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砂漠に植えられた木

「砂漠に植えられた木」

2018年7月15日

鳥取大教授を退官した遠山正瑛という人がゴビ砂漠にポプラの木三百万本を植えようと決意しました。思い立ってから7年後遠山氏72歳の時、日本からのボランティア数十人と現地へ飛び立ちました。現地の人からバカにされながらも遠山氏とボランティアはひたすらポプラを植え続けました。最初の年は八千本しか植林できませんでした。これでは二百年かかります。計画は日本人中心から現地の人を使っての植林へと変わっていきました。現地の人を忍耐強く教育・指導し、植えた木の剪定をする。そういう根気の要る仕事を黙々としていく内に、先ず日本人ボランティアが変わっていきました。そして現地の人たちも将来に希望を持ち始めました。2001年遠山氏95歳の時、植林は目標の三百万本に到達しました。かつての砂漠はポプラの森が広がる緑地となり動物たちが住むようになりました。今ポプラの森の中では畑がつくられ農業が始まっています。ポプラは砂漠になど植えられたくなったかもしれません。しかしそこで一生懸命に生きた結果、そこは緑の森となり人々や動物が集まってくるようになりました。私たちも置かれた場所で精一杯生きるなら神様は尊く用いてくださるのです。

「重すぎる罪」

2018年7月8日

スチュアートというアメリカ人が飲酒運転をしてスーザンさんという18歳の女の人をひき殺してしまいました。スーザンさんの家族から訴えられ、判決で150万ドル(1億6千万円)の賠償金の支払いを命じられました。ところが家族は奇妙な要望を出してきました。150万ドルではなく、935ドル(10万円)だけ支払えばよい、と言ってきたのです。但し18年間(つまり935週間)毎週金曜日に家族宛に小切手を書いて1ドルずつ払って欲しいというのです。金曜日はスーザンさんが亡くなった日です。150万ドルの大金を払わずにすんだスチュアートはほっとして、毎週1ドルの小切手を送りました。しかし毎週繰り返していくうちに段々と苦痛になってきました。小切手を書く度に自分の罪を思い出すからです。彼は次第に憂鬱になり、とうとう小切手を書けなくなりました。そこでまた裁判になりました。スチュアートはこの罰は重すぎると訴えましたが、判決は毎週1ドルずつ払い続けなさい、というものでした。自分の罪をずっと負い続けなければならないということは本当に苦しいことです。しかし主イエスは「子よ、あなたの罪は赦される」と言って下さいました。私たちはこの恵みに生かされています。

「受けることで与える」

2018年7月1日

青山学院大学宗教部長塩谷直也師の文章から引用します。『教誨師をしている僧侶がアルコール依存症になった。死刑囚の更生の手助けをしても結局は絞首刑になる。彼はその現実に翻弄され、苦悩したのである。治療のために病院に通い、その後で死刑囚との面談を続けていた。仏の道を説く自分がアルコールで苦しんでいるなどとは、とても言えないと思っていたが、ある時、思わず「実はアルコール依存症で病んでいる」と漏らしてしまった。すると死刑囚の態度が変わった。「よく分かる」と共感し、「お坊さん、頑張れ」と励ましてくれる死刑囚が現れた。僧侶は気付いた。今までは自分が援助を与え、死刑囚はそれを受けるという一方向の関係であった。その時には本当の死刑囚の苦しみに寄り添えなかった。しかし自らの弱さに気付いた今、初めて隔ての壁が消えた。主イエスも子どもからパン五つと魚二匹を受け、それを人々に分け与えた。お互いに受け、そして与える交わりの中で、私たちは生かされるのだ。』茅ヶ崎恵泉教会においてもお互いに受け、そして与える交わりが実現しますように。そのために、兄弟姉妹が神様に心を注ぎ出して、お互いに祈り合う群れとなりますように。