MENU

嘆きを賛美に変えられる主

「嘆きを賛美に変えられる主」

2021年2月7日

ある政治学者が。コロナという危機の中で真のリーダーに通じるのは「弱さ」であると言っています。ドイツのメルケル首相がなぜ多くの共感と信頼を得たのか。それは「私も心配。私も弱い」という視点から、連帯を訴えたからだというのです。人は天災に遭うと、これは何かの警告ではないか、というような納得できる理由を探したくなります。しかし、ある聖書学者は、今、キリスト者に必要なことは、苦しむ世界と共に嘆くことだと言っています。聖書の奥義は、「神も嘆かれる」ということなのだ。神は人間の悲惨な状態を心から悲しまれた。その神が人となって来られて、私たちの間に宿られた。そして、愛する友ラザロの墓の前で涙を流された。パウロは、聖霊が「うめく」と語っている。主イエスの涙と、聖霊のうめきにおいて、神の嘆きは一つとなっている。こう言っているのです。しかし、神は嘆かれるだけで終わってしまわれるお方ではありません。涙の死が、喜びの復活につながったように、うめきが賛美に変えられたように、神は必ず今の暗闇の先に希望の光を用意されています。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。(ヘブライ書11:1)」