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心の飢餓

「心の飢餓」

2018年6月24日

日本国際飢餓対策機構のニュースレターから引用します。『ある大学のアメリカンフットボール部の部員が危険なタックルを故意に行った反則事件が大きな社会的論議を呼び起こしています。「チームが勝つためには相手に怪我をさせても良い」、「従えなければチームに居場所はない」。こうした個人の意志や、相手への敬意を踏みにじる言葉が、スポーツマンシップを教えるべき監督やコーチから出たというのです。それらの言葉はそっくりそのまま、飢餓が蔓延する紛争地で、戦いの最前線に追いやられる少年兵に掛けられる言葉、あるいは日本がかつて戦争へと突き進んで行った時代に、多くの若者を死へと追いやった指導者たちの言葉と同じだと思いました。日本に飢餓はないのでしょうか。いいえ、私はここにはっきりともう一つの飢餓である「心の飢餓」の深刻さを見る思いがしました。』かつてマザーテレサも、日本には食べ物の飢餓はないけれども、愛の飢餓があると言っていました。毎日のように報道される痛ましい事件を見る度に、愛の飢餓の恐ろしさに胸が締め付けられます。教会が、今こそ、主イエスの十字架の愛を、力強く大胆に語っていかなければならないと思わされます。