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オンライン礼拝の実質化

「オンライン礼拝の実質化」

2021年1月24日

コロナ禍のため、会堂に共に集まっての礼拝は休止となり、ライブ配信される音声と動画によって、各ご家庭にてオンライン礼拝を献げて頂いています。そのために役員と有志の方が、週報と説教の原稿を各ご家庭に配送してくださっています。オンライン礼拝は教会に来られなくなった方々も参加できるというメリットがあります。また未信者である家族の方々と共に参加できるという伝道的な意味もあります。しかし、礼拝の様子を配信することは礼拝そのものではありません。動画や音声を視聴することが、そのまま礼拝になるのではありません。礼拝とは何でしょうか。一言で言えば、現臨される主なる神様を拝むことです。礼拝において最も大切なことは、この主の現臨です。そこに主が霊的に実在されていることです。礼拝において私たちは、現臨される主に出会い、主の御言葉を聴き、主の御前にひれ伏して、主を拝むのです。このような主なる神様との生きた交わりがないなら、それは礼拝とは言えません。オンライン礼拝を実質的なものとするために、私たちは礼拝の場に主に来ていただくことを祈り願い、主の御前にひれ伏すという聖なる畏れをもってその時を過ごしたいと思います。

「改めて絆を考える」

2021年1月17日

吉祥寺教会の牧師でカウンセラーでもある吉岡光人先生の言葉を紹介します。「東日本大震災の後「絆」とい言葉を耳にすることが多くなりました。家族や地域社会が連帯して支え合おうという意識が高まり、また地縁・血縁関係を超えて社会全体で「絆」を結ぼうという意識が高まったことから来るものだと思います。…ところが今回の新型コロナ感染症の問題は、こうして築き上げてきた人と人の絆が危うくなるような事態を引き起こしたと言えます。感染リスクへの恐怖から、感染者に対するあからさまな差別対応、感染者を出した施設や店舗などに対する残酷なバッシングがあり、医療関係者とその家族に対するいじめがあることが報告されています。…絆とはそんなに簡単に切れてしまうものなのでしょうか。そんなはずはないとわたしは思います。…今、全体が強いストレスの中に置かれている状況の中で、多かれ少なかれ誰もが不安を感じて生活しています。そういう時だからこそ、人と人との絆とは何なのかを、今一度考える必要があろうかと思います。ちょっとやそっとでは切れることのない絆を結んでいくために何が大切なのか、今はそのことを考えるよい機会でもあると思います。」

「神様との距離を縮めるチャンス?」

2021年1月8日

コロナ禍は、三密、ステイホームなどの様々な新語を生み出しました。ソーシャルディスタンスもその一つです。今まで意識していなかった距離感を気にするようになりました。距離感と言えば、新聞にこんなことが書いてありました。「今までお互いに程々の距離感を保って、安定していた夫婦や家族が、外出自粛要請で四六時中顔を合わせるようになった途端に、些細なことで口論や争いが絶えなくなったということが起きている」。家族のような親しい関係であっても、適切な距離感を保つことが重要だというのです。確かに人間関係においてはそうかもしれません。しかし神様との距離感は違います。神様との関係においては「近づき過ぎる」ということはありません。神様はいつも私たちに、もっと近づきたいと思っておられます。でも私たちの方が一定の距離感を保ち続けて、なかなかそれ以上、近づこうとしない、ということはないでしょうか。色々な活動が停止や縮小されている今、時間には余裕が出ているかもしれません。この機に、じっくりと聖書を読み、祈りを深めてみては如何だろうか。人間同士の距離感が離されている今、神様との距離感を縮めるチャンスなのかもしれません。