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勝海舟とキリスト教

「勝海舟とキリスト教」

2018年12月9日

先週の西郷隆盛に続いて勝海舟とキリスト教について見てみます。勝海舟は長崎海軍伝習所に航海術の教師として赴任したオランダ人カッテンディーケが毎週日曜日に熱心に礼拝するのを見て感動し、オランダ語の讃美歌を日本語に翻訳しています。日本で最初に外国の讃美歌を翻訳したのは勝海舟でした。咸臨丸でアメリカに渡った時は、サンフランシスコで毎週のように教会の礼拝に出席していたそうです。維新後は明治新政府の政治顧問のような役職を歴任しますが、晩年はキリスト教に接近していきます。彼は漢訳聖書を座右の書としていました。またアメリカ人宣教師一家を自分の邸宅に同居させるなどクリスチャンとの交わりを続けていました。エドワード・クラークという宣教師は「キリスト者ではなかったが、彼以上にナザレ人イエスの人格を備えた人物を見たことがない」と彼を高く評価しています。勝がキリスト教と真剣に取り組んだのは愛する長男の小鹿を突然失ってからだと言われています。亡くなる2週間ほど前、彼は医師のウィリス・ホイットニーに「私はキリストを信じる」とはっきりと言ったと伝えられています。洗礼は受けませんでしたが信仰を確かに告白したのです。