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過去の礼拝説教

「主の問いに どう答えるか」

2022年01月23日 聖書:マタイによる福音書 21:23~27

今朝の御言葉には、主イエスが、祭司長や民の長老たちと、権威についての、問答をされた、という記事が記されています。
エルサレムに入られた主イエスは、直ちに神殿に向かわれました。
そして、神殿の境内で商売をしていた人々を、追い出されました。
また、病人の病を癒され、集まってきた人たちに、救いの御言葉を語られました。
民衆は皆、夢中になって、主イエスの話に耳を傾けました。
その翌日も、主イエスは、神殿に行かれて、そこで御言葉を語られました。
ところが、祭司長や民の長老たちは、それを見て腹を立てました。
主イエスが、神殿で、あたかもここが自分の家であるかのように、自由に振る舞い、御言葉を語っているのを見て、激しい怒りを覚えたのです。
そこで、なんとかして、主イエスを、亡きものにしようと思いました。
しかし、神殿で教えている主イエスの回りには、多くの民衆が集まり、喜んでその話を聞いていたので、彼らは手を出すことができませんでした。
この時、彼らができたことは、主イエスを尋問することくらいでした。
彼らは、「何の権威でこのようなことをしているのか。だれがその権威を与えたのか。と問い質しました。
それに対して、主イエスは、すぐにはお答えにはならないで、反対に質問を返されました。
「では、わたしも一つ尋ねる。それに答えるなら、わたしも、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。
ヨハネの洗礼はどこからのものだったか。天からのものか、それとも、人からのものか。」
ここで、主イエスは、彼らに問うておられます。彼らの答えを求められておられます。
これは、とても大切なことを示しています。主イエスに問い掛ける者は、逆に、主イエスから問い掛けられるのです。
皆さん、ここで想い起してください。
私たちが、初めて教会に来た時、或いは、私たちが信仰に入ろうとする時、誰でもが、問いを投げ掛けるのではないでしょうか。
聖書が言っていることは、本当なのだろうか。
神様って、本当におられるのだろうか。どうしたら神様を信じられるのだろうか。
神様がいらっしゃるのに、どうして世の中には、様々な不条理が起きるのだろうか。
そのような、様々な問い掛けを、教会や牧師に対してぶつけます。
そして、そういう問い掛けに、納得のいく答えが返ってきたときに、初めて私たちは信仰を持つことができる。普通はそう考えると思います。
しかし、信仰とは、そういうものなのでしょうか。そうではないと思います。
私たちが、問い掛けている間は、どんなに立派な答えが返って来ても、私たちは信仰を持つことはできないのではないでしょうか。
なぜかと言いますと、問い掛けをするということは、私たちが、尋問する側の立場に立っているからです。
私たちが裁判官になって、神様を被告人にしているのです。
そのように神様を尋問している限り、私たちは信仰者にはなれません。
私たちが尋問するのではなく、逆に、神様から問い掛けられなくてはいけないのです。
私たちが信仰を持つのは、そういう問い掛けをしている自分が、逆に神様から問われるようになった時なのです。
色々な疑問を持って、神様を尋問している私たちに、神様が問い掛けて来られるのです。
一体あなたは何者なのですか。あなたは、自分の人生を、どのように生きようとしているのですか。あなたは何を希望に生きているのですか。
あなたは一体、どこに向かって歩んでいるのですか。何を慰めに生きているのですか。
そういう問い掛けが、神様からなされて、私たちが、それに一つ一つ誠実に答えていく。
信仰とは、そういう、神様からの問い掛けに応えるという、交わりの中で生まれてくるものなのです。
私たちは、そういう問い掛けを受ける時に、自分の本当の姿に気付かされるのです。
そしてその時、私たちは初めて、神様に出会うことができるのです。
今朝の御言葉で、主イエスが問い掛けられたのは、洗礼者ヨハネのことです。
洗礼者ヨハネのことを問われることによって、主イエスは、彼らの本当の姿を、明らかにされようとしたのです。
「ヨハネの洗礼はどこからのものだったか。天からのものか、それとも、人からのものか。」
これが、主イエスの問い掛けでした。
洗礼者ヨハネも、ユダヤの人たちに問い掛けをした人です。神の民としての在り方を問い質した人です。
ユダヤの人たち、今のあなた方は、神の民として相応しい生き方をしていますか。
今のままで、神様の前に立つことができますか。そう問い掛けたのです。
もし、今のままでは、神様の前に立てないと思うなら、悔い改めの洗礼を受けなさい。
そして、新しい生活を始めなさい。そう呼び掛けたのです。
これは大変大切な問いです。私たちも、そのように問われる必要があると思います。
あなたは、今のままで良いのですか、という問い掛けです。
今のままのあなたは、信仰者として相応しいですか。主イエスの前に立てますか。
私たちは、そのような問い掛けを受け、それに答えることが求められているのです。
この問い掛けは、私たち一人一人に対して、個別になされます。
他の人は問題ではない。あなたは今のままで、一人で神様の前に立てますか。
そういう問い掛けを受けることによって、私たちの信仰者としての姿勢が正されるのです。
この問い掛けを受けて、それに真摯に答えていく。それは、とても大切なことです。
ヨハネは、ユダヤ人に向かって、そういう問い掛けをしたのです。
ヨハネは、高名な律法学者でもなければ、尊い家系に生まれた人でもありません。
ユダヤ人社会において、一般に認められている、権威を持っている人ではありません。
しかし人々は、このヨハネの姿を見て、この人の背後には神様がおられると思ったのです。
ですから多くの人が、ヨハネの許に集まって来て、洗礼を受けたのです。
しかし、ここに出て来る祭司長や民の長老たちは、この人の許に行きませんでした。
ヨハネのバプテスマは、どこで行われたかと言いますと、エルサレムの都から程遠い、ヨルダン川において授けられたのです。
ヨハネが、エルサレムの神殿に来て、この神殿で説教し、この神殿でバプテスマを施したいので、許可していただきたい、と言ってきたのではないのです。
荒野で説教をして、都を指差して、一体あそこに、神に対する真実の礼拝があるか、と尋ねたのです。
エルサレムで行なわれている礼拝は、真実の礼拝ではないと批判したのです。
祭司長や民の長老たちも、その言葉を伝え聞いていました。でも彼らは、ヨハネの許に行って、悔い改めることをしませんでした。
行かなかったということは、ヨハネの権威を認めなかった、ということです。
ヨハネの洗礼は神からのものではなく、あの男が勝手にやっていることだと思ったのです。
そうであれば主イエスの問いに対して、はっきりと答えれば良かったのです。
「ヨハネの洗礼は神からのものではなく、人からのものだ」と堂々と言えば良かったのです。
自分たちは、ヨハネの権威を認めない、とはっきり言えば良かったのです。
ところが、主イエスの問いを受けて、彼らは相談を始めます。
「『天からのものだ』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったのか』と我々に言うだろう。『人からのものだ』と言えば、群衆が怖い。皆がヨハネを預言者だと思っているから」。
そして、結局彼らは、「分からない」と答えるのです。
その答えを受けて主イエスも、「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい」とおっしゃいました。
ここには、堂々とした主イエスのお姿と、主イエスに問われて、うろたえている祭司長たちの姿が、対比されています。
まことの権威によって立っている者と、移り行く権威に縋っている者との、対比が示されています。
キリスト教の歴史において、このような対比は、しばしば見られました。
1944年、第二次世界大戦の戦局が悪化して、とうとう学徒勤労動員令によって、中学生までが工場の作業に動員されました。
恵泉女学園の河合道園長は、工場長に頼んで、就業前に礼拝をする許可を取り付けました。
工場の始業は8時でしたが、生徒たちはその30分前に集まって、毎日礼拝を守りました。
勿論、河合道園長も作業委を着て、手ぬぐいを持って、生徒たちと共に礼拝をささげました。
真冬の凍てつくような朝も、外で賛美歌を歌う生徒たちを見て、初めの内はあざ笑っていた工員たちも、やがて心動かされ、中には後ろの方で一緒に讃美歌を歌う者も出てきました。
ある日、河合園長は東京府の教育局に呼ばれて、こう言われました。
「もう今の時代は、ミッションスクールでも礼拝を止めるところが増えてきている。恵泉女学園も礼拝を止めたらどうか。」
河合園長は静かに、しかしきっぱりと答えました。「礼拝は止めません。礼拝を止めるくらいなら、私は学校をする意味がありません。学校を止めます。」
河合園長の堂々とした答えに、担当官は驚き、うろたえてしまいました。
そして礼拝は、終戦の日まで、学園でも工場でも、一日も欠かさずにささげられたのです。
ここでの、主イエスと、祭司長たちも、同じです。
尋問されている主イエスが、堂々としておられるのに比べて、祭司長たちは、恐れて動揺しています。
なぜ彼らは恐れたのでしょうか。彼らが、本当の権威に従っていなかったからです。
もし、本当の権威に従っていたなら、恐れる必要はなく、「私は、ヨハネの洗礼は、人からのものだと確信している」、と言えた筈です。
本当に恐れるべきものを恐れる人は、恐れなくても良いものを、恐れることはないのです。
祭司長たちは、人々の言葉を恐れました。
しかし彼らは、民衆などを恐れる必要のない、権威ある者たちの筈です。
もし、本当に権威を持っているなら、人々の言葉など恐れる必要は無い筈なのです。
しかし、彼らは、人々の言葉によって、自分たちの権威が失われることを恐れました。
彼らの権威は、そのように脆いものであったのです。
しかし、まことの権威とは、どんな時にも、変わらないものである筈です。
たとえ権力者が交代しても、人間の価値観が変わっても、まことの権威は変わることがない筈です。
ですから、何がまことの権威であるかを見分けることが、私たちの人生において決定的なことになります。
移り変わって行くものと、決して変わらないものを、見分けることが大切になります。
アメリカのキリスト教倫理学者、ラインホルト・ニーバーという人が、「冷静さの祈り」と呼ばれている、短い祈りの言葉を書いています。こういう祈りです。
「主よ、変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの、冷静さを与えたまえ。
変えることのできるものについて、それを変えるだけの、勇気を与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。」
宇宙飛行士の山崎直子さんは、人生の危機に、このニーバーの祈りに支えられたそうです。
広大な宇宙を相手に、様々な困難な経験をしてきた山崎直子さんは、変わり行くものと、決して変わらないものとを、見分けることの大切さを、殊更に痛感していたのだと思います。
すべてが、移り変わっていくこの世にあって、どんな時にも、どこにおいても、決して変わらない権威。それは、主イエスの許にしかありません。
主イエスこそが、変わることのない権威であり、真理なのです。
そして、それを見分けることが、私たちにとって、決定的に大切なことなのです。
しかし、祭司長たちは、時の権力者や、民衆の支持次第で、直ぐに壊れてしまうような、頼りない権威にしがみついていました。
そして、まことの権威である主イエスを殺さなければ、自分たちの権威が揺らいでしまう。
自分たちの存在が危なくなると思って、恐れたのです。
祭司長たちは、神殿において権威を持っていました。神の名を、勝手に振りかざす権威を持っており、神殿を自在に歩き回る自由を持っていました。
しかし、主イエスを受け入れる、自由は持っていなかったのです。
神様の愛を受け入れる、自由は持っていなかったのです。
この後、主イエスは、殺されます。主イエスと祭司長たちとの、激しい対決は、人間的に見たら、主イエスの敗北に終わります。
祭司長たちは、主イエスが十字架につけられた日、勝ち誇ったように、ほくそ笑んだことでしょう。遂に、我々の権威と自由は守られたと。
しかし、真実の勝利は逆転しているのです。
主イエスは、十字架につけられて、殺されました。
しかし、その十字架につけられて、殺されるところまで、人間を愛し抜かれた、主イエスの愛は、祭司長たちの思いも及ばなかった、勝利の波を広げていくのです。
使徒言行録4章では、主イエスを十字架につけた祭司長たちが、今度は、新しく生まれた教会の使徒たちを裁いています。
そして、また同じように質問しています。
「お前たちは、何の権威によって、誰の名によって、ああいうことをしたのか」。その問いに、使徒たちが大胆に答えました。
「あなた方が十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられた、あのナザレの人、イエス・キリストによるのです。このお方の他の誰によっても、救いは得られません。
私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
私たちも、問われています。世の人々から、そして主イエスご自身から、問われています。
「あなたは主イエスの権威を、どのように信じていますか」と。
その時、私たちも、使徒たちのように、大胆に、そしてはっきりと答えたいと思います。
「主イエスこそ、神の子、救い主です。人からではなく、天の神様からの権威によって、私たちを救ってくださるお方です。
このお方の他の誰によっても、救いは得られません。
私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
この信仰告白にしっかりと立ち続けるなら、教会はこの世の、どんな権威にも屈することなく、立ち続けていきます。
皆さん、今朝私たちは、まことの権威について御言葉から聞きました。
そして、まことの権威に身を委ねた時、まことの自由に生きることができる、ということを知りました。
私たちは、皆、それぞれに小さな権威を持っています。
父親としての権威。母親としての権威。仕事上の権威。一人の人間として生きる以上、何らかの権威を持っています。
そして、その権威に裏付けられた、自由があります。
しかし、その権威と自由は、主イエスという、まことの権威に身を委ねた時に、初めて健全なものとなるのです。
信仰に生きて、信仰に死んだ、ある結核患者の婦人の手記を読んだことがあります。
この婦人が危篤になって、父親が病床に駆けつけました。
そして、娘の両手を握り締めて、お別れをしようとしました。
そうしたら、その婦人が、右の手を握っている父親の手を振り払って、「いいえ、これはイエス様に。こっちで…」と、左の手だけを父親に委ねたそうです。
主イエスに委ねた右の手は、堅くこぶしを握りしめたまま、しばらく天の方に向けてかざされていたそうです。
しばらくそうしていて、やがて息を引き取られたというのです。
これこそが、神様の愛に身を委ねた、まことの自由の姿ではないでしょうか。
結核のため、全く不自由な病床にあって、死を目前にして、お父さんの愛をしっかりと左手で受け入れながら、右手はまことの権威である主イエスに委ねていく。
主イエスが、この時も、この最後の時も、自分の人生の中に、踏み込んできてくださり、自分を支配されている。
この婦人は、そのことを、受け入れているのです。
主イエスは、神としての権威と自由をもって、私たちの生活に踏み込んでこられます。
その主イエスに右の手を委ね、主イエスのご支配を受け入れていく時に、私たちの自由は真実で健全なものとなるのだと思います。
まことの権威である主イエスを受け入れ、主イエスの愛のご計画に身を委ねて、何物をも恐れない自由に生かされていきたいと願います。
「私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」
この信仰を、大胆に、そしてしっかりと告白していきたいと願わされます。