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私たちを生かした血

「私たちを生かした血」

2017年8月27日

アメリカのある村に、鉄道を横切り通学するひとりの少年がいました。毎日、少年が鉄道を渡った後、すぐに汽車が通り過ぎていくのでした。少年は列車の乗客たちにいつも手を振って、明るくほほ笑みかけていました。ある日、いつものように通学していた少年は、前夜の暴風雨による土砂崩れで、線路の一部が押し流されているのを発見しました。もし汽車がそのまま通ると数千名の犠牲者が発生する状況でした。少年はとっさに鞄から彫刻刀を取り出して太ももを突きました。そして白いシャツに赤く“STOP”という字を書いて汽車に向けて必死に振りました。機関士は少年のシャツに書かれた赤い字を見て急いで汽車を止めました。そして機関士は、土砂崩れで線路が寸断されていることを知ったのです。彼は鮮血を散らした、少年を抱きしめて叫びました。「お前の血の償いで私たちが生きた」。この少年の姿はイエス・キリストと重なります。私たちは汽車の乗客であり、十字架で流したイエス様の血による償いによって救いをいただくことが出来たのです。しかし、そのことを知って、感謝する人は多くはありません。人は本当に大事なものに気づかずにいることが多いのではないでしょうか。

「神からの帰国命令でなければ」

2017年8月20日

1909年18歳のアメリカ人女性が日本宣教の召命を受けて単身で来日しました。その女性の名はメーベル・フランシス。その後、彼女は56年に亘って日本に留まり広島・愛媛を中心に伝道し、数多くの教会をたて、福祉や教育にも貢献しました。第二次世界大戦が始まると、大使館からは退去勧告を受け、アメリカの宣教団本部からも帰国を勧める手紙が何度も届きました。しかし彼女にとって日本は敵国ではなく、神によって遣わされた愛する国でした。彼女は、神様から「私は本部の理事会よりも前にあなたを日本に召している。私がして欲しい仕事はまだ残っている」という声を聞いていたのです。帰国するという選択肢は、彼女には全くなかったので、支援が打ち切られて餓死するとしても日本に留まると本部に回答しました。戦時中はスパイと疑われたり、強制収容所に送り込まれたりしました。しかし戦後は松山に帰り、戦争で傷ついた日本人を物心両面で助け、目覚ましい働きをしていったのです。彼女の優しさと実行力と溢れるばかりの笑顔は多くの人を癒し、彼女は松山市の誇りとなり「特別名誉市民」を贈られました。戦争の愚かさを超えて一人の女性が日米両国の懸け橋となったのです。

「善き力に守られて」

2017年8月13日

ヒトラーに反対したため捕えられ、終戦の僅か1ヶ月前に処刑されたボンヘッファー牧師が獄中で書いた「善き力に守られて」という詩があります。その詩をもとにした讃美歌が作られ讃美歌21の469番(新生讃美歌では73番)となっています。このような歌詞です。『(1)善き力にわれかこまれ、/守りなぐさめられて、/世の悩み共に分かち、/新しい日を望もう。(2)過ぎた日々の悩み重く/なお、のしかかるときも、/さわぎ立つ心しずめ、/み旨にしたがいゆく。(3)たとい主から差し出される/杯は苦くても、/恐れず、感謝をこめて、/愛する手から受けよう。(4)輝かせよ、主のともし火、/われらの闇の中に。/望みを主の手にゆだね、/来たるべき朝を待とう。(5)善き力に守られつつ、/来たるべき時を待とう/夜も朝もいつも神は/われらと共にいます。』死の間際にあっても、ボンヘッファーは絶望することなく、その全存在をもって戦い、耐え、時には激しく動揺しつつも、尚そこで神の光を見ていたのです。それは、どんな時も彼が神の善き力に守られていたからです。ですからこのような詩を作ることができたのです。この詩はボンヘッファーの遺言とも言えるのではないでしょうか。

「私の年齢は一日」

2017年8月6日

会堂建築委員会の委員は、新しく会堂を建てた諸教会を、手分けして訪問して色々なことを学んでいます。どの教会の建物にも、教会員の熱い思いと祈りがこめられていて、教えられることが多くあります。先日、ある教会を訪問した時、会堂に時計が一つもないことを知らされました。時間を気にせずに礼拝に集中するために、敢えて時計を置いていないそうです。「なるほどなぁ」と思いました。ところで、エスキモーは絶対に自分の年齢を明かさないそうです。「何歳ですか」と聞かれても、「知らないし、関心もない」と答えるそうです。それでも尚も聞かれれば、沈みかけた太陽を見ながら、「そうだね、もうすぐ一日だ」と返事をします。彼らは、夜、寝る時に現世に死に、朝、目覚める時に甦って、また新しい人生が始まると考えるそうです。ですからいつも年齢は一日なのです。北極地帯の厳しい環境で生きる彼らは、一日一日を生き抜くことに集中しているのです。主イエスは、山上の説教において、明日のことを思い煩わずに、今日なすべきことに集中することを教えられました。「私の年齢はいつも一日です」という気持ちで、その日になすべきことに集中していきたいものですね。