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だぶだぶの洋服

「だぶだぶの洋服」

2018年7月22日

私の恩師の週報短文からの引用です。『遠藤周作さんは、母に連れられて教会に行き、12歳の時に洗礼を受けたそうだ。だから、よく分からないままに、だぶだぶの洋服を着せられたようなもので、着こなすのに苦労したと書いておられる。…だぶだぶの洋服と言えば、牧師が説教することもそうだ。説教は聖書を語らねばならない。しかし果たしてどこまで自分の言葉で聖書を語ることができるか、これは説教者の一生の課題である。無理をしないで自分で語れることを語ればよいのだが、それが果たして聖書を正しく語ることになるかどうかは別の問題だ。だから我々はいつも聖書から問われ続けている。しかし、もう少し根本的に言えば、キリスト教自体が、我々の理解を超えているのである。神のことを我々人間がどこまで理解できるだろか。我々の理解を超えている神との関わりをあえて問題にするのがキリスト教である。初めからだぶだぶの洋服なのだ。それを上手に着こなすことができると考えること自体が不遜とも言える。』今、着こなすのに苦労されている方はおられるでしょうか。でも大丈夫です。皆、苦労しているのです。でも着ているうちに、いつの間にか馴染んでくるのです。