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新しい聖書ー訳語の変更(その4)

「新しい聖書ー訳語の変更(その4)」

2019年3月23日

新しい聖書で解釈が大きく変わったのはコヘレトの言葉です。これまで著者のコヘレトは、死ですべてが終わるこの世をはかなむ厭世主義者と見做されてきました。また全体が格言の羅列でしかないと考えられてきました。しかし現在では、コヘレトの言葉は一貫した思想によって統一されている書として解釈されるようになりました。死があるからすべて空しいのではなくて、むしろ死という終わりがあるからこそ、今を掛け替えのない時として積極的に生きることを勧めている書であると解釈されるようになりました。例えば新共同訳では11章1~10節は「分かったものではない(2節)」、「分かるわけはない(5節)」、「分からないのだから(6節)」という懐疑的な表現で訳されています。しかし新しい聖書では「知らないからである(2節)」、「知りえない(5節)」、「知らないからである(6節)」と訳していて、否定的な結論ではなく、むしろ理由や根拠を示しています。興味深いのは9章9節です。「愛する妻と共に楽しく生きるがよい」という言葉は、「愛する妻と共に人生を見つめよ」と訳されています。原語には「楽しむ」と言う意味はなく「見る」という言葉だからです。