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赦します。赦せない自分を赦してください

「赦します。赦せない自分を赦してください」

2015年2月22日

ある牧師夫人が不思議な幻を見ました。『神様と私(牧師夫人)がいて、その間にイエス様がおられました。そしてイエス様が神様に「この人の罪のために私が十字架にかかりました。どうかお赦し下さい」と頭を下げておられるのです。そして神様が「赦す」と仰ってくださった。深い感動に包まれました。次の瞬間、場面が変わり、イエス様の向こう側に、私がかつて傷つけた人たちが立っていて、その人たちにイエス様が「私が、この人に代わって十字架にかかりましたから、この人のことを赦してください」と頭を下げておられるのです。あぁイエス様が、私に代わって謝ってくださっている。そう思うと喜びがこみ上げてきました。その時、今度はイエス様が、私の方を向かれたのです。そしてイエス様の背後に、かつて私のことを傷つけた人たちが立っているのです。そしてイエス様が私に、「私が十字架にかかりましたから、この人たちを赦してください」と仰ったのです。私は、「赦します。赦せない自分を赦してください」と思わず叫びました。その時、言いようのない平安の中に、自分が覆い包まれていくのを感じました。』赦されたお互いとして、赦し合う教会を目指してまいりましょう。

「愛の日本人論」

2015年2月15日

あるアメリカ人婦人宣教師が、長い宣教活動を終えて帰国することになりました。帰国に当たって送別集会が開かれ、日本における最後のメッセージを語りました。メッセージを語り終えた彼女は、日本人の聴衆から質問を受けました。「長年日本に住んで日本人をどう思いますか?」そこにいた多くの人は、日本における長年の生活を通して、彼女が得たユニークな日本人論を聞けるものと期待しました。ちょうど「日本人とユダヤ人」という本がベストセラーとなっていた頃だったからです。また、日本の教会に対する最後のアドヴァイスを期待した人もいました。ところが、彼女は、微笑みながら迷いなく一言で答えました。「兄弟姉妹です!」。彼女は、日本人を分析しなかったのです。また、豊かな知識や深い洞察力で、聴衆を感動させようともしなかったのです。彼女はただ愛していたのです。私たち日本人をただ愛していたのです。この愛がある時、小難しい日本人論や比較文化論は、もはや必要ありません。さて、「あなたは、茅ヶ崎恵泉教会の人をどう思いますか」、と尋ねられた時、私たちはどう答えるでしょうか。迷いなく「兄弟姉妹です」と答えるお互いでありたいと思います。

「主よ、小さないのちの灯をお守りください」

2015年2月8日

JOCS(日本キリスト教海外医療協力会)から、新生児死亡率が世界で最も高い国の一つであるパキスタンに派遣され、6年間の任期を終えて昨年9月に帰国した青木盛医師はこう語っています。「派遣された聖ラファエル病院には人口呼吸器は1台しかありません。2人の内どちらかしか人口呼吸器を使えない状況の時、私は自分では決められず、家族の方にくじを引いてもらいました。帰国後、ある人に、くじを引かせてご家族に辛い思いをさせてしまったことや、自分が命の選別をしたのでは、という罪悪感を話したところ、『そうして一緒に苦しんでくれた医者がいたというだけで、お母さんは救われたんじゃないですか』と慰めていただきました。何もなし得なかったような6年間ですが、その時間を神様にお捧げすることができたのかなとも感じています」。青木医師は、瀕死の未熟児を自らの血を輸血して助けましたが、その子の父は『この子にはパキスタン人と日本人の血が流れている』と言って感謝したそうです。このような愛の積み重ねこそがテロを無くす唯一の道だと示されます。「大切なのは、どれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心をこめたかです」。(マザー・テレサ)。

「私の一番の喜び」

2015年2月1日

日本キリスト教団山谷伝道所内の「山谷の人々に奉仕する会」が発行している「ラザロ通信」というパンフレットの最新号に、山谷伝道所の教会員Sさんの寄稿文が掲載されています。「私の好きなみことば」という題で、初めにコリントの信徒への手紙二7章4節が引用されています。『わたしは慰めに満たされており、どんな苦難のうちにあっても喜びに満ちあふれています。』この御言葉の後にこう書かれています。「私は、癒され、元気になって礼拝にも参加できるようになりました。イエス様、いつもこの私を慰めてくださり、ありがとうございます。いつまでも私の一番の喜びでいてください。」この文の横には穏やかな表情のSさんの写真が載っています。男性で60歳くらいに見えます。杖を手にしていますので、歩行に困難を覚えているのかもしれません。多くの山谷の住民のようにSさんも日雇い労働者なのでしょうか。しかし、今は働くことができず、先行きに不安を抱えておられるかもしれません。そんなSさんの言葉、「いつまでも私の一番の喜びでいてください」。何という素直な信仰でしょうか。どんな時でも、この言葉が、私の口にもありますようにと祈らざるを得ません。