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ある献身者の生き方

「ある献身者の生き方」

2019年10月13日

ウィリアム・ケアリーの村の人たちは、彼が宣教の父と呼ばれるようになるとは思ってもみなかったと思います。彼は貧しい織工の息子に生まれ、しがない靴職人として暮らしながら、ギリシア語、ヘブライ語、ラテン語を独学で習得しました。長い苦労の末、宣教師になりインドに赴く夢を実現させました。しかし我が子の死や妻が精神を病むなど、苦汁をなめました。長い間、宣教の成果もありませんでした。そんな中で、聖書を6つの言語に翻訳し、また29の言語に抄訳しました。その原動力は何だったのでしょう。彼は足を引きずっても前進すると言いました。何があっても神に仕えると決めていました。このような献身は、ヘブライ人への手紙の6章で推奨されています。手紙の筆者は、怠けないように(12節)、最後まで希望を持ちつづけ、同じ熱心さを示すように求めています(11節)。また、神は、御名のために示した愛や奉仕を決してお忘れにならないと断言しました(10節)。後年、ウィリアム・ケアリーは、神の満たしを振り返り、「神は決して約束を破らない。だから、私も神に仕えることを怠るわけにはいかない」と語りました。神様は私たちにも日々仕える力をくださいます。