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主の特選の民

「主の特選の民」

2018年12月30日

今年のクリスマスの主題聖句はテトスへの手紙2章11節でしたが、それに続く14節には、主イエスが十字架にかかられた目的は「良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです」と書かれています。この言葉は口語訳聖書では「良いわざに熱心な選びの民を、ご自身のものとして聖別するためにほかならない」と訳されていました。私たちは「選びの民」であるというのです。戦前の文語訳聖書では「特選の民」となっていました。入選とか佳作ではないのです。特選の民なのです。英語の聖書でも「His own special people」と訳されています。ご自身のスペシャル・ピープル「特別な人」であるというのです。私のようなものを特選の民としてくださるために、主イエスはご自身を十字架にささげてくださったのです。何という恵みでしょうか。まさに「アメイジンググレース」、驚くばかりの恵みです。主イエスが、私たちのためにご自分を捨ててくださり、特選の民としてくださっているのですから、その恵みを「ありがとうございます」と素直に受け取って歩んでいきたいと思います。来るべき2019年も、この恵みに感謝し、この恵みを伝えていく者とさせていただきたいと願っています。

「楽しみもあるクリスマス」

2018年12月23日

組織神学者であった佐藤敏夫先生は20代の頃、戦争で南方に派遣され、厳しい軍事訓練で心身ともに疲れ果てていました。その厳しい訓練の中で、ふと「あぁ、明日はもうクリスマスだ」と思い出しました。彼はルカによる福音書2章の御言葉を想い起こしながらクリスマスの讃美歌を一人で口ずさみました。その時、戦争の苦悩や悲しみで心が塞がれていたのに、不思議な喜びが起こってきました。戦場で体験した言葉に言い尽くせない平安と喜びでした。戦後、牧師となった佐藤先生は、教会でクリスマス礼拝と共に祝会も守るようになりました。しかし楽しいクリスマスにはなかなか馴染めなかったそうです。本当のクリスマスはこのように浮かれたものではない。罪と死に支配されている人間の存在そのものを、最も深いところで支える深い喜びである筈だと思っていたそうです。でも楽しそうにしている子供たちや教会員の姿を見ているうちに、段々と思いが変わっていきました。そして「楽しみさえもある喜びのクリスマス」、それで良いのだと思うようになったそうです。私たちはクリスマスの喜びを素直に楽しむことを許されているのです。主イエスの愛はそれほどに広くて豊かなのです。

「宣教160周年を迎えるに当たって」

2018年12月16日

日本にプロテスタント信仰が伝えられたのは1859年のことです。従って来年は宣教160周年の年に当たります。しかし日本のキリスト者の数は人口1億2千万の1%弱に止まっています。約57万のプロテスタントと44万のカトリック、それに1万の正教会を合わせても約102万人です。これは、30%と言われる1千万人の韓国、5%~10%(5千万~1億人)と言われる中国と比べてあまりに少ない数です。歴史的には、国際的な時代には欧米の文化とキリスト教が歓迎され、国粋的な時代にはナショナリズムが盛んになって、キリスト教を嫌う傾向が見られます。ある学者は、これについて「20年周期説」を唱えています。テモテへの手紙二4:2にある「良い時」と「悪い時」が大体20年ごとに交代していると言うのです。国際主義の時代には信者数は伸びますが、国粋主義の時代には減るので、いつもだいたい同じという訳になります。またある人は、日本の教会は迫害に対してキリスト教は無害だと主張したけれども、日本にとって有益だと言って来なかったことが伸びなかった原因だと言っています。そうであれば今こそ私たちは、日本にとってキリスト教は有益であるとはっきりと言い表したいと思います。

「勝海舟とキリスト教」

2018年12月9日

先週の西郷隆盛に続いて勝海舟とキリスト教について見てみます。勝海舟は長崎海軍伝習所に航海術の教師として赴任したオランダ人カッテンディーケが毎週日曜日に熱心に礼拝するのを見て感動し、オランダ語の讃美歌を日本語に翻訳しています。日本で最初に外国の讃美歌を翻訳したのは勝海舟でした。咸臨丸でアメリカに渡った時は、サンフランシスコで毎週のように教会の礼拝に出席していたそうです。維新後は明治新政府の政治顧問のような役職を歴任しますが、晩年はキリスト教に接近していきます。彼は漢訳聖書を座右の書としていました。またアメリカ人宣教師一家を自分の邸宅に同居させるなどクリスチャンとの交わりを続けていました。エドワード・クラークという宣教師は「キリスト者ではなかったが、彼以上にナザレ人イエスの人格を備えた人物を見たことがない」と彼を高く評価しています。勝がキリスト教と真剣に取り組んだのは愛する長男の小鹿を突然失ってからだと言われています。亡くなる2週間ほど前、彼は医師のウィリス・ホイットニーに「私はキリストを信じる」とはっきりと言ったと伝えられています。洗礼は受けませんでしたが信仰を確かに告白したのです。

「敬天愛人」

2018年12月2日

今年の大河ドラマ「西郷どん」が描く西郷隆盛は今までのイメージに比べて優しく、思い遣りに満ちています。西郷隆盛が好んで書にした「敬天愛人」の思想がその言動に顕れています。では西郷が考えていた「天」とはどのようなものであったのでしょうか。「南洲翁遺訓」に納められた西郷語録に次のような言葉があります。「人を相手にせず、天を相手にせよ。すべてを天のためになせ。人を咎めず、ただ自分の誠の不足をかえりみよ」。「天はあらゆる人を同一に愛する。ゆえに我々も自分を愛するように人を愛さなければならない」。これは聖書の言葉と一致します。実は西郷は漢訳聖書を読んでいたことが分っています。読んでいただけでなく聖書を教えていたという人もいます。更に驚くのは、西郷が横浜で外国人宣教師から洗礼を受けたという説もあるのです。福岡在住の男性の祖先の日記にはそのことが書かれていて「洗礼を受けたことは秘密にしてほしい」と西郷から要請され、お礼として西郷が宣教師に豚二匹を贈呈したことも書かれていたそうです。残念ながらその日記は戦災で焼失したため証拠がなくなってしまいました。いつか新たな証拠が発見されることを期待しています。