MENU

胸を張って言うべきこと

「胸を張って言うべきこと」

2017年2月26日

ポーランドのワルシャワ郊外にヤヌーツ・コルチャックが創設した孤児院があります。コルチャックはナチス政権下で、医者として、教育者として、児童文学作家として、そして一人のユダヤ人として、最後まで孤児院の子どもたちと共に生きた人です。コルチャックが創設した孤児院は今も活動を続けています。その二階のホールの正面には「このことについては堂々と胸を張って言うことができます」という彼の言葉が掲げられています。私たちは「このことについては堂々と胸を張って言うことができます」というものを、どれほどしっかりと握り締めているでしょうか。それを持っていないと、安易な迎合主義や、逆に独善へと走ってしまいます。正しいことについては堂々と語り、間違ったことに対しては堂々と闘わなければなりません。コルチャックは自分が助かる道があったにもかかわらず、孤児院の子どもたちと共に、堂々と胸を張って強制収容所のガス室に送られていきました。主イエスは十字架への道を堂々と歩んで行かれました。何としても私たちを救う、という愛の御業を成し遂げるために、毅然として進まれました。私たちはこの主イエスの後に従う者でありたいと思います。

「批判する前に祈っていますか?」

2017年2月19日

アメリカのトランプ大統領に世界中が翻弄されています。自己中心的な言動に批判が広がっています。私もその批判に共感を覚えます。しかし2月2日にワシントンで開かれた全国祈祷朝食会での彼のスピーチの動画を見て考えさせられました。テレビで見慣れた激しい表情や、わざとらしい笑顔ではなく、落ち着いた口調で静かに語っていました。彼は、家族やチームの仲間に感謝の言葉を述べた後に「最も大切なこととしてアメリカの人たちに感謝をささげます」と言いました。彼が大変辛かった時に、全米各地で多くの人々が語ってくれた五つの単語が、彼を支え元気づけたというのです。その言葉とは「I am praying for you. あなたのために祈っています」という言葉だったそうです。これを聞いて私は思わされました。彼が自分の間違いに気付き、世界のリーダーとして平和と安定のために正しい選択をすることができますようにと、どれほど真剣に祈っていただろうかと。大統領就任式でフランクリン・グラハム師が「上に立つ者のために祈ることの大切さ」を語りました。相手の間違いは正しく指摘し、堂々と反論すべきでしょうが、同時に相手のために祈ることも忘れないようにしたいと思います。

「まず祈ることから始めよう」

2017年2月12日

1859年に起きた英国のリバイバルの発端は、一人のアイルランドの青年の純粋な祈りでした。彼はまず祈りの友を求めて祈りました。すると信仰を持ったばかりの青年が与えられて、二人は心を合わせて祈りだしました。「更に祈りの友を与えたまえ」と祈っていくうちに、二人の青年が加えられました。四人は金曜日の夜に小学校の一室を借りて祈り続けました。その年、一人の農家の青年が救われて祈祷会のメンバーは5人になり、さらに人数は増えていきました。彼らは集会ごとに聖書を読み、祈り、御言葉について感想を述べ合いました。メンバーの一人が以前住んでいた町へ行って、その祈祷会のことを友人たちに話すと、彼らはその人たちに会ってみたいというので、数人が町を訪ねて教会で集会を開くことになりました。集まった人たちの中には彼らを嘲る者もいましたが、多くの人はぜひもう一度来てほしいと頼み、二週間後に同じ顔ぶれで町を訪問して二度目の集会を開きました。この時、聖霊が力強く働き多くの人々が救われたのです。そしてこのリバイバルの火がイギリス全土に広がっていったのです。私たちが会堂について検討する時も、最も大切なことはまず祈ることだと思います。

「ムーア・ウィリアムズの謙遜」

2017年2月5日

日本聖公会初主教で立教大学の創設者であるムーア・ウイリアムズは稀にみる謙遜な人でした。墓碑に記されている「在日五十年、道を伝えて己を伝えず」という言葉の通り、ウィリアムズは自分について知られることを嫌い、帰国する際に自分に関する資料をすべて燃やしてしまったと言われています。彼があまりにもみすぼらしい服を着ているので、ある人が服は裏返すと新しく見えることを教えたところ、彼はこの服はすでに裏返した後でまた古くなったのだと答えたそうです。ある時、彼が指導している神学校の学生たちが寮の部屋を不満に思い改善してほしいと訴えると、彼は学生が授業に行っている間に自分の部屋と神学生の部屋の荷物を入れ替えて部屋を交換しました。それを知って学生たちは謝りましたが、彼は自分が部屋を使うのは寝る時だけであり、学生は勉強のためによい部屋を使うべきだと言って、元に戻そうとはしなかったそうです。今、世界中が自分さえ良ければよいという自己中心主義に走っている時、このウィリアムズの謙遜と他者に対する思いやりの心を見習いたいと思います。「めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。フィリピ2:4」