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主を迎える準備をしよう

「主を迎える準備をしよう」

2019年8月11日

先週の祈祷会ではルカによる福音書12章35節以下の御言葉を学びました。やがて私たちは再臨の主にお会いする。それはこの世の「終末の時」とする解釈が一般的ですが人生の終末である「死の時」とする見方もあります。日野原重明先生は癌で苦しむ35歳のクリスチャン女性から「いったい私の体は何時までもつのですか」と尋ねられました。日野原先生はそれに直接は答えずにルカ12章40節の御言葉を読みました。「あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」医師としてこの女性に死期を明確に告げることはできなかった。仮に死期が分かったからと言って、それを告げることがその女性の慰めになる訳でもない。それよりも、日野原先生は、いつでも死ねる用意をするようにと促したのです。日野原先生は信仰を持っている患者に「死を迎える用意」ではなくて「主を迎える用意」をしようと告げたのです。「死」と「主」。発音はあまり変わりませんが、意味は全く違います。「死を迎える」のではなくて、「主を迎える」のです。いえ、主に迎えられるのです。「いつも主に迎えられる用意をしていなさい」。日野原先生は精一杯の慰めを与えられたのです。