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正しい時間はどこに

「正しい時間はどこに」

2014年2月23日

ある村でのこと、男が毎朝必ず時計屋さんの前で立ち止まって、自分の時計を合わせていました。ある日、時計屋さんの主人は男に尋ねたました。「どうしてあんたは毎朝ここで立ち止まって、自分の時計を合わせているのかね」。すると男は答えました。「私はこの先にある大きな工場で働いているんですよ。そこで毎日正午のサイレンを鳴らしています。それで正確な時刻にするために、毎朝ここで私の時計を合わせているんですよ」。店の主人は言いました。「そいつは傑作だ。なにせわしは毎日正午にあんたが鳴らしているサイレンに店の時計を合わしてるんだからね」。時刻もそうですが、人生の指針を何に合わせるかはもっと大切です。東京女子大学の学長をされていた隅谷三喜男先生は、よく「縦軸のある人生を生きなさい」と言われていました。人間の作った基準は、その時々の社会情勢によっていかようにも変えられてしまう。だから、神様が与えてくださる基準に従って生きていきなさい。人生の指針を、横軸(人間の基準)ではなく、縦軸(神様の基準)に置いて生きていきなさい。日本の社会が行き先を誤りそうな気配を示している今、隅谷先生の言葉が耳に響きます。

「生きる理由」

2014年2月16日

ハンセン病患者の福祉に貢献したある医師が、南太平洋の小さな島のハンセン病施設を訪ねた時の話です。憤りと失望がはびこる患者の中に、目立って落ち着いた顔つきをしている一人の老人がいました。彼は失望の色も浮かべず、生きるのに精一杯の様子でした。不思議に思った医師はその理由を探ってみました。すると老人は毎朝夜明けに地面を這うようにして隔離の囲いまで足を運んでいました。彼は、囲いの向こうから一人の年老いた目の優しい婦人が姿を見せるのを待っていたのです。彼女はひと言も言いません。老人も微笑みを返し、数秒間微笑みを交わし合ってから、静かに戻って行きました。生きる希望を抱いて…。説明を求めた医師に、老人は言いました。「彼女は私の妻です。この地獄のようなところに隔離されるまで、彼女はひそかに私を看病してくれました。私の顔に軟膏を塗る時、顔の小さな部分だけを塗らないで、そこに軽く接吻するのでした。でも、症状がひどくなって、私は無理にここへ連れてこられました。毎朝彼女に会うのが、私の生き甲斐、生きる理由です」。私たちも、毎朝イエス様にお会いし、イエス様との静かな交わりを喜ぶことによって、生きる力を与えられたいものですね。

「プロゴルファー中島常幸」

2014年2月9日

中島常幸さんというプロゴルファーがいます。かつては日本を代表するトッププレイヤーでした。ところが、この人がひどいスランプに陥り、ランキングの100番以内にも入らないようになってしまいました。誰もが、中島常幸のゴルフ人生はもう終ったと思いました。しかし、そのひどいスランプの中で、中島選手はイエス様と出会ったのです。そして、徐々に復活し、遂に奇蹟の復活優勝を遂げました。この奇蹟の復活をもたらした原因について聞かれて中島選手は静かに答えました。「以前の私は、一緒にプレーしている選手が、失敗すれば良いと心の中で願っていました。しかし、その選手がいいショットをしてしまうと、今度はそれが自分へのプレッシャーになってしまって、自分がいいショットを打てなくなってしまっていたのです。でも、今は、相手の選手が、いいショットを打てるように心の中で願っています。そうすると、その選手がいいショット打てると、自分もそのショットに習って、いいショットを打てるような気持ちに導かれるのです」。中島選手は、共にいてくださるイエス様を喜び、そして共にプレーをしている相手を喜ぶことによって、スランプを脱したのです。

「エリック・リデルの金メダル」

2014年2月2日

今朝の礼拝メッセージで駅伝の話をしますので、このコラムでもリレー競争の話をしたいと思います。1924年のパリ・オリンピックの英国代表で、100メートル走の金メダル候補だったエリック・リデルという人がいました。パリに着いて予選のスケジュールを見たエリックは愕然とします。100メートル走の予選が何と日曜日なのです。聖日礼拝の時間中に競技に参加することなど、彼には考えられないことでした。彼は予選出場を辞退することを決めました。多くの人が何とかして彼の決意を変えさせようとしましたが、彼の決意は変りませんでした。その時、他の競技で既にメダルを獲得していた人が、400メートルリレーの最終走者をエリックに譲ると言って来ました。リレーの決勝では、彼は最下位でバトンを受けましたがひたすらに走り、遂に一着で、しかも世界新記録でゴールに飛び込みました。その後、エリックは中国に宣教師として渡り、最後は日本軍の収容所で病気のため殉教しました。彼の金メダルは尊いものです。しかし、彼にとっては、主イエスによって用いられたことこそが、かけがえのない賞であったと思います。私たちも、そのような賞を目指して走り続けたいと願います。