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神様が見られるもの

「神様が見られるもの」

2017年1月29日

19世紀のアメリカに大きな影響を与えたD.L.ムーディーという牧師がいました。ムーディーの父親は貧しい煉瓦職人でした。しかもその父親は、彼が4歳の時に病気で死んでしまったのです。ムーディーは、小学校を出ると直ぐに靴屋で働きました。そのムーディーが、教会で神様の愛について聞きました。中学校にも行っていない貧しい自分のことを神様が愛してくれている。そのことを聞いて本当に嬉しくなって、どうにかして神様のことを伝える牧師になりたいと思いました。そして働きながら一生懸命に勉強して牧師になりました。ムーディーは難しい話はせずに、誰にでも分かる、分かり易い説教をしました。でもその説敦は、本当に神様の愛が溢れ出るような説教でしたので多くの人々を救いました。ムーディーの伝道集会には、多い時には2万人もの人が集まったと言われています。イギリスのある有名な大学に招かれて説教した時、初めの内はムーディーの英語の文法が間違っているといって馬鹿にしていた学生たちも、最後には感動して涙を流したそうです。神様の目には、貧しいとか学校に行っていないとか、ということは関係ありません。神様は、私たちの心を見られるのです。

「小さなキリストになる」

2017年1月22日

映画にもなった「ナルニア国物語」という本の著者は、イギリスの神学者であり、また文学者でもある、C・S・ルイスという人です。そのC・S・ルイスが、こんなことを書いています。「キリスト者になるということは、キリストの仮面をつけることだ。最初の内は、その仮面は自分に合わないかもしれない。しかし、キリストの仮面をつけて生きて行くうちに、私たちの顔は、次第にキリストそのものであるかのように変えられていくのだ」。これは、キリスト者の目指すべき究極のゴールを示していると思います。秋田で伝道したチャールズ・ガルスト宣教師は、家族から遺言を求められた時、「My life is my message. (私の生き様が私の遺言です)」と言われたそうです。教理を語ったり、難しい話をしたりしても、人は教会に来ません。救われた人の喜びに満ちた生き様。主の愛に満たされ、主の愛に押し出されて、他人を愛していく生き様。それらが、伝道の最強の手段なのです。キリスト者の生き方を見て、自分はこれでいいのだろうか、という思いに導かれる。そういうことが、人を教会に導くのだと思います。そういう意味で、一人一人が、小さなキリストになることが求められているのです。

「感謝に生きる幸い」

2017年1月15日

「感謝を忘れる時、私たちは小さな偶像をこしらえる」と言われています。感謝を忘れている時には、他者ではなく、まして神ではなく、自分が前面に出ているからです。マイナスと思われるような状況でも感謝できることはキリスト者の特権だと思います。17世紀に活躍したマシュウ・ヘンリという聖書注解者がいました。彼はある日財布を盗まれました。でも彼はこう言って神様に感謝したのです。1.盗んだのは他の人で自分ではなかったから。2.財布を盗まれたけれども全財産を盗まれたわけではないから。3.お金を盗まれたけれど命を奪われたわけではないから。4.ひょっとしたら、盗んだ人が、これがきっかけで、良心の呵責を感じて神様を信じるかもしれないから。内村鑑三の娘ルツ子は19歳で召される時「感謝、感謝、お父さん、お母さん、もう往きます」と言いつつ、息を引き取ったと言われています。それを見ていた内村は、埋葬の時一握りの土を掴み、手を高くかかげ大声で「ルツ子さん、万歳」と叫んだそうです。愛娘の死は内村の復活信仰を不動のものとしたのです。私たちも、すべてを益としてくださる主に信頼し、最後には感謝できる信仰に生きていきたいと思わされます。

「置かれた場所で咲きなさい」

2017年1月8日

暮れの12月30日に、カトリックの渡辺和子シスターが召天されました。89歳でした。36歳という異例の若さでノートルダム清心女子大学(岡山市)の3代目の学長に就任され、27年間務められました。しかし、それは決して平坦な道ではありませんでした。渡辺シスターは、その著書にこう書いています。『私は、シスターの中で一番若く、その大学の卒業生でもなく、岡山という土地にも不慣れであったため苦労しました。それまでの学長は初代も2代目も70代のアメリカ人。それなのに、よそから来た若輩者の私が突然学長になったので、風当たりは強かったのです。大学ではトップでも、修道院に帰ればボトムだった私は、ジレンマに苦しみ、不平不満を口にすることが多かったのです。そんな私に、ある神父様が教えてくださいました。「神様がお植えになったところで咲きなさい。咲くということは仕方がないとあきらめるのではなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることなのです。」渡辺シスターは、この言葉によって立ち直り、自から進んで人に語り掛け、働き掛けて、置かれた場所でみごとな花を咲かせ、大学の学生を始め、多くの人々に励ましと慰めを与えたのです。

「鶏の鳴き声」

2017年1月1日

新しく与えられた2017年は酉年です。聖書の中で「鶏」が出てくる場面。直ぐに想い起すのは、ペトロが三度主イエスを否んだ後に、鶏が鳴いたという出来事です。マルコによる福音書では「鶏が二度鳴く前に」と書かれていて、主イエスの予知が、極めて正確であることが示されています。ただ当時エルサレムでは、鶏を飼うことは禁じられていたという説もあります。そうだとすると「鶏が鳴く」とは、早朝を意味する一般的表現か、ローマの時刻で第三刻(午前三時)のラッパの合図ということになります。ペトロは「たとえ、皆がつまずいても、私はつまずきません」と言いました。しかし、この最も自信のある者が、最も深刻なつまずきを経験することになったのです。弱くて鈍いペトロが、自分のつまずきを、はっきりと自覚するためには、鶏が二度鳴く必要があったのです。鶏は、今も私たちが誘惑に陥りそうになる時に、私たちの心の中で鳴いています。そして、弱くて鈍い私たちを、振り向いて見詰められる主イエスの愛の眼差しは、今も私たちに注がれています。新しく与えられた2017年、私たちは鶏の鳴く声を聞き洩らすことなく、主イエスの愛の眼差しの中を歩んで行きたいと思います。