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深い地の底も御手の内に

「深い地の底も御手の内に」

2018年3月25日

先週の「聖書を学ぶ会」では詩編95編を学びました。その時、8年前に起きたチリ、サンホゼ鉱山の落盤事故のことを話させて頂きました。33名の作業員が地下7百メートルの坑道に閉じ込められました。当初は絶望視されていたのに、12日後に全員が無事であることが確認されました。30度を超す暑さと90%を超える湿気と暗闇。飢えと死の恐怖の中で、彼らはひたすら救出の時を待っていたのです。驚くべきことに、小さな争いはあっても、彼らは全体としての統制を失うことはありませんでした。これは奇跡と言っても良いと思いますが、それには理由があったのです。それは、彼らが毎日昼の12時と夕方の6時に守っていた礼拝と祈りでした。彼らは坑道内に礼拝所を設け、そこで毎日礼拝し祈りを献げていたのです。しかも、何と彼らの中にホセ・エンリケスさんという牧師がいたのです。この時、エンリケスさんはある御言葉が与えられたと言っています。それは詩編95編4節の御言葉でした。「深い地の底も御手の内にあり、山々の頂も主のもの」。地下7百メートルの暗闇の中で33名の鉱夫たちを支えたのは、この世のすべてを造られ、今も支配されている主なる神様への信仰だったのです。

「生物を造った方」

2018年3月18日

カトリックの動物学者である藤原英司さんが興味深いことを言っています。「人は、死人を見るとゾッとするとか、気持ちが悪いと言いますが、物質とはもともと動かないものであって、それが動く方が本当は気持ちが悪いのです。私たちは動くものを見、自分たちも動いているから、それが普通になっていますが、動き、生き、成長し、滅び、また生まれるという過程こそ、考えれば考えるほど奇跡的なことではないでしょうか。生物を色々な角度から観察し、その精巧さを知れば知るほど、やはり設計者がいるに違いないと思うのです」。そう言ってあるエピソードを紹介しています。万有引力を発見したニュートンが天体の精巧な模型を造り、それを自分の部屋に置いていました。訪ねて来た無神論者の友人が、そのすばらしさに感心して『一体誰が造ったのか』と尋ねました。ニュートンが『誰が造ったのでもない』と答えると、その友人は『これ程の模型が造り主なしにできたとおれが信じると思うか。おれは科学者だぞ』と怒ったそうです。そこでニュートンが言いました。『あなたは模型についてならそう断言するのに、どうして実際の天体を造ったものがいるとは信じようとしないのか。』

「2018年3月11日」

2018年3月11日

明治・大正期の詩人であり児童文学者でもあった山村暮鳥が作った「桜」と言う詩があります。「さくらだといふ/春だといふ/一寸、お待ち/どこかに/泣いてる人もあらうに」 山村暮鳥は19歳の時に東京築地の聖三一神学校に入学し、卒業後は、聖公会の伝道師として秋田、湯沢、仙台、水戸の各地で伝道しました。東北地方での伝道の傍ら詩作を続け、当時の若い詩人たちに大きな影響を与えたと言われています。35歳の時結核に罹り、伝道活動を休止しますが、病との戦いは続き40歳の若さで天に召されています。この「桜」という詩は、7年前の東日本大震災の時に再び注目されました。その年の春は、多くの人が桜の花をめでる気持ちになれなかったからです。今でも、約7万5千人の人が避難生活を続けておられ、約3万人の方が仮設住宅に住まわれています。その方々のことを思うと、今でもこの詩に込められた思いが胸に迫ってきます。今年も桜の花が美しく咲くでしょうが、ただ桜を楽しむだけでなく、命を育んでくださり、桜の花を咲かせてくださる神様が、未だに東北の地で苦しんでいる方々に、生きる希望を与えてくださるようにと、祈る時とさせて頂きたいと思っています。

「平和のダイヤモンド」

2018年3月4日

昨年の12月4日、西アフリカのシエラレオネ共和国の政府が、かつて武装勢力などの資金源となっていた「血のダイヤモンド」に代わる「平和のダイヤモンド」として出品したダイヤモンドの原石が、ニューヨークで競売にかけられ、650万ドル(約7億円)で落札されました。このダイヤの原石はエマニュエル・モモー牧師が設立した企業が昨年3月に採掘したもので709カラットもあって世界でも10番目位の大きさだそうです。モモー牧師はこのダイヤの収益を「水道や電気、道路の整備などシエラレオネ国民のために使って欲しい」と願って、その販売をシエラレオネ政府の手に委ねたそうです。コロマ大統領は、モモー牧師がダイヤの原石を国外に密輸したり、自分の利益のために使おうとしなかったことに深い謝意を表しました。主イエスは天国に迎えられる恵みを高価な真珠に譬えられました(マタイ13:45~46)。私の勝手な推測ですが、ダイヤの原石を発見した時、モモー牧師はこの主イエスの譬え話を想い起したのではないかと思います。そしてダイヤの収益がシエラレオの人々の生活向上に役立つなら、それこそが自分にとってのまことの恵みであると示されたのではないかと思うのです。