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神の鉛筆になる生き方

「神の鉛筆になる生き方」

2018年9月23日

先週の説教で、私たちが空の器に徹していくならば、主イエスの御業が私たちを通して顕れる、と語らせていただきました。マザー・テレサは「私はただ神の御手の中にある鉛筆です」と言っています。器が鉛筆に置き換えられていますが、言わんとすることは同じです。ある人は鉛筆を握って様々な物語を書きます。また鉛筆を使って素晴らしい絵を描く人もいます。しかしマザー・テレサは、自分の手に鉛筆を握って名作を残そうとは考えませんでした。自分自身が神の御手の中にある鉛筆だというのです。神の御手に握られれば、神ご自身が驚くべき名作を生み出してくださる、という信仰に生きていたのです。その信仰は使徒パウロの言葉と重なります。「だから、今述べた諸悪から自分を清める人は、貴いことに用いられる器になり、聖なるもの、主人に役立つもの、あらゆる善い業のために備えられたものとなるのです。(Ⅱテモテ2:21)」マザー・テレサの人生は、まさに神の手による名作であったと言えます。私たちは、マザー・テレサには及びもつきませんが、「私は神様の御手の中にある鉛筆です」という信仰を持つなら、きっと私たちを通して、神の御業が顕れると信じます。