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神はわたしの避けどころ

「神はわたしの避けどころ」

2019年10月27日

「民よ、どのような時にも神に信頼し/御前に心を注ぎ出せ。/神はわたしたちの避けどころ。」(詩編62:9) 「神はわたしの避けどころ」。これは詩編にたびたび出てくる言葉で、詩人たちが最も愛した表現の一つです。時として私たちは「信仰とは、結局は逃避ではないか。あなたは現実から逃げているだけではないか」と批判されることがあります。そんな時、私たちは必死になって「そんなことはない。信仰は逃避ではない」と弁明します。しかし加藤常昭師はこう言っています。「何も強がることはない。詩編は、私たちが逃げ場所を持っていることをむしろ誇らかに歌っている。神の許に逃れることができること、逃れる場所を与えられていることを知っているから、私たちは強く生きることができるのです。何も酒に逃げ場所を見つけているのではない、ギャンブルや遊びを逃げ場所にしているのではない。まことの神の前に、信じる仲間たちと共に集まり、安らぎを得ること。そのことに私たちは何もためらうことはありません。」心がくじけそうになる時、私たちは教会に集まり、確かな避けどころである神様の許に逃れることができるのです。この幸いを心から感謝したいと思います。