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過去の礼拝説教

「よみがえりの主を信じる」

2021年04月04日 聖書:マルコによる福音書 16章1節~8節

瞬きの詩人、水野源三さんが書いた、「こんな美しい朝に」、という詩があります。
「空には 夜明けとともに 雲雀が鳴き出し/ 野辺には つゆに濡れて すみれが咲き匂う/ こんな美しい朝に こんな美しい朝に/ 主イエス様は 墓の中から 出てこられたのだろう」
イースターの朝、教会入り口の花壇に植えられた、美しい花々を見ながら、私は思わず、この詩を口ずさみながら、会堂に入りました。
こんな美しい朝に、ご一緒に、イースター礼拝を献げられる恵みを、感謝致します。
しかしながら、一方で、今、私たちは、コロナ禍のために、多くのことが実行出ずに、寂しい思いをも、余儀なくされています。その中の一つに、ご葬儀があります。
愛する友が亡くなった。ご葬儀に参列したいのに、家族葬のため見送ることができない。
これは、愛する人を失った者にとっては、本当に辛く、悲しいことです。
昨年ある兄弟が召されました。家族葬のため、親族以外の方のご参列はお断りしました。
しかし、どうしてもお別れをしたい、と願われた数人の方々が、雨の降る中、会堂の外の道路で、ずっと待ち続け、霊柩車の出発を見送られました。
愛する者との、最後の別れをしたいという、強い思いのなせる業であったのだと思います。
では、主イエスの場合はどうだったでしょうか。主イエスを愛する者たちは、心を込めた見送りを、することができたのでしょうか。
主イエスが、十字架の上で、息を引き取られたのは、金曜日の午後3時頃でした。
その時から、その日の日没まで、恐らく3時間もなかったと思いますが、その短い間に、あたふたと、埋葬が行なわれました。
当時のユダヤの一日は、日没から始まり、翌日の日没で終わりました。
金曜日に日が暮れると、土曜日、つまりユダヤ教の安息日になります。
安息日になると、何もすることが、出来ません。
十字架から、死体を降ろすこともできません。また、ユダヤ人たちは、聖なる安息日に、十字架の上に死体をさらしておくことを、何とかして避けたいと思いました。
ですから、誰かが、短時間の内に、主イエスのご遺体を、埋葬することが必要でした。
しかし、主イエスの弟子たちは、蜘蛛の子を散らすように、逃げ去ってしまって、誰一人として、主イエスのご遺体を引き取りには、来ませんでした。
そこで、アリマタヤ出身の、ヨセフという議員と、かつて主イエスを、秘かに訪ねたことのあるニコデモという人が、遺体を引き取りました。
そして慌ただしく、埋葬の準備をして、アリマタヤのヨセフが持っていた新しい墓に、主イエスを埋葬したのです。
弟子たちは、皆、逃げ去っていました。しかし、ガリラヤからずっと従って来た婦人たちは、ヨセフの後をついて行き、埋葬の場所を見届けました。
この婦人たちは、心を込めた葬儀をしたいと、切に願っていました。
それなのに、十分なお別れもできずに、さぞかし心残りなことであっただろうと思います。
コロナ禍のため、愛する者の葬儀に出席できない今、この婦人たちの思いが、今まで以上によく分かる気がいたします。
安息日が終る、土曜日の日没を待って、婦人たちは、さっそく行動を開始しました。
土曜日の夜の間に、香油を買い求め、そして、日曜日の明け方、日が昇ると直ぐに、墓に向いました。主イエスのご遺体に、香油を塗るためです。
残念ながら、ご葬儀はできなかった。けれども、せめて、ご遺体に香油を塗らせていただきたい、と切に願ったのです。
しかし墓は、大きな石によって、塞がれていました。その墓石には、封印がしてあり、墓の前には、番兵もいたのです。
ですから墓に入って、主イエスのご遺体に触れるには、二重、三重の障害があったのです。
それにも拘わらず、婦人たちは、墓に行きました。
墓の中に、入れるかどうか。その見通しも、全くつかないままに、居ても立ってもいられない思いで、墓に来てしまったのです。
それは、主イエスに対する、深い愛の故でした。
墓の中に、入ることすら、出来ないかもしれない。それなのに、夜の間に香油を買って、朝一番に出掛けていく。この世の常識からみれば、愚かな行為です。
無駄足になる可能性が、極めて高いからです。でも彼女たちは、出掛けました。
「愛には、計算が成り立たない」、といった人がいます。彼女たちの行為は、世の中の計算上は、正当化できません。しかし、それが愛なのではないでしょうか。
考えてみれば、主イエスのご生涯そのものが、計算が成り立たないことばかりでした。
その極めつけは、十字架です。
ご自身に敵対する人間を救うために、十字架にかかり、その十字架の上で、尚も、ご自分を十字架につけた人々のために、執り成しの祈りを献げる。
こんな愛は、この世の常識では、あり得ません。人間の計算を超えています。
婦人たちは、この主イエスとの、深い愛の絆を、断ち切ることができずに、先のことも考えずに、墓に向かったのです。
そして、そこで、彼女たちは、驚くべき、神様の御業を見ました。
墓の入り口を塞いでいた、大きな石が、既に、脇へ転がしてあったのです。
主イエスに近づくことを、妨げていた大きな石。その石が、既に、取り除かれていたのです。主イエスを愛する愛に、神様が応えてくださったのです。
「信じるならば、神の栄光を見るであろう」と、主イエスは言われました。
婦人たちは、まさに、その主イエスのお言葉を、体験したのです。
主イエスの墓を塞いでいた、大きな石。それは、私たちが、信仰の旅路を歩んでいく時に、行く手に立ち塞がる、様々な障害を象徴しています。
私たちの信仰の歩みにも、大きな石が、立ち塞がることがあります。信仰の旅路には、様々な障害が、置かれています。
しかし、信じて祈っていくならば、その石は、必ず取り除かれます。いえ、主が、取り除いてくださいます。
ですから、どんな時も、主を信じて、祈り続けていきたいと思います。
必ず、「石は、すでに転がしてあった」という、神様の御業を、見させていただけます。
イースターの朝、何の見通しもないまま、ただ主イエスを愛する愛だけを携えて、墓に行った婦人たちのように、必ず、御業を見させていただけます。
ドイツのハノーバーの墓地に、興味深いお墓があるそうです。
復活を、意固地なまでに否定していた、一人の女性がいました。彼女は、生きているうちに、自分の墓をデザインしました。
大きな御影石と大理石でできた墓を、封印するかのように、鋼鉄の留め金で固定しました。
そして、その表面には、「この墓が開けられることは絶対にない」、と刻印しました。
ところが時が経って、一粒の種が、墓石の隙間で、根を張るようになります。
それがやがて成長し、鉄のボルトを捻じ曲げて、その石を持ち上げていったというのです。
一粒の種が、重い墓石を動かしたのです。
同じように、御言葉の小さな種が、それを信じる時に、私たちの人生を塞いでいるような、障害を動かして、道を開いてくれます。そして、神の栄光を見させてくれるのです。
さて7節で、御使いは、婦人たちに、使者としての、使命を与えています。
主イエスの復活を、弟子たちに伝える、という使命です。
「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」
御使いは、「弟子たちとペトロに告げなさい」、と言いました。
皆さん、これは、少しおかしな言葉だとは、思われませんか。
「弟子たちに告げなさい」と言えば、当然ペトロも、その中に含まれている筈です。
では何故、ペトロの名前を、わざわざ付け加えたのでしょうか。
ペトロは、主イエスの、一番弟子として、いつも先頭に立っていました。
彼自身、一番弟子として、「我こそは」という意識を、強く持っていたと思います。
ですから、問われもしないのに、服従を激しく誓いました。
『たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません』と、豪語しました。
また、『たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを、知らないなどとは、決して申しません』と、胸を張って言ったのです。
そして、あのゲツセマネにおける、逮捕の夜には、勇敢にも剣をぬいて、切りかかりました。
しかし、その後は惨めでした。主イエスが、捕えられてしまうと、途端に恐怖に襲われ、主イエスを見捨てて、逃げ去ってしまったのです。
大祭司の家の中庭では、弱さをさらけ出して、三度も主を知らないと言って、否みました。
大見得を切ったにも拘らず、主イエスとの関係を、三度も断ち切ってしまったのです。
それだけに、ペトロは、自分は使徒として、全く相応しくない、という思いに、深く沈みこんでいたと思います。
自分は、とても、使徒と呼ばれるような者ではない。弟子たちの中に、名を連ねることさえ、許されない者だ。そんな自己嫌悪に、陥っていたのでは、ないでしょうか。
それが、「そしてペテロにも」、という言葉が、付け加えられた、理由なのです。
御使いは、「弟子たちに、それから、あのペトロにも告げてやれ」、と言いました。
「そうそう、あのペトロにも。きっと、落ち込んで、自己嫌悪に陥っている、あのペトロにも告げてやりなさい」。御使いは、そう言ったのです。
これは、主の愛の呼び掛けです。
主イエスを、三度も否んだ、弱いペトロ。そのようなペトロを、主は、尚も慈しんでおられたのです。尚も,愛しておられたのです。
つまずき、倒れ、傷だらけのペトロを、再び立ち上がらせ、無学な、ただの人から、殉教者にまで至らせたのは、主イエスの愛でした。
そして、その主イエスの愛は、同じように、私たち一人一人に、今、注がれています。
私たちも、毎日、数えきれないくらい、主イエスを裏切っています。
「あんな人知らない」と、主イエスから、目を背けています。
でも、御言葉と祈りによって心を洗われ、主に立ち返った時に、そんな弱い自分に失望し、自己嫌悪に陥ることがあります。
しかし、主イエスは、そんな私たちを、慈しみの眼差しで、見つめてくださっています。
そして、「そうそう、あの者にも。自己嫌悪に陥っている、あの弱い者にも、私の愛を伝えておやり」、と言ってくださるのです。
主イエスは、私たち一人一人を見つめてくださり、一人一人に語ってくださるのです。
主イエスは、全ての人を救うために、十字架についてくださいました。
それは揺るぎない事実です。
しかし、主イエスの十字架が、全人類の救いのためだ、と思っている時、それは、この私という、ちっぽけな存在にとって、あまりにも大きな出来事で、私のこととして迫ってきません。
どこか、遠い世界で起きた出来事のように感じられて、私個人と直接繋がりません。
でも、他ならぬ、この私の罪が、主イエスを十字架につけたのだ。
主イエスは、この私を救うために、十字架にかかってくださったのだ。
そのことが、本当に実感できた時、それは限りない恵みとして、私たちに迫ってきます。
しかし、また同時に、それは、深い痛みとしても、激しく迫ってきます。
もし十字架のままで終わってしまったなら、それは、取り返しがつかない出来事となります。
この私の罪が、主イエスを殺してしまったという、深い痛みは、ずっと残ったままとなります。
しかし、主は復活してくださいました。私たちを、痛みから解き放つために、復活してくださいました。
救い主を殺してしまった、という痛みから、私たちを、解き放ってくださいました。
主の復活は、私たちを、暗闇から光の中へと、導いてくれる出来事です。
よみがえりの主は、罪深い私たちを赦して、両手を広げて受け入れてくださいます。
その両手には、十字架の釘跡が、はっきりと刻まれています。
もし、復活の主が、私たちを迎えてくださらなかったら、私たちに希望はありません。
弱いペトロを、どこまでも愛されて、「そうそう、あのペトロにも、告げてあげなさい」、と言われた主イエス。
その主イエスは、今、私たち一人一人にも、語り掛けてくださっています。
「そう、そう、あの者にも告げてあげなさい。弱くて、信仰の薄い、あの者にも」と。
私たちは、救われるに、相応しくない者であるにも拘らず、ただ、一方的な恵みによって、救われて、生かされています。
イースターのこの朝、私たちは、今一度、その恵みを、想い起したい、と思います。
「そう、そう、あのペトロにも、そしてあの者にも、私の救いのメッセージを、届けておやり。弱くて、信仰の薄い、あの者にも」。
主イエスは、今もそのように、私たち一人一人に、語りかけておられます。
主イエスの復活。それは、弟子たちの生き方を、全く変えてしまった、とてつもなく大きな出来事でした。
そして、それは、私たちの生き方をも、根本から揺り動かす、出来事でもあります。
私たちが、人生の終わりは死である、と思っている限り、どのように自分を納得させようとしても、結局、人生は空しいものになってしまいます。
もし復活の望みがなかったら、私たちの人生は、一幕の芝居のようなものです。
どんなに立派に演じても、幕が引かれたら、芝居は終ります。
そして後には、思い出が残るだけです。その思い出も、やがて消え去ってしまいます。
それが、私たちの人生であるなら、私たちは、どうしようもなく、切ない思いに襲われます。
しかし、復活された主イエスは、「あなた方は、もう死を恐れなくてもよい。あなた方は、復活するのだ。私がその道筋を整えた」、と言われています。
その主イエスの御言葉を信じ、主に委ねていく時、私たちの人生は、空しいものとして終ることはありません。
私たちの人生は、死をも超える、確かな意味を持つものとなります。
その恵みを、感謝しつつ、共に歩んで行きたいと思います。