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ルター名言集(3)

「ルター名言集(3)」

2017年10月29日

宗教改革者マルティン・ルターの言葉をいくつか紹介します。『たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日私はリンゴの木を植える。』これはルターの言葉の中で最もよく知られていると思います。ルターの信仰の特色である、神に対する信頼が凝縮されている言葉です。『私は聖書の中にただ、十字架に付けられたキリストのみを理解する。』信仰義認の教義に命を懸けたルターの真骨頂とも言える言葉です。『今日はすべきことがあまりにも多いから、一時間ほど余分に祈りの時間を取らなければならない。』ルターは信仰の戦いを、祈りをもって乗り越えていったのです。『我はここに立つ。他になしあたわず。神よ、我を救いたまえ。』ローマ教会から破門されヴォルムスの国会で自説の撤回を迫られた時、それを断固として拒否した時の言葉です。最後にルターの著書『キリスト者の自由について』の中で言った言葉。『キリスト者はすべての者の上にたつ自由な主人であって誰にも服さない、同時にキリスト者はすべての者に仕える僕であって誰にでも仕える。』キリスト者は信仰によって義とせられ、もはや業や掟の下にはなく自由な者であるが、それはすべての人に仕えることのできる自由であると言ったのです。

「ルター名言集(2)」

2017年10月22日

私たちは救われた後も罪を犯し続けてしまいます。洗礼を受けたのにちっとも変わらない。こんな自分で良いのだろうかと不安になってしまうことがあります。そんな時ルターが言った言葉「キリスト者は罪人であって同時に義人である」。この言葉が心に響いてくるのではないでしょうか。罪の誘惑に負けて、こんなクリスチャンで良いのかと落ち込んでいる時「キリスト者よ、大胆に罪を犯せ、しかして更に大胆に悔い改め、大胆に祈れ」というルターの言葉にハッとさせられます。弱い私たちは罪の世界からなかなか抜け出すことができません。どうすれば罪から逃れることができるだろうかと煩悶する時「わたしが罪人であるという時、わたしの罪はわたしにはない。わたしの罪はキリストにある」というルターの言葉に「そうか、キリストは私の罪のために死んでくださったのだ」との確信が生まれるのではないでしょうか。ルターは私たちの罪がキリストに転嫁され、私たちがキリストの義を纏うことができることを「喜ばしい交換」と言っています。しかしこの交換を成し遂げるために、どれほど大きな犠牲を神様が支払われたかを思う時、ただ喜んでばかりはいられない思いに導かれます。

「ルター名言集(1)」

2017年10月15日

今年は宗教改革から5百年目の記念の年とされています。宗教改革者マルティン・ルターは、マインツ大司教アルブレヒトが、サン・ピエトロ大聖堂建設献金という名目で、贖宥状(免罪符)を販売し、この贖宥状を買えば罪の償いが行われると言ったことに抗議して、95ヵ条の提題を記した手紙を送りました。この95ヵ条の提題がルターの盟友メランヒトンによってヴィッテンベルグ城の門に貼られたのが1517年10月31日と伝えられ、この日が宗教改革の始まりの日とされています。元々ルターはカトリック教会の修道士でしたので、厳しく自分の生活を律して、禁欲的な生活をしていました。しかし罪を犯さないように努力し、善行に励んでも、神様の前で自分は義である、正しいものであるとの確信は持てませんでした。この現実にルターは苦しみ続けました。しかしある時、ローマの信徒への手紙を通して、人間は善行ではなく信仰によってのみ義とされること、即ち人間を義とするのはすべて神様の恵みであるという信仰に導かれ、ようやく心の平安を得ることができました。「心から信ずることによって人間は正しく、また義とせられる」。これがルターの「信仰義認」と呼ばれる教理の核心です。

「謙遜な宣教師・ヘボン」

2017年10月8日

立教大学の創設者ムーア・ウィリアムズ宣教師の謙遜については以前書きましたが、ヘボン式ローマ字で有名なヘボン宣教師も稀に見る謙遜な人でした。ヘボンは日本に来たとき既に44歳でした。平均寿命がずっと短い時代ですから今に引き直すと50代半ば位に当たると思います。普通の人なら引退後の人生を思い描くような歳です。しかもこの時、日本ではキリスト教の布教は未だ禁じられていました。それにも拘らずヘボンは成功を収めていたニューヨークの病院や家・屋敷などの家財をすべて売却して、14歳の愛する息子を学校の寄宿舎に入れてまでして日本に渡ったのです。キリスト教の布教が禁じられていたので無料で医療を施し、和英辞典を編纂し、聖書の翻訳をして宣教の機会を待ちました。明治学院やフェリス女学院創立の礎となったヘボン塾は当時の要人たちに大きな影響を与えました。数々の偉業を成し遂げたにも拘らず晩年のヘボンはこう述べています。「主が私を用い給うたこと以外、私には何らの功績もありません。私のような貧しい器を用いて、私がなそうとしたことを成就せしめ給うたことを主に感謝するのです。主にのみ全ての賛美と栄光とが今も永久にあらんことを」。

「キラキラとサマサマ」

2017年10月1日

パンダの赤ちゃんの名前が「香香、シャンシャン」に決まったそうです。なかなかいい名前ですね。でもどうしてパンダの名前は同じ音を重ねるのでしょうか。アジア各国では複数を表したり強調したりする時に、言葉を重ねることが多いようです。マレーシア航空の機内アナンスはほとんどが「トゥアントゥアン・ダン・プアンプアン」と呼び掛けて語り出します。意味は「紳士淑女の皆様」だそうです。何ともかわいらしい響きです。インドネシアの人は、よく「キラキラ」と言います。「おおよそ」という意味で、キラキラ7時に行きます、と言われて待っていても8時過ぎに来ることもあるようです。でもお互いに責めたり、言い訳したりしません。何とも大らかな国民性です。フィリピンでは「サマサマ」という言葉が尊ばれるそうです。「一緒に」という意味です。フィリピンでは誰も一人ぼっちにさせない、ということを大切にしているそうです。この「サマサマ」はインドネシア語では「どういたしまして」という意味で使われています。私たちも「キラキラ」精神で許し合い、「サマサマ」精神で助け合っていく教会を目指したいものです。「アーメン、アーメン、まことに、まことに」。