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確かな鈴の音

「確かな鈴の音」

2013年5月26日

三浦雄一郎さんが世界最年長(80歳)のエベレスト登頂に成功しましたが、ちょうどその12年前にアメリカ人登山家のエリック・ヴァイエンマイヤー氏が、違った意味で最も賞賛に値すると言われるエベレスト登頂に成功しています。実は、ヴァイエンマイヤー氏は盲目の登山家なのです。彼は、先を行く人がつけている鈴の音を聞きながら登ったのです。自分を導く鈴の音に信頼して、見えない頂上を目指して確かな道を一歩一歩登って行ったのです。私たちも、それぞれ与えられた人生という山を登っています。そうであるなら、ヴァイエンマイヤー氏のように、確かな導き手の声を聞きつつ、人生の山頂を目指していきたいと思います。その確かな導き手とは、私たちを決して見捨てず、私たちを救うために命までも献げてくださった主イエスに他なりません。そして、その主イエスの声を響かせる鈴の音、それが聖書です。聖書から聞こえてくる主エスの御声こそが、人生の山頂を目指して進む私たちを導く鈴の音です。聖書はこう言っています。「あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯」。(詩編119編105節)

「主イエスを喜ぶ」

2013年5月19日

「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」。初夏を目(視覚)、耳(聴覚)、舌(味覚)をもって喜ぼうという山口素堂の句です。聖書には、キリストを視覚、聴覚、味覚をもって捕え、その恵みを喜ぼうと教えている御言葉があります。先ずガラテヤ書3章1節、「目の前に、イエス・キリストが十字架につけられた姿ではっきり示されたではないか」。十字架の主イエスをはっきりと見つめ続け、救いの喜びを忘れないように、という御言葉です。次に、マタイ17章5節「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」。主イエスの御言葉(聖書)に聴くことを、父なる神様も切に望んでおられます。そして最後は、第一ペトロ2章3節「あなたがたは、主が恵み深い方だということを味わいました」。ここにある「恵み深い」という言葉は「美味しい」という意味を含んでいます。あなたがたは、主の美味しさを味わいました、と言っているのです。さて、私たちは、主イエスを目(視覚)、耳(聴覚)、舌(味覚)をもって喜んでいるでしょうか。青葉、ほととぎす、初鰹を喜ぶ以上に、主イエスを喜ぶお互いでありたいと願います。

「母の日名言集から」

2013年5月12日

今日は母の日です。『母親とは、5人いるのに4切れしかパイがないのを見ると、即座に「パイは好きじゃないの」と言う人のことだ』。これは、アメリカで母の日のプレゼントとして好評だった「母の日名言集」という本の中で紹介されているテネバ・ジョーダンという人の言葉だそうです。世の母親は、多かれ少なかれこのような経験をしているのではないでしょうか。子どもはそんな母親の心を薄々感じながらも、パイに飛びつき頬張ります。母親にとっては、どんなに美味しいパイよりも、譲ったパイを嬉しそうに頬張る子どもたちの笑顔の方がご馳走なのです。素晴らしい愛ですが、そんな母親の愛よりも更に深い愛があると聖書は言っています。イザヤ書49章15節はこう言っています。「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも、わたしがあなたを忘れることは決してない」。母の日の今日、母の愛にまさる愛で私たちを覆い包んでくださっている主に、心からの感謝をささげたいと思います。

「育児と飼育の違い」

2013年5月5日

今日は「こどもの日」です。こどもの健全な成長と幸せを願う祝日です。子育てについて、ある人が興味深いことを言っています。「子育ての目標はこどもの自立です。自立に向けて育てない子育ては、育児ではなく飼育です。お宅の犬は自立しますか?『ご主人様、お世話になりましたワン、今日からは、自分ひとりで餌をとって生きていきます』と宣言して家を出ますか?犬は一生、飼い主に依存します。それでいいのです。ペットですから。でも、お子さんはそれでいいんですか?こどもを「自分を楽しませてくれるペットのような存在」と位置づけている親は、「育児者」でなく「飼育者」です。そうした発想が徹底すれば、楽しませてくれず、苛立たせるなら育児放棄や虐待ともなりかねません」。辛辣なコメントですが的を射ていると思います。主イエスは、「人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる」と言われました。この御言葉にもあるように、父母を離れて自立させることが育児の目標です。「こどもの日」に、一人でも多くの親がこのことを深く心に留めてくださるようにと願います。