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歌い続けよう 主の愛を

「歌い続けよう 主の愛を」

2021年11月28日

敬愛する關義雄兄が突然、天国に旅立って行かれました。久しぶりに家族旅行を楽しんでおられた旅先で露天風呂に入られた際、ヒートショックによる心筋梗塞で召天されたと伺っています。關兄の76年のご生涯のほとんどが茅ヶ崎恵泉教会の歩みと重なっています。幼い時から教会学校に通われ、青年会で活躍され、教会学校の教師、更には役員として本当に長い期間ご奉仕下さいました。今年度も教会の役員(書記)として、キッズチャーチのスタッフのまとめ役として、また70周年委員としてかけがえのないお働きをされておられました。關兄を突然失い教会全体が大きな喪失感にただ茫然としています。主の為さることは私たち人間には測り知ることができません。奥様の益子姉のお名前はローマ書8章28節の「万事が益となる」から取られていますが、この御言葉を実感するにはかなりの時間が掛かりそうです。關兄はいつも賛美を絶やさない方でした。關兄の愛唱讃美歌は繰り返して歌っています。「いつまでも歌い続けよう 主の愛の広さ深さを 十字架に命を捨てた その愛の大きさを」。關兄の美しい声を心の耳で聞きつつ、私たちも歌い続けましょう。それが關兄の願いでもあると思います。

「スタンドバイミー」

2021年11月21日

2回に亘って「寄り添う」ことについて書きましたが「寄り添って下さい」と願う歌があります。「スタンドバイミー」という曲です。同名の映画の主題歌になったため映画によってこの曲を知った方が多いと思いますが、実は曲の方が先に作られ、映画がその曲と題名を使用したのだそうです。知られているのはベン・E・キングが作った曲ですが、実はこの曲は、もともとは讃美歌だったのです。元の曲はメシジスト教会のチャールズ・A・ティンドレー牧師が作ったゴスペルなのです。ティンドレー牧師が作った曲は「人生に大風が吹き荒れる時/そばにいてください。荒海を渡る舟のように、この世に翻弄される時/汝、風も水も統べ治める方よ/そばにいてください」と歌っています。そばにいて欲しい対象は主イエスです。一方ベン・E・キング版では、そばにいて欲しい対象は恋人です。襲いかかる人生の困難の時、最後に「そばにいて欲しい」と願う方は誰でしょうか。ゴスペル版の最後は「おお汝、谷間の百合よ/そばにいてください」と歌っています。悲しみに打ちひしがれた時も、谷間の百合のように慰めてくださる主イエスに「そばにいて欲しい」と願ってみては如何でしょうか。

「寄り添うとは、しっかり聞くこと」

2021年11月14日

先週に続いて「寄り添う」ことについて考えて見たいと思います。「寄り添う」という日本語にぴったりの英語を見つけることは難しいです。物理的に傍にいるという意味では、「stay close to」となるでしょうが、心で寄り添うという表現を見つけるのは簡単ではありません。そういう中で、相手の話に耳を傾けるという意味の「listen to」 を挙げている方がいます。相手の話を最後まできちんと聞く。話の途中で、自分の意見や主張を言いたくなることがあって、最後までしっかり聞いてあげる。それが「寄り添う」ことだと言えるかもしれません。悩みや考えを打ち明ける人も、相手が話を聞いてくれる姿勢を見せられれば「あ、この人はきちんと聞いたうえでアドバイスをくれる人だ」と思い、そこで信頼関係が生まれます。ある人が言っています。「その人の本心は、話す言葉よりも、むしろ聞く態度に表れます。口先で「愛している」と言っても、相手の話を真剣に聞かないなら、それは本当に、愛してはいないということ。しっかり聞こうとするなら、それは本当に愛しているということなのです。」話を聴いてくもらうことは、私たちが想像している以上に、大きな力になります。話を聴いてもらい、共感してくれることは、生きる意欲につながっていきます。

「寄り添う力」

2021年11月7日

「支える」と「寄り添う」はどう違うのでしょうか。「支える」は、「下支え」という言葉があるように、下からという感じを受けます。けれども「寄り添う」には横からのイメージがあります。また「支える」には、支えなかったらこの人は落ちてしまうという気持ちがあります。しかし「寄り添う」には相手の力を信じるという気持ちがあります。片柳弘史神父がこう言っています。「相手のために、答えを見つけてあげることはできません。私たちにできるのは、本人が自分で答えを見つけられるまで、その人に寄り添うこと。寄り添う誰かのぬくもりが、あらゆる困難を乗り越え、答えを探し続けるための力になるのです。」ある時、最も愛情深い子どもを選ぶコンクールが開かれました。優勝したのは4才の男の子でした。その子の家の隣には最近妻を亡くしたあるお年寄りが住んでいました。子どもは泣いている男を見て、その男の家の中庭に入り彼の膝の上に座りました。彼のママが「その人を慰めるために何をしたの」と聞くと、その子は答えた。「なんにも。ただ、泣くのを手伝っただけだよ。」何かをしてあげるのではなく、寄り添う力こそが、どんな方法よりも力強い助けなのです。