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自分で量ってみる

「自分で量ってみる」

2014年5月25日

一人の男がすごい剣幕で店に飛び込んで来て、「これを見ろ。昨日ここでナツメグの実を一袋買ったけど、開けてみたら半分以上がくるみの実だったぞ。わしに売ったのはこの子だ」と店の主人の息子を指差しながら叫んだ。主人が「ジョン、この人にナツメグの代わりにくるみを売ったのか」訊くと、「いいえ」息子はさりげなく答えた。主人は息子の態度にいらだち「嘘つくな」と声を荒げた。するとジョンは穏やかに「よくご覧ください。そして中味を量っていただければ、おまけにくるみを入れたことがお分かりいただけると思います」と言った。男は「え!それじゃ、おまけにくるみをくれたということかね」。ちょっと落ち着きを取り戻して聞くと「はい、そうです。子供たちにと思って、一握り入れました」。「そうだったのかぁ~、わしはすっかり早とちりしちまって恥ずかしいよ。あんた、いい人だね。じゃあ、今日は紅茶を1ポンドもらおうか」と紅茶を買って帰って行った。権利意識にあまりにも囚われすぎると、誰かが自分をだまそうとしているという思いに取り付かれるのですね。そうならないためには、立ち止まってよく確かめて見るということが必要かも知れません。

「それでもだめなら教会へ」

2014年5月18日

漫画家の山花典之さんという人がいます。『夢で会えたら』というマンガがヒットして、仕事では成功しましたが、次第に高慢になって奥さんを傷つけるようになり、自分の人格も崩れていってしまったそうです。そんな中で、奥さんに誘われて近くの教会に通いだしました。しかし、「罪の奴隷」という言葉に抵抗を感じて、やがて教会からも離れてしまったそうです。その後、心の空しさを埋めるために色々な本を読みあさりました。その中に、カーネギーという人が書いた『道は開ける』という本がありました。人生における様々なアドバイスが書かれていましたが、その最後に、こんな言葉があったそうです。「ここに書いてある方法でも満足できない人は教会の門を叩いてみることでしょう」。そこで再び教会に通い始めたそうです。そこで初めて、イエス・キリストは神様なんだ、自分と一緒にいてくれる神なんだ、ということを実感し、思わず泣いてしまったそうです。主イエスによって、すっかり変えられた山花さんを見て、お子さんが「お父さんは優しくなって別の人になったみたい」と言っているそうです。イエス・キリストこそが、私たちの心の空しさを埋めてくださる、救い主です。

「校則を全廃する決断」

2014年5月11日

先週に続いて、矯風会初代会頭・矢嶋楫子(林誠兄の曾祖母)について書かせていただきます。女子学院の初代院長となった楫子は学校の規則を全廃してしまいました。しかし、この大胆な方針について行けない若い教師たちが「規則なしでは問題が起きても責任を負えない」と抗議しました。楫子は静かに言いました。「エデンの園にいたアダムとイブに、神は小うるさい決まりをたくさん与えたでしょうか。たった一つの決まりですら、アダムとイブは守ることができませんでした。一つの規則さえ守れぬ者が、どうして二十も三十もの規則を守ることができますか。私たち人間は規則があるから人を殺さないのですか。神の愛に感じて、してはならないことはしない。すべきことは断固としてする。そうした人間になるよう、私たちの学校は教育したいのです。校則は、学校にいる間は生徒たちを守るかもしれませんが、大人になった時、一人で物事の判断もつけられぬ人間になっては困るのです。イエス様が校長なら、校則をお作りになるでしょうかね」。若い教師たちはいつしか深く頷いていました。この校則撤廃はみごとに功を奏し、校則廃止による事故や問題は皆無といってよかったそうです。

「心の舵を聖書に、矢嶋楫子」

2014年5月4日

先週の続きとして、矯風(きょうふう)会初代会頭の矢嶋楫子(かじこ)を紹介させていただきます。楫子は酒乱の夫と離縁し40歳になったのを機に上京します。東京行きの船を待っていた時、船の大きな舵が目に留まりました。彼女は、「どんなに順風であっても、舵がなければ目的地に行けない。自分の心の舵をしっかり保っていこう」と決心し、名前を「かつ」から「楫子」へと改めました。小学校の教員資格を取った楫子は、トゥルー宣教師の招きを受け、女子学院の教師になります。そこで煙草の火の不始末からボヤを起こすという大失敗をしますが、トゥルー宣教師は少しも責めないで許してくれました。その愛に深く感動した楫子は、熱心に求道し46歳の時に受洗しました。それから92歳で召されるまで、彼女は心の舵を聖書にしっかりと据え、キリスト者としての献身の生涯を送ったのです。90歳目前でワシントンへの旅に出ようとした時、多くの人が楫子の身を案じて引き留めようとしましたが、楫子はこう言ったそうです。「天国は日本からでも、アメリカからでも、距離は同じでしょう」。楫子の気迫と覚悟が窺われる言葉です。この矢嶋楫子は当教会の教会員・林誠兄の曾祖母です。