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主のよき力に守られて

「主のよき力に守られて」

2017年12月31日

ナチスに抵抗して処刑された牧師ボンヘッファーが、処刑の100日ほど前の1944年12月31日に獄中で書いた詩を引用します。『主のよき力に、確かに、静かに、取り囲まれ、不思議にも守られ、慰められて、私はここでの日々を君たちと共に生き、君たちと共に新年を迎えようとしています。/(主よ)あなたがこの闇の中にもたらしたろうそくを、どうか今こそ暖かく明るく燃やしてください。そしてできるなら、引き裂かれた私たちをもう一度、結び合わせてください。あなたの光が夜の闇の中でこそ輝くことを、私たちは知っています。/主のよき力に、不思議にも守られて、私たちは、来るべきものを安らかに待ち受けます。神は、朝に、夕に、私たちのそばにいるでしょう。そして、私たちが迎える新しい日々にも、神は必ず、私たちと共にいるでしょう。』暗い不幸な出来事が続くこの世に、本当の希望はあるのでしょうかと聞かれます。確かに目の前の現実は困難と不安に満ちています。でも希望はあります。なぜならこの世は、ボンヘッファーの詩にあるように「主のよき力」に覆われているからです。ですから希望は確かにあるのです。この詩が新年を迎える私たちの祈りとなりますように。

「今日生まれたといふ人」

2017年12月24日

あまり知られていませんが、高村光太郎は「クリスマスの夜」という詩を創っています。『わたしはマントにくるまって/冬の夜の郊外の空気に身うちを洗ひ/今日生まれたといふ人の事を心に描いて/思はず胸を張ってみぶるひした』1921年12月、親友の水野葉舟の家で行われたクリスマスの帰路に詠んだ詩と言われています。その詩は主イエスのことを次のように描いています。『此世で一番大切なものを一番むきに求めた人/人間の弱さを知りぬいてゐた人/人間の強くなり得る道を知ってゐた人/彼は自分のからだでその道を示した』高村光太郎は、その主イエスのことを思い、また主イエスの示された道のことを思って、冬の夜の寒さの中で、思わず身ぶるいしたと詠っています。そして「その泥にまみれた道」に「わたしも行かう」と言っています。水野葉舟の紹介で植村正久牧師を訪ねた高村は「君は自然を美しいというが、誰がその美しい自然を創ったのか」と問われて答えられませんでした。彼はキリスト者にはなれませんでしたが、それ以来、美の背後にあるものを考え続け、真実の美を表現することに生涯をささげました。クリスマスは私たちの心を真実なものへと向かわせる時です。

「貧しい人々に仕えた一生」

2017年12月17日

核廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞し、広島で被爆したサーロ節子さんが授賞式で力強いスピーチをしました。ノーベル平和賞で想い起すのは賀川豊彦のことです。賀川は1954年から56年まで、3年連続でノーベル平和賞の候補になりました。これより先1947年・48年に、2年連続でノーベル文学賞の候補にもなっています。敗戦後、賀川は「日本は豊かになる。しかし日本人の心は貧しくなるであろう」と言いました。賀川が召天してから57年。今の日本は賀川が言った通りになっています。もし賀川がこの現実を見たらなんと言うでしょうか。賀川の多岐に亘る働きの根底には「神の国」を地上に実現したいという強い意志がありました。いつも「キリストならどうなさっただろう」という問いかけがあったのです。「日本の貧しい人々に一生仕えて死にたい」との言葉通り、賀川は勇敢に戦い71年の地上の生涯を終えて天に召されていきました。晩年は「教会を強くしてください。日本を救ってください。世界に平和を来たらせてください。主によってアーメン」とよく祈っていたと伝えられています。ノーベル平和賞、文学賞の授賞式に際して、この偉大な信仰の先輩を想い起しています。

「イルミネーション点灯式に思う」

2017年12月10日

アドベント第一主日の夜、教会の門の脇に立つヒマラヤ杉にイルミネーションが灯されました。5人の者が集まって点灯式をいたしました。小さな光ですが道行く人々の心にクリスマスの喜びが伝わりますように、そして、すべての人を照らすまことの光として来てくださった主イエスに、たとえ一時でも思いを傾ける機会を作り出してくれますようにと祈りました。主イエスは「光である私がいる間に、光の子とされて歩みなさい」と言われました。私たち自身は光ではありません。光の源である主イエスに結ばれているなら、こんな私たちでも光の子とされ、星の様に輝けるというのです。それはちょうどイルミネーションのようなものです。小さな電球の一個一個、それ自体は光ではありません。しかし電源に繋がれた時に美しく光り輝き、世の人々に救い主のご降誕を知らせるのです。私たちも光の源である主イエスに繋がっているなら、光の子とならせていただけます。まことの光が来てくださいました。一番低い所で、一番暗い所で輝いてくださる光です。決して離れず終わりまで共にいてくださる光です。そのことを喜び、そのことを感謝しつつアドベントの時を共に歩んでまいりましょう。

「齋藤諒さんの生きる力」

2017年12月3日

「齋藤諒の生きる力~四肢麻痺・人工呼吸器装着の僕が伝えたいこと」(文芸社)という本が出版されました。著者は静岡県磐田市に住む齋藤諒さんという25歳の男性です。諒さんは高校2年の秋に自転車で登校中に乗用車にはねられ、頚椎を損傷し完全四肢麻痺となり人工呼吸器をつけなければ自分で息もできない身体となりました。小学校から野球一筋で、甲子園出場を目指していた生活が一瞬にして奪われ、絶望し「死にたい」という思いに駆られたそうです。加害者を憎み、殺してやりたいという思いに苦しみました。状況を一変させたのが野球部の先輩から勧められた聖書でした。聖書を通して「相手を赦すことで苦しみから解放される」ことを知り、涙が溢れました。また加害者家族も自責の念で苦しんでいることを知り加害者家族と和解し、今では被害者家族と加害者家族が同じ教会に集っているそうです。あごでパソコンを操作して文章を作り、3月には5年間かけて学んだ通信制のサイバー大学を卒業しました。「人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである。」諒さんはこの御言葉を握り締め、聖書に救われたことや聖書の教えを広めたいと願っているそうです。