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嵐の中の礼拝

「嵐の中の礼拝」

2019年10月20日

台風19号が接近していた12日の土曜日、「明日の礼拝はあるのですか」という問い合わせがありました。教会は他の集会を休むことはあっても、一人でも集まれるなら礼拝を中止することはありません。教会の歴史は、困難な中でも礼拝を守ってきた闘いの歴史です。初期のキリスト教徒は、ローマ帝国の迫害を逃れ、カタコンベと呼ばれる地下墳墓に集まって、殉教者たちを葬る傍ら、そこを隠れ家として礼拝を守り続けました。東日本大震災の直後、津波で全壊した「気仙沼第一聖書バプテスト教会」の跡地のがれきの中に、流木を括り合わせて作った十字架が立てられ、そのもとに助かった人たちが集まって礼拝が守られました。助かったことを感謝し、召された方の霊を主の御手に委ね、ご遺族の上に主の慰めを祈ったのです。礼拝を守ることは、教会の生命線です。そこに教会がある限り、礼拝は続けられます。逆に礼拝を止めたなら、どんなに立派な会堂があったとしても、それは教会ではなくなります。たとえ牧師一人だけであっても礼拝は守り続けられます。そこに主が臨在され、主の御言葉が語られ、主の聖名が崇められる限り、どこにおいても、たった一人でも礼拝は成立するのです。