉を口にした後で、パンを高く掲げて会衆に見せることになっていました。

その日トマス・アクイナスは、そのようにパンを高く掲げた途端に、動かなくなってしまったそうです。その目に見る見るうちに涙が溢れ、そのままそこでただ泣き続けてしまったのです。司式を助けていた聖職者たちが、驚いて側に行って、何とか式を続けたそうです。

その時、トマス・アクイナスに何が起こったのか、確かではありません。

トマス自身が何も説明していないので、分かりません。

しかし私は、キリストの愛が、彼に強く迫って、彼を挟み込んで、動けなくしてしまったのだと思います。

このパンと共に、十字架の主がおられる。この私が、今、十字架の主を、持っている。

その恵みに打たれて、ただ涙する他なかったのだと思います。

今日は、この後、ご一緒に聖餐の恵みに与ります。私たちもキリストの御体であるパンをいただくときに、そのようなキリストの愛の迫りを体験させていただきたいと心から願います。

キリストの愛に押し出されて生きる。

これは、伝道者だけに限ったことではありません。今日、ここに礼拝に来られた皆様方お一人お一人も、御言葉から響いてくるキリストの愛の迫りを感じておられる筈です。

ですから、世間の人たちから不思議がられても、毎日曜日礼拝に来られるのです。

キリストの愛の迫りがあるから、救われて、洗礼を受ける人が起こされるのです。

礼拝に来ると牧師の愛を感じる。教会員の愛を感じる。それもあるでしょう。

しかし、それにも勝って、何よりもキリストの愛が迫ってくるのです。

それでは、そのキリストの愛は、一体どこから迫ってくるのでしょうか。

パウロは、このように言っています。

「わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります」。

ある聖書学者は、この翻訳は、少々残念な訳であると言っています。

この御言葉は、「一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになる」、そのように考える私たちを、キリストの愛が板ばさみにした、と訳した方が良い、と言うのです。

「私たちはこう考える」、ではなくて、「こう考える私たちに」、キリストの愛が迫ってくるのです。宗教改革者のマルティン・ルターは、この箇所を、次のように訳しています。

「一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになる、と判断する限りにおいて、キリストの愛が迫ってくる。」

「限りにおいて」ですから、もしそう判断しないなら、キリストの愛は迫って来ません。

もしそう信じないなら、キリストの愛は迫ってこないのです。

私たちを挟み込んでしまうキリストの愛の迫り。

それは、どこから来るかといいますと、キリストがすべての人のために、死んでくださった、その十字架から来るのです。

その出来事を受け入れ、そのことを信じることから来るのです。

ひとりの人イエス・キリストが、十字架の上で死なれた。

しかし、それは、ただひとりの人間の死ではありません。

それは、全く汚れのない神の独り子が、すべての人のために死んだ、ということです。

すべての人間の罪のために、罪とは全く無関係のお方が死なれたのです。

本来、人間は、自分の罪のために、滅びの死を、死ななければならないのです。

しかしキリストは、その罪をすべて代わって負ってくださって、十字架の上で死なれました。

なぜ、そんなことをされたのでしょうか。

それほどまでに、人間を愛してくださったからです。

キリストを十字架の上に留まらせたもの。

それは、その手足に打ち込まれた、太い釘ではありません。

何とかして、一人でも多くの人を救いたいと願う、キリストの愛です。

すべての人を救いたい。いや、救わずにはおかない、と迫って来る愛です。

このことを信じる時に、キリストを十字架の上に留めたその愛が、私たちに迫って来るのです。そのキリストの愛に挟み込まれてしまうのです。

一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになる。

しかし、死んで、おしまいになるというのではありません。

死ぬのは、新しい生命に生きるためです。

新しい生命に生きる生き方。それは、自分のために、代わって死んでくださった、そのお方のために生きる生き方です。

先週もお話ししましたが、自分のために、誰かが代わって死んでくださった。

そのことが本当に分かったなら、私たちは、その人のために生きなければなりません。

自分勝手な生き方はできなくなります。

自分を挟み込んでしまうキリストの愛に迫られて、キリストのために生きるのです。

キリストの愛の御手に、ギューと握りしめられて、その愛に押し出されるままに生きていくのです。もうこの愛から逃れられない、という思いに導かれるのです。

この後で、以前用いていた1954年版讃美歌Ⅰの360番をご一緒に賛美いたします。

この讃美歌はこのように歌っています。

「疲れし心を/なぐさむる愛よ/君よりいでにし/このわが生命を/たれにかえさん。」

この讃美歌の元々の題は、英語で「O Love that will not let me go」、となっています。

「私を行かせない愛よ」、或いは「私を手放さない愛よ」、という意味の歌です。

この歌を作ったのは、ジョージ・マセソンというスコットランドの有名な牧師です。

ジョージ・マセソンは、19歳の時に病気に罹って、失明してしまいました。全く目が見えなくなってしまったのです。

しかし、彼は、それを克服して、スコットランドを代表する牧師・神学者になりました。

この歌は、彼が40歳の時、1882年の6月6日に作ったと記録されています。

この日は、マセソンの妹の結婚式があって、家族は皆、その結婚式に行ってしまい、マセソン一人が、牧師館に残されました。

マセソンは、その妹を本当に愛していました。目の見えない彼にとって、妹の優しい声、明るい笑い声は、何よりの慰めであり、励ましだったのです。

その妹が嫁いで行ってしまう。そう言えば、彼が失明すると分かった時、当時の婚約者も、彼のもとを去って行ってしまった。

あの時も悲しかった。しかし、今回は、それを遙かに上回って悲しい。

その悲しみ、辛さに沈んでいた時、マセソンは、突然、自分を挟み込んで離さないキリストの愛に迫られたのです。

そして、一気に、僅か5分でこの讃美歌を書いたと言われています。

妹が、彼に、「わたしは嫁ぐので、この家を去らせてください。Let me go」、と言った時、彼は、引き裂かれるように辛かったのですが、行かせざるを得ませんでした。

その彼に、「妹は去って行ったが、この私は、あなたを、決して手放すことはない」と言われるキリストの愛が、迫ってきたのです。

「私を決して離さないと、掴まえていてくださる愛よ。

私は、疲れた魂を、あなたのその愛の内に、憩わせたいと願っています。」

そのように、マセソンは歌っています。

私を決して離さないキリストの愛が、十字架の上から私たちに迫って来る。

そのキリストの愛に応えて、キリストのために生きる。

それは、キリストの体である教会のために生きる、ということでもあります。

キリストご自身から溢れ流れる愛をもって、教会を愛する、ということです。

キリストの愛をもって、お互いに挟み込み合うということです。

茅ケ崎恵泉教会が、そのような愛に満ち溢れた教会となります様に、お互いに祈り合ってまいりたいと思います。